HUKUSHUU




「瞬なのに、瞬、なのに、なのに、・・・・・・なんで?」

母さんの遺影を前に、僕は泣いた。

 D N Aの構造から、瞳の色まで、全て瞬になったのに。

どうしてだよ、母さん?


 母さんの遺影に向かって、怒気が湧いた。

 ここまで、やっても、認めてもらえなかった。

 瞬なのに。瞬、なのに、なのに。

 いきなり、僕を怪物見る目して、恐怖しながら、ビルの最上階から、飛び降りた母さん。

 空になりたかったのかな。瞬なのに。瞬、なのに、なのになのになのに・・・・・・。


「どうした青矢? ぼーっとしてないで。あのレースでなにが起こったか? そろそろみんなに真相を聞かせてやったらどうだ」

 僕は、ミカエル・青矢。であり、青矢瞬。

 でも、母さんのために、青矢瞬でいた。瞬を欲する母さんは、もういない。

「青矢、話して、ずっと、気になってた」

 椿が、切望の眼差しを僕へ向ける。

 僕は、青矢、ミカエルであり瞬であり。体は瞬、脳から内臓、骨、血液まで、皮膚の一片にいたるまで、でも、心も、瞬でありミカエルなんだ。

 そんなのって、理解してもらえる?

 なあ、椿、そんなのって、人を死に追い込むんだ。母さんみたいに。

 心をめちゃめちゃにしてしまうんだ。

 だって、そうだろ? 

 椿、おまえ、ミカエルのことが、すきなんだよな?


 ぱっちりオメメの天野が、涙に瞳潤ませて、僕の顔を覗きこんでいる。

「骨と皮だけだって、だいじょうぶだよ」

 ボソッとつぶやいてしまう。

瞬の面が出てしまう。蝋人形の隠キャな僕が。

自分で、自分が何者なのか、わからなくなってしまった僕が。

 僕? っていったい、誰だっけ?

「こんな仮説は、どうだろう? ケンシロウ」

「うむ」

 ケンシロウが目影作りながら、僕の眼前に迫った。

「レディー・オカカのデザインによって、青矢瞬とミカエル・青矢は、あのレースで・・・・・・」


「こんにちわです。蝋人形君」

「おっす、オレ、家じゃ、隠キャの蝋人形、プロ高じゃ、陽キャのスカイアロー青矢っす」

 条件反射で言ってみて、不思議な感覚が。

 あんた誰?

 さっきトレーナーの背中に、スカイアローのサインしてあげた美貌の外タレが、僕らプロ高生のミーティングに割って入った。

 いきなり外タレが、顔隠していたキャップとグラサンを取り外す。

「わたしは、青葉。青葉学園高等学校の青葉ちんです」

な、なんと、そこに、さんざん探しあぐねた青葉が、立っているではないか!

「青葉!」

 僕は、一人息巻いて、青葉に詰め寄った。その体から、発する抗えない魅力に取り憑かれて。

 もう、こんな思い、母さんを失ってから、二度とは味わえないと思っていた。

 こんな思い、それは永遠の片思い。

「青葉! 住所と電話番号、教えて!」

 もう、青葉を離したくなくて、つかみにかかるが、目の前の青葉が消えて、いつの間にか、背後を取られ、青葉が鋭い語気で発した。

「よくも、殺ってくれましたね。愛するミカ兄を。よくも、殺ってくれましたね。青矢瞬!」

「ケンシロウ、おまえ、さっき青葉に後ろとられたよな?」

 湯川が言うと、「ううむ!」

 ケンシロウが苛立ちの鉄拳で、ハエを叩き落とす。

「オレ! い、インビジブルなんだけど」

 床下で、インビジブルがぶっ壊れながら叫んだ。

「ケンシロウ、普通じゃないな。この青葉とか言うJK」

「隙がない」

 青葉は、僕に殺意を向けながらみんなに笑顔を振りまいている。

「そいつは、ルーシア・青矢。ミカエル・青矢の実の妹だ。やっと、認証とれたから、知らせきたのに。なんで、ぶっこわすわけ!」

 空から射られた青い稲妻が、全身から魂までを貫いた。

 ルーシア!? まだ見ぬ、愛しの妹、ルーシア・・・・・・。

「会いたかった」

 抱きしめようと、伸ばした腕を青葉が取って、その豊満な胸にくっつける。

 ドキ!

「ちょっと、なにやってんの! あんたたち!」

 椿が、僕に詰め寄りつつ、青葉にも激怒。

 次の瞬間、景色がひっくり返って、椿の淡いピンクのパンツを覗き込んでいる。

「ラッキーでしたね。青矢瞬。恋人ちゃんの下着覗けて。ごちそうざまです」


「恋人! ちがう! 青葉、そんなんじゃあ、ない」

 椿がスカートを押さえながら、怒りと悲しみの入り混じった顔をして、僕の顔を踏んづけた。

「どう、落とし前、つけてくれちゃいましょうね? 青矢瞬。どんなに、なぶり殺しても、ミカ兄は、戻りませんし」

「では、言おう! このオレは、ミカエル・青矢! であり、青矢瞬! であり、ミカエル、ごふ!」

 もう一回、椿のパンツ見ながら思い切り踏んづけられる。

「寝言、言ってんじゃねえ!」

「恭四郎お父さんに、体の隅々まで、調べてもらって、わかってますから。あなたの体からは、ミカ兄の匂いすらしないのです。するのは、青矢瞬への復讐の甘い香りだけ。あなたがミカ兄なんて、あり得ないのです。わたし、お忍びであのレース、見ちゃってましたから」 

「あのサーキットに、いたの?」

「見ちゃってました。あなたの事故死、願いながら」


    ♢    ♢    ♢


 ――――あれが、ミカ兄・・・・・・夢にまで見たミカ兄! 抱つきたい。会えなかったこの16年間を抱擁で埋め合わせてもらいたい。

「お父さん、まだ、ダメ?」

「あと少しの辛抱だ。ルーシア。物事には順序がある。それを間違うと悲劇を招く場合がある。今のアイツじゃ、無視されたり、最悪の場合罵倒されたりと。憐れなミカエルは、冷酷な継母にすっかり洗脳されて、あの冷血女に命を捧げる覚悟で、瞬に挑んだ」

「どうして、どうして? だって、目の前にミカ兄がいるんだよ! いつになったら、わたしたち本当の家族の元に帰ってきてくれるの? ずっと待ち続けたお母さん、もう死んじゃったんだよ・・・・・・」

「このレースが終わったら。約束しよう、ルーシア。それまで待つんだ。このレースが終わったら、ミカエルは、冷たい家族のミカエルから、本当の温かい家族のミカエルに戻るから」

「わたしには、理解できない。どうして、ミカ兄は、あんな氷の家族に執着しているの? 青矢瞬なんか、大っ嫌い。生きる透明な抜け殻。あんなの認めないから。わたしのミカ兄と兄弟だなんて! ぜったいぜったい! ミカ兄のホントの兄妹は、この世界でわたしだけ」

「そうだ。おまえだけだよ。ルーシア。見守ってあげてくれ。ミカエルはどうしようもないノロマだが、取り巻きが手ごわい。間違いなく未知のテクノロジーで攻勢を仕掛けてくる」

「そうしたら、どうなっちゃうの?」

「万に一つでも、瞬が抜かれるようなことになれば、ミカエルは自分のミッションを達成したと錯誤して、洗脳を解かれないまま、氷の家族から離れられない」

「それじゃ、お父さん、その時は、わたしが」

「おまえは、ダメだ。ぜったいに、だいじょうぶ。必ずやスカイアロー青矢は勝つから。それに、その万に一つが起こった場合に備えて、最後の手段がある。だから、おまえはなんの心配もしないで、このレースが終わったら、初対面する兄の気にいる自分だけを想像していればいい」

「かわいそうなミカ兄、残酷な継母にいたぶられて、あんなに恐ろしいレースに参加させられて・・・・・・・」

「その涙は、出会う時まで、とっておくんだ」

「だいじょうぶだよね? ミカ兄」

「空を見ろ」

「空?」

「そうだ、雲外蒼天と言って、どんなに上空を、冷たく分厚い継母の雲で覆われていようと、ルーシアという太陽が照らす青い空が広がっているのだよ。そこにミカエルを連れ出してあげるから」

「最後の手段て、なんなの?」

「それは、瞬が望むそらになるテクノロジー。スピードを探求し続けた結果、たどり着いた境地なんだ」

「境地?」

「そう、それはつまりくうだ。スピードとは、空間を移動する際、どうしても発生してしまう時空間のベクトル。私のマシンの最終形態は、そのベクトルであるレーサーをくうへ消失させて、時間の干渉を一切受けなくする。しかし、それはパンドラの箱で、一度開ければ、戻れない。まだ、戻れるところまで、技術が進んでいない。いちばんは、デザインした瞬が戻ることを望んでいない」

「青矢瞬らしい。いっそ、お望み通り空になってしまえばいいのに」

「さあ、始まるぞ、ミカエルを取り戻すレースが」


 わたしは祈った。ミカ兄がわたしたち、本当の家族の元に帰ってくれることを。

 でも、帰ってきたのは、氷の家族・・・・・・青矢瞬。

「なぜだ! 犠牲、ミカエルが犠牲になってしまったとしか言いようがない! ミカエルがくうになった代わりに瞬が戻ってきてしまった」


 どうして? いったい、どうしてなの? 

 ミカ兄、わたしのミカ兄がいなくなっちゃうなんて。

 そんなのわたし、ぜったい信じない! 青矢瞬、ぜったいに許さない――――


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