第18話・ゼノン

 ギルム様への挨拶と報酬をもらった後、俺はアシュリーさんに連れられてシーフル家の中庭を歩いていた。


「かなり広い庭ですね」

「奥様の趣味もあるので充分な敷地はありますよ」

「どんだけお金があるんだ……」


 体感的に50メートルくらいある中庭の一面には色とりどりの花が植えられていた。日本にいた時はテレビでしか見た事がない光景を目にするのは感動する。


(値段を考えるのはやめよう)


 ウチではできない案件なので今のうちに味わっておこう。そう思いながらアシュリーさんに引っ張られながら歩いていると少し遠いところから何かカンカンと鈍い音が聞こえた。


「何かカンカンと鳴る音が聞こえますね」

「この時間は坊っちゃま達が稽古されている時間ですね」

「稽古?」

「ええ、もしよければ覗きますか?」

「せっかくなのでお願いします」


 稽古と聞いて少し気になったのでアシュリーさんの先導で進んでいくと訓練場みたいな場所。見た目は学校の運動場の半分くらいの敷地で防具を着た濃い茶髪の少年が20代後半くらいの金髪の男性と木剣で打ち合っていた。


(手に持っている木剣が大きいな)


 茶髪の少年が手に持っているのはおそらく両手剣だ。この武器種は大剣ほどではないが威力も高くて機動力もあるので使いやすい。

 だがバランスがいい分尖ったところがないので他の馬鹿に食われる事があるので使い方次第でもある。


「ゼノン様! 脇が甘いです!」

「なっ、ぐっ!」


 茶髪の少年の大ぶりの攻撃を容易く回避した金髪の男性は手に持っていた両手剣を振り抜く。その攻撃をまともに受けた茶髪の少年が吹き飛び地面に転がった。


「ハァハァ……。また負けたか」


 体の至る所に痛々しいアザがある茶髪の少年はフラフラになりながら立ち上がった。それを見た金髪の男性は口から息を吐いた後、こちらに振り向いた。


「これはこれはアシュリー様」

「リードス先生こんにちは」


 金髪の男性はリードスさんと言う名前で整った顔立ちをしており、前世ではそこそこモテそうな見た目。彼はアシュリーさんを見て一礼すると俺の方に向いた。


「ん? もしや彼は新しい候補者ですか?」

「候補者?」

「いえ、グレイ様は旦那様のお客様ですよ」

「そうなのですね」


 リードスさんの口から出た候補者。俺はガイン様に言われた事を思い出していると茶髪の少年がコチラを見る。

 その顔は苛立っており今にでも飛びかかられそうだ。


「おいお前!」

「え? なんでしょう?」

「見たことない顔だが何者だ?」


 なんかいきなり喧嘩越しなので若干呆れながら俺は言葉を返す。


「名前を聞く前に自分の名前を言うべきだと思いますよ」

「なっ!? オレの名前を知らないのか!」

「グレイ様は坊っちゃまと出会ったばかりなのでわからなくて当然だと思いますよ」

「ぐぬぬ!」


 顔を真っ赤にしている茶髪の少年を嗜めるアシュリーさん。まあ、大体何者かは予想できるが……。


「いいか! オレはこのシフール系の長男であるゼノン・シフールだ!」

「ご丁寧にありがとうございます。僕の名前はグレイ・アーセナルと言います」


 ぶっきらぼうに名前を名乗ったゼノンを見た俺は苦笑いを浮かべながら返答。ゼノンはコチラの言い方が気に食わなかったのか睨みつけてきた。


「なんかマセたガキだな」

「そうですか?」

「チッ、その話し方がムカつくんだよ!」

「ではどう話せばいいのですか?」


 向こうの言い分を聞いて思わず煽るとゼノンは手に持っていた両手剣の先をコチラに向けてきた。


「ふん! まずはオレと勝負しろ!」

「話し方の問題なのにいきなり勝負ですか?」

「ああ、そうだ」


 勝負か……。ここで勝負するとガイン様から借りた貴族服が汚れるのであまりしたくない。

 でもゼノン様はそれでは納得しなさそうなのでため息を吐く。


「アシュリーさん、動きやすい服はありますか?」

「もちろんありますよ」


 このまま逃げるのは嫌ので俺はアシュリーさんから動きやすい服を借りて着替え始める。


(誰かに仕掛けられた感じがする)


 更衣室で服を着替えながら引っかかりを覚えたが、今は気にする場合ではないので着替える。


 ーーーー


 訓練場に置いてある木剣と防具を借りた後、やる気満々なゼノン様の前に立つ。


(出会って1分で勝負かよ)


 普通に考えて会話のキャッチボールが成り立ってない。俺は頭が痛くなりそうになりながら木剣を構える。

 審判は先程出会ったリードスさんが務めてくれるのでおまかせした。


「さあ、お前の強さを見せてみろ!」

「なんか無駄にカッコいいセリフだな」


 先程までボロボロだったゼノン様は回復ポーションをメイドさんから受け取って飲み干した。すると痛々しい傷が物の数分で治ったのでお高い回復ポーションを使ったんだな。


(あのレベルの回復ポーションを毎回使っているのか?)


 あの傷を綺麗に治すにはレベルの高い回復ポーションを使わないと無理なはず。

 しかも稽古終わりに毎回飲んでいたらそれだけでかなりの額になるのでそこも気になる。


「始めるぜ!」

「あ、はい」


 ただ、今は回復ポーションの事よりもゼノンを相手しないといけない。その事を考えて憂鬱になるがゼノンは両手剣を軽々振り回しながら睨んできた。


「では模擬戦開始!」

「ハァァ!!」

「なっ!?」


 リードスさんの合図を聞いたゼノンは両手剣を構えて勢いよく突っ込んできた。


「パワースラッシュ!」

「チィ、スキルか!」


 パワースラッシュは両手剣・大剣のスキル。上段に構えて兜割の要領で振り下ろすスキルで序盤では威力は高めだ。

 

(まあ、避けやすいよな)


 いきなりスキルを使ってくる事に少し驚いたが、俺は相手の攻撃に合わせて左にサイドステップを踏む。


「まだまだ!」

「そうくるよな」


 振り下ろした両手剣を持ち上げて時計回りに回転。俺はバックステップを踏み回避する。


(ちょっと厄介だな)


 機動力は片手剣を使っている俺の方が有利だが威力的にはゼノンの方が上。そう考えると生半可な攻撃は弾かれるので俺は対策を考え始める。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る