BACKGROUND  空

 ここは空じゃない、ことは確かだ。

「青矢、青矢、聞こえているか? もう一度聞く。そして、応答しない場合、速やかにおまえを回収する」

「ゆ、ゆか、わ・・・」

 渇き切って張り付いた口びるを、引っぺがして言った。

「青矢、直ちにピットへ戻れ。我々はスカイアローの逆鱗に触れた」

「な、に?」

 マシンへもたれながら走っている自分の態勢に気づいて、ハッと起き上がる。

 眠っていたんだ。

「いったい、どれぐらい?」

「青矢、おまえは、アンコンシャスの状態で、あの走りを展開したものと思われる」

「あの走り?」

「やはり、覚えていないか?」

「なにも」

「まずは、前方に注意を払え」

 

 前方から、硝煙の煙を引き裂いて吠え猛るマシンが飛び出してくる。

 

「瞬!」

 弾丸マシンの瞬が! 

 なんで前方から迫ってくんの?

 頭がこんがらがってパニックに。

 逆走? 

 考えよりも優先させて、体で反応せねば、ぶつかる!


 弾丸マシン瞬が、一ミリもぶれず、ぼくめがけて、突っ込んでくる。

 寸手のところで、すかさず、かわした。

「あいつ! 衝突するつもりか!」

 瞬のマシンは背後の硝煙の彼方へ、凄まじいうねり声をあげながら、消えてった。

 

 見ると、あちこちで大破したマシンや人が倒れて、転がっている。

 男たちが、必死で救命活動をしている。

 知らぬ間に地獄と化したサーキットで、まただ。前方から瞬が、僕めがけてつっこんでくる。

 

 今度はよけん!

 

 チキンレースの覚悟で臨むが、これは、度胸のレベルじゃない。

 いつもの虚ろな目を、かっぴらいた瞬が、完全に現世からコースアウトしてぶっ飛んでくる。

「ひえ!」

 死にたくなくて、防衛本能でかわした。

 赤旗が降られ、緊急車両が瞬を止めにかかるが、つかまらない。

 誰も暴走した瞬は、捉えることができないことを、この身で知っている。


「湯川! どうなってる?」

「とにかく、次の迎撃に備えろ。その合間に伝える、そして、おまえが納得したうえで、このレースから降りることを、総監督として指示する」

「レースから、降りるだと?」

「これは、レースじゃない。殺し合いだ。青矢、自分の姿を確認しろ」

 白銀のマシンだったボディーが、太陽の黄金色に輝いている。よく見たら、スーツまで同色に。

「ど、どういうこと?」

「青矢、今から遡ること189.135秒前、おまえは、光になった。そしてスカイアロー青矢を抱きしめた。おまえはスカイアローを抱擁しながら走った地上初の人間だ。それから、スカイアローは、おまえの抱擁を逆走して振り切った。そして今にいたるまで、未知の現象が続いている。青矢恭四郎氏の提供するマシンもまた、レギュレーションをごまかして、なんらかのテクノロジーを用いているからだ。そのテクノロジーが、僕の想定を上回って、この惨状を招いた。青矢、我々の敗北だ。戻れ」

「戻ったら、瞬はどうなんだよ?」

「スカイアロー青矢は、この暴走の結末、99%の確立で死ぬだろう。今の彼は、死ぬために走っている」

「じゃあ、戻れねー! オレのネガイゴト、わかってるよな?」

「残り、1%にかけて戻れ。青矢。ネガイゴトとは、死んで叶えるものではない。いくらでも、やり直しはきく」

「それじゃあ、残り1%がオレということだ。このまま、チキンレースを続行する」


 突如、真っ青な閃光がサーキットを覆ってゆく。もう、それは姿形じゃない。空そのものに包まれてゆく。

 瞬、おまえ、空になっちまったのか?

「ミカエル! 戻れ! 戻るんだ!」

 父さんが、サーキットに飛び出して叫んでいる。

 父さん。

 だって、こうなっちゃったんだ。仕方ないだろ?

「瞬が、瞬が! 骨と皮だけになっちゃったよ・・・」

「ミカエル・青矢」

「レディー・オカカ」

「あなたのネガイゴトは、なんでございましょう」

「なにって? 瞬を助けるったって、瞬が、瞬が、あんな姿に・・・オレがしちまった」

 フルフェイスを涙が埋めて、溺れそうになる。

 眼前に青い空が迫りくる。

 ここだったのか、おまえが本当に行きたかった場所って。

 そうか、瞬、お兄ちゃんと、一緒に行きたがってたもんな。

 お兄ちゃんも、そうかもしれない。

 ずっと、こんな自由な空に、恋焦がれていたよ。

 瞬、いっしょに行こう!

 そうして、ぼくらは青い空に包まれて、二人の兄弟は一つになった。



実況・くまちゃん! どうかぼくから離れないで!


はなれられない、なのら・・・


これは、どういうことでしょう? サーキット全体が青い輝き?で包まれてしまいました。

ただ、二人でレースを続行していた、スカイアロー青矢と守護天使ミカエルの姿が、どこにも見当たりません。

いったい、どこに行ってしまったのでしょうか?


こうなっれ、こうなっなら、こう! なっな、なのらー!


興奮するクマちゃんの代わりに、申し伝えると、あれは、スカイアローを抜き去った、というより、守護天使ミカエルが抱擁したように、私の目には移りました。

その時、戦う二人が一つの絆で結ばれたように見えたのですが、いささか、私の主観が入っているかもしれません。

 それにしても心配ですねえ。いっこうに青い空のような空間から二人の姿が見えてきません。果たして、二人は無事でいるのでしょうか?



なんだい?兄さん


おまえ、どこに行っちまった?


兄さんなら、受け止めてくれると思ったよ。


空に、なっちまったのか?


兄さんと、いっしょに。これでいいんだ。これがぼくが生まれてきた目的なんだから。


行くなよ瞬、母さんが待ってるんだから。


かわいそうな母さんをよろしく。兄さん。


ダメだ。オレが行くから。おまえは残れ。


残ってるよ。兄さんの中で。その手で、母さんに触れる時、それはぼくであり兄さんの手。その口で父さんと言葉を交わすとき、それはぼくであり、兄さんの言葉。

その体で、愛する誰かと交わるとき、それはぼくであって・・・


やめろよ! そういうのいいから! 二人で二人三脚していこうぜ。


そうだね、兄さん、これから、そうしよう。よかった・・・・


待てよ! 瞬!





実況・おーっと! 青い異次元がどんどん縮小しております! まるで、しぼんでゆく風船のようだ。なぜか、名残惜しく涙が出てくる有様です。


な、なみらなみら、なのらー


あの空に私は自由な楽園を投影しておりました。そこでは、飢えもなく争いもない、人々が穏やかに暮らす楽園が・・・そして! そのしぼんでゆく空の中心に人影が現れました。

あれは! あれは、なんと、スカイアローです。スカイアロー青矢が空色のスーツ、空色のマシンに跨って、空の化身のごとく現れました。

守護天使ミカエルの姿が見られません。どこへ行ってしまったのでしょうか?


のこへ、いったなのらー


おーっと、ここで総監督、青矢恭四郎氏がタオルでくるんで抱きかかえるように、スカイアローをワゴン車で回収してしまいました。サーキットを逃げるように去ってゆきます。死者こそ、出ていませんが、これは関心できませんね。当事者として、説明する義務があります。そして、第二の当事者である、守護天使ミカエルがいっこうに見当たりません。


なみらなみら、なのらー


このレース中、何度も取り乱しましたが、これだけ時間が過ぎても現れないことを考えると、涙が止まりません。ミカエル青矢は、プロ高代表として、そのネガイゴトの誇りを胸に、守護天使となって、昇天してしまったのでしょうか?


なむあみなむつ、なのらー

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