BACKGROUND  抜

 ニヤリ。

 ピットから、こちらを見遣る恭四郎が、確かに笑っている。

 どうして笑える? プロ校だぞ! UFOだぞ! 

 ぼくの力、レディー・オカカが言う『成る力』。略してナルチカ、瞬の走行スタイルを吸収しながらの走行。

 瞬の影になり、寸分たがわぬ姿勢で猛追してゆく。しかし、それじゃ抜けない。抜き方がわからない。

 このままじゃ、瞬の影になって、寸分たがわずくっついているだけ。恭四郎は、それをおもしがっているのだ。


 どうすればいい?

 どうすれば、瞬の前を走れる?

 イメージしろ。

 瞬の前を、走っている。

 それは、スピードじゃない。

 そう・・・

 

 イメージが湧きかけたその時だ。S字コーナーで、例の子供が地面に埋まるコーナリングに入ろうと、瞬が身構える。

 ぼくもとっさに身構える。すると、目の前の瞬が消えた。

 S字に沿った、ぼくの進行イメージを超えて、瞬がコーナーを真っ直ぐに突っ込んだ。


 あのバカ! 

 壁に突っ込むぞ!


 思った直後、瞬のマシンはコーナーの突き当りで鋭角にマシンを反転、次のコーナーも鋭角にマシンを反転。

 まるで壁に弾き飛んで勢いを増す弾丸みたいにコーナーから抜けた。


 ありえねー!


『実況』・なんでしょうか!? 今のコーナーリング! クマちゃん、見ましたか?


なんか、こなっれ、こう! そしなら、こうなっら、なのらー!

  

私の目にもそう移りました。S字に沿ったコーナリングではなく、あれはS字

をスカイアローの神業でZにした、もはやコーナリングを超えたZリング!

これには、さすがの守護天使ミカエルもただただ、茫然自失、後ろの観客と化して見守らざるをえません。



 瞬のZリングに突き放される。

 ナルチカで瞬を追随する、目の前の模範がとつぜん消えてしまった。瞬の影だったぼくは、実態を失って後続の波に呑まれる。

 当然だ、そもそも一人じゃ、コーナーの曲り方さえわからないのだから。

 予想通り、ピットで恭四郎が腹を抱えて笑っている。

 今まで、後続に従えていたスピードの猛者たちは甘くなかった。スローな存在に対して、容赦がない。

 そのスピードでマシンの尻を突き刺し、いっせいに食らってかかる。

 ぼくは、スピードに飢えたハイエナ共の群れに食われ、刺され、突かれ、そして罵倒された。

 瞬ばかりじゃない。みんな命を張っている。

 命なんて、吹っ飛んでも構わない目つきが血走り、どんどん加速してゆく。

 急に、こんな所で、命知らずの修羅を相手に、王者スカイアローに挑んでいることが恐ろしくなる。

 瞬は、そんな修羅どもの存在さえ目に入らず、まさしく、空から射られた青い矢、スカイアローと化して、サーキットを切り裂いてゆく。

 そう、あれはもはや走行ではなく、飛翔。


 あんな奴の前、走れるわけがない。


 そう思うと、どんどんマシンが色を失い、情けなく失速していった。

 ムリだ。こんな修羅の世界。

 こんな果てなきスピードの世界を、悠々と見渡しながら頂点に君臨する瞬。そして、そんな修羅の世界で一人の修羅が、体を真っ二つに折って転倒し、次々と修羅どもに蹂躙されるシーンが眼前に!


「な、なんだ? 湯川! 今の映像は、おまえが見せたのか?」

「いや、なにも見せていない。それにしてもひどい後退ぶりだな。あと、59.057秒後に、おまえはスカイアローに抜かれる」

「さっき、確かに前のヤツが事故る映像見えたぞ」

「それは、レディー・オカカのデザインしたフルフェイスに、おまえの力が投影されたものと思われる」

「どういうこと?」

「おまえが見た通り、としか言いようがない。見たくないなら、ピカドンが制作した裸婦像を流そうか? もう、レースなどどうでもいいのだろ? 青矢」



 異変に気づいた。

 レース中盤、群れの中で、やけにムリな走行してる黒いスーツのヤツがいる。

 アイツなんじゃ? さっき、ぐんにゃり体をひん曲げて、タイヤに踏みつけられたのって?

 思っている間に、そいつのマシンがカーブで異様なブレ方をして、バランスを崩した。


 死ぬぞ! 

 いや! 


 強烈に願う。

 マシンが閃光を発し、今この瞬間に、風が生まれる音がする。

 ヒューーーーー!

 マシンだ、ぼくのマシンがうねっている。風のように。

 黒いスーツのヤツがコース内とは反対のレースコースに吹っ飛んだ。


 死なせん!


 景色が、ミキサー状になってとろけた。

 吹っ飛んだ黒いスーツを、コース内に優しくはじき返して、ぼくのマシンはレースの中盤を走っている。


 担架を担いだ連中がやってきて、芝生で伸びた黒いスーツのヤツを叩いている。黒いスーツのヤツは、周囲に親指を立てて答えてくれた。


『実況』・おーっと! おーっと! おーっとっとっと! またまた見ましたかクマちゃん! あの、聖なる白銀の輝き、いや、閃光を!


みた、なのらー! 


あれをレースというカテゴリーで実況してよいのか? 私にも経験がないことで、ためらわれます。そうだ! あれこそ守護天使! まさしく、守護天使ミカエルが、レースの犠牲者を救いました。としか、いいようがありません!


いいよう、ないなのらー


 つかんだ! 今のイメージだ。わかったぜ。

 今、お兄ちゃんが、この狭窄としたスピードの世界から、助け出してやるからな。

 息苦しくかったろう?

 怖かったろう?

 孤独だったろう?

 おまえ、ずっとこんな狭苦しい場所に、閉じ込めれてたんだ。

 今出してやるから。

 空から射られた青い矢、だなんてウソだよな。

 ここには、空なんか存在しない。

 この真空の世界から、おまえを連れ出して、母さんといっしょに、また、ゆっくり、青空の下、三人で歩こうよ。


ヒューーーーーー!


 マシンが、風になって唸った。そして、ぼくは風になって瞬の孤独な背中を、祝福のゴッドブレスで覆ってあげた。




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