SEASON1 END


「わたし、あなたに会って、気づいちゃいました。青矢瞬。もしかして?」

 自分の体を改めて見直した。

「気づいてくれた? ルーシア、僕が兄だってこと」

「わたしのこと、好きになっちゃいました、よね?」

「そう。世界で、たった一人の妹として」

 椿に踏んづけられながら、青葉に腕を伸ばした。

 もう、たくさんだ。親子の確執、瞬との交錯、母さんとの別れ。もう、家族との離苦には、うんざりなんだ。

 青葉まで、どうか僕から離れないでくれ。

「わたしに恋、しちゃいました、よね? そんな青矢瞬を、なぶり殺しにしちゃいますんで、よろしく、おねがしちゃいます」

 ケンシロウを前にして、さすがにこの挑発はまずかった。

 一度、裏を取られたケンシロウは、今度こそ、容赦なしに、指骨ボキバキ鳴らしながら、青葉との間合いを詰める。

「ケンシロウ! やめろ!」

 制止を求めるが、なにやら、青葉とケンシロウだけの世界に。

「ケンシロウ? さん。わたしの邪魔、しちゃうんでしょうか?」

「阿多!」

 自分の拳の残像から、拳が飛び出すケンシロウの残像パンチが、妹に! トレーナーのど真ん中へ、残像パンチが突き刺さる。

 が、ケンシロウの拳には、トレーナーが巻きついているだけ。闘牛士のかざす赤い布みたいにケンシロウの拳を包んで、本体が消えた。

 青葉の姿は、どこにも見当たらない。

「阿多!」

 腹いせに、ケンシロウの拳が僕に向かって飛んできたと思うや否や、その分厚い拳に鋭いアイスピックをつかんでいる。

 あと3センチほどで、僕の顔を危うく突き刺すところで。

「青葉!」

 殺気だけ残して、再び青葉はこの広い街のどこかへ消えてしまった。


「青矢、ネガイゴが消えて、恨みだけが残ったな。いいのか?」

「いいとも、恨み晴らしに、また来てくれるなら」

「一つ聞いてもいいか?」

「ああ」

「どうして、あのレース以降、スカイアローを名乗っている?」

「そ、そいつは、このオレがスピードの覇者、スカイアローになったからだ」

「スカイアロー、それはつまり、おまえにとって最速の称号、ということか?」

「そういうことだ」

「おまえの中の青矢瞬が、喜ぶだろうな」

 湯川は、全部わかっている。

「今までは母さんが、いたからな。家じゃ、青矢瞬で通してた」

「これからは?」

「これからは、青葉のために、オレはスカイアロー青矢でゆく」

「それが、生きて戻った、おまえの次なるネガイゴトか?」

「そうだ。それが、今日からオレの、ネガイゴトになった」

「殺されても?」

「殺されても」

「あの青葉って、JK。青矢瞬をそらにした未知のテクノロジーを使っている」

「だろうな、青葉を救わなければ」

「青矢恭四郎氏が、技術を提供している。アレは人よりも前に、テクノロジーが立つ危険技術だ」

「だろうな、青葉を救わなければ」

「おまえ、賢くなったな」

「ウマシカかと、思った?」

「思っていた。青矢瞬と混じり合うまでは」

「・・・・・・」

「スカイアロー青矢なら、ルーシア・青矢と、兄妹じゃない。行くぞ、ケンシロウ」

 湯川は、インテリメガネを人差し指で実にオタクっぽくいじりながら、背中を向けた。

 湯川、黙っといてくれて、恩に切るぜ。

「なに、二人でぶつぶつ言ってんのよ!」

 椿が怒りを露わにして、もう一度、僕の顔面を踏んづけた。

「やめろ、クセになったらどうするんだ?」

「何回でも、踏んで、クセにしてあげる」

 椿は綺麗な瞳をニヤつかせて言った。


 その夜、僕は眠らず、停滞前線が園庭に降らす雨を、一人家の中から、眺めていた。

 昨夜は、死んだ母さんのこと思いながら、眠れない雨夜あめよるをすごした。そして今夜は、青葉のことを思いながら、眠れない雨夜をすごしている。

 雨夜だ。まったく僕の心は、ずっと雨夜だ。

 青葉も同じ、雨夜に包まれているにちがいない。

 今夜、晴れていれば、スーパームーンだそう。

 しかし、雨夜が全て覆い尽くし、全て隠してしまった。

 まるで、青葉と僕を隔てる壁の雨夜。どこかに出口はないものか。雨夜。雨夜。

 強まった雨脚が、激しい雨音を連れて雨夜の園庭に影が走った。

「青葉?」

 外に出て、青葉を探した。たとえ、命を狙われていようと。

 雨夜。青葉と血のつながりは消えた。

 僕は青矢瞬であり、ミカエル・青矢。雨夜に打たれがら、しぜんと笑みがこぼれる。

 違う血で、青葉と同じ雨夜を、自分も浴びているかと思うと、

 雨夜。母さんのいない雨夜。代わりに振ってき恵みの雨夜。青葉。

 あえて、もう、ルーシアとは呼ばない。いいよな瞬。


 けっきょく一睡もできず、夜通し降りつづける雨夜の中ですごした。

 朝になり、ヨーグルトとフルーツ、ブルーベリージャムをぬったトーストを食べ、歯磨きをして、ネクタイをしめる頃、雨はやんでいた。

 玄関を出ると、太陽はまぶしく、雨雲を隅っこへ弾いたように青空が広がっている。

 イヤホンから響いてくる音楽もきこえてこない。朝のラッシュ。

 誰かが吹く、口笛の音だけ聞こえていた。

 コレ、なんの曲だっけ?

 よっぽど、本人に聞いてみたかったけど、混雑で、口笛を吹く人がどこにいるかさえわからない。

 そうだ。コレ、『月の砂漠』って曲だ。なんでか、今日は思い出せた。

 そしたら、ボンヤリ移り変わっていた車窓の景色が、いきなりクリアに。

 目的の駅を目前に、電車がゆっくりと速度を緩めてゆく。僕はひさしぶりに何かを楽しみにして、ガッコウへやってくる。

  

「ああ、みんな、おはよう。形だけ担任の渡辺です。私が形だけ顔をだしたのは、今日から、Pro科へ入る生徒を紹介するため」

 転校生? ということだろうか。それとも、普通科から、回転扉を出て成り上がったPro科生か? 

  形だけの担任、渡辺先生の形だけの発言に、珍しく耳目が集まる。

「入ってきなさい」

「ちょっと、待った!」

 小学生ルック、画家のピカドンが手を挙げて制止した。

「もしかしたら、いじめっ子かもしれないよ。最初にガツンとやっておかないと」

「ああ、オレにやった例のアレね。やめとけよ。ピカドン。そもそも、いじめっ子の低俗が、プロ高入れないから」

「そんなの、わかんないじゃん! 最初はいい人のフリして、真っ黒いハラワタに、むき出しの牙隠して、背中から襲い来る獣かもしれないんだ」

「おまえ、どんな学生生活送ってきたん?」

「あれ? 入り口まで、不可能絵ペイントしたのに、壁の向こう側、誰もいないよ」

「不可能絵の中で、迷ってんじゃないの?」

 椿が言った。

「そんな? 不可能絵だから、三次元の思考じゃ捉えられないのに。入り口へたどり着くまでに錯乱しちゃうはずなんだけど」


「はい!」

 その時、窓際の席から、爽やかな風が吹いて、元気に椅子を立つ生徒がいた。

「ハンドルネーム、青葉。青葉ちんて、呼んじゃってください」

「うそ!」

 ピカドンが、椅子からひっくり返ってびっくりした。

「ミカ兄を、氷の家族から救いだすため、ちっちゃい時からニンジャトレーニングしてきちゃいました。キャッチフレーズ『なぶり殺すためなら、水金地木土天界冥、どこへでも』です!」

 胸に、心の核でたぎるマグマの動悸がこみあげる。体の芯から熱い。

「青葉」

 同じ学舎で、その名を口にできるとわかっていたら、昨夜はもっと、眠らずに雨夜を躍り狂っていたろう。

 ホントに踊り狂いたい気分だ。

 みんな一斉に、視線の集中砲火を浴びせる。青葉の美しい容貌へ向かって。

「青葉って、昨日、青矢が探してた、修学旅行の謎少女じゃね?」

「そうじゃね」

「んじゃね」

 青葉、青葉と、どこからともなく、賛辞の声がわいてくる。

「そう! なんです。わたし、青葉ちんは、今日からPro科で、青矢くんと学舎を共にしながら、じっくりと、なぶり殺しちゃう、ことになっちゃいました。みなさん。よろしくおねがいしちゃいます」

「青矢、あんた、なんで命狙われるほど、憎まれてんの? 実の妹に」

 椿が嬉しそうに僕の困惑した顔を窺う。

「憎まれてる。それでもいい。会いに来てくれたなら」

 僕は青葉を、まっすぐ見つめて、オコネル君が作ったソングを賛歌にした。

 ただ、空白のスペース。

 青葉のネーム以外、なんにもない。

 そこは、青葉ページ。  

 書きはじめよう。

 青葉ページ。

 最初に連ねよう、僕のネーム。


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青葉ページ 美香野 窓 @inohaya

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