BACKGROUND  走

中空に静止して敵を迎え撃つミツバチの大群。


それらがエンジンの唸りを発しながら、スタートライン後方で構えている。

互いを吹き飛ばしてやろうとする殺気を、メタリックのボディーから放ちながら。

「それでさ、エンジンて、どうやってかけんの?」

 フルフェイスに内蔵されたマイクに話しかけた。

「エンジン? そんな地球内の古典的テクノロジーのことなどわからん」

 プロ高で突如立ち上がったレーシングチーム、≪不可能≫で総監督を務める湯川が言った。

「え、エンジンかけないで、どうやって進むんだよ?」

 突如、迎撃態勢を取ったミツバチの群れ。

 

 なんだ、アレ?


 ポールポジションに、空のような真っ青なスーツと同色のモーターバイク。

 そのシートで、瞬が胡坐を掻いている。

 その姿は空の化身、空から射られる青い矢。

「瞬!」

 皆、頭を垂れて猛スタートの態勢を取る中、瞬が胡坐をかくのは、王者に平伏する兵士たちのよう。


『実況』・おーっと! ここでさすが、プロ高! 特別にプロ校枠で出場したレースの守護天使ミカエル。サーキットの絶対王者スカイアロー青矢に対し、頭を垂れません! 興奮してきちゃいましたねー、クマちゃん。ええ、今回、わたくし実況を担当させていただくプロ校放送部井上が、毎日添い寝に欠かせないクマちゃんのヌイグルミとお伝えしてゆきたいと思います。ねえ、クマちゃん! 


そうれす、なのら!


クマちゃんも興奮しております!


「ねえ! エンジンってどうやってかけんの!? さっきこのマシンもらったばっかなんだけど、誰か教えてよ!」


『実況』・全員! スタートを切った。まるで、狙うはスカイアロー青矢のごとく、刺すような攻撃スタイルです。クマちゃん。これ、全員でスカイアローをぶっ潰す気でいますねー。


おそろしいれす、なのらー!


おーっと! ここで早速エンジントラブルか、一台がスタートライン遥か後方で立ち往生しております! ブルーのスカイアローに対し、無色の・・・あ、あれは! 我がプロ校代表、守護天使ミカエルです! 大変なことになりました。


「だから! どうやって、エンジンかけんの!? ぜんぶ、この腑抜けた無色透明の抜け殻マシンに任せろって、湯川! どんどん置いてかれてんぞ」

「聞こえてございますか? ミカエル・青矢」

「レディー・オカカ! これじゃ、レースにならないんすけど!」

「大丈夫でございます。スーツとマシンカラーについては、わたくしがデザインいたしました。ミカエル・青矢。なに故に色やエンジンにこだわっているのでございましょうか?」

「こだわるもなにも、常識!」

 言いかけて、ハッとした。

 瞬を先頭にするミツバチの大群を遥か地平線に捉えながら、母さんを思い浮かべる。

 

 骨と皮だけになったって、だいじょうぶだよ。母さん。


 だいじょうぶじゃねーよ、瞬。

 死ぬんじゃあねーんだ。

 生きるんだ! 

 生きてこそ、愛する者のために還ってこその、レース!


『実況』・な、なんでしょう! クマちゃん!

   

なんなのれすらー?

   

守護天使ミカエルのマシンとスーツがオーロラ状に輝いております! 白銀!のこれはプラチナでしょうか、とにかくグレーの輝きを放った、と思いきや、おーっと、消えた! 消えました! 最高度を誇るプロ校のカメラにも捉えきれない。まるで、瞬間移動したようだ!

  

しゅんかんいろう、なのらー!


奇怪な円周とS字カーブが織りなす複雑なサーキットを、白銀の稲妻が走った。


 心に描いた時だった。

 母さんとぼくと瞬の笑顔で囲むサーキット、念じると、大爆発を起こしたように、景色が歪んだ。

「いいか、青矢。そのマシンはおまえの本番モードでしか発動しない。ボディーは、空っぽの表面だけ。わかるか? いかに分子構造を離して、すかすかの空っぽにするか。ネジ一本、細部に至るまでで空っぽでできている。そうしないとレギュレーションで引っかかってしまうからな。マシンを空にすることで、レディー・オカカの塗装とスーツにリンクしやすくなる。つまり、そのマシンの原動力は、おまえの精神だ。スカイアローを完全コピーして、自動追跡することも可能だった。それでは、青矢の力が引き出せないと言うレディー・オカカの箴言で、今回こういう形になった。僕には、スカイアローに対して、ここまでする必要を感じないが」

「おいおい、糸みたいに集団を縫って、いきなり瞬の後続に! マジか!」


『実況』・クマちゃん、見ましたか! 目にもとまらぬスピード? これは、スピードというには生やさしい。音速、いや、輝き! 聖なる白銀が輝いたのです。ああ、なんでしょう? この涙は、あの白銀を見ていると、不思議と涙が湧いてきますね、クマちゃん!


糸たまがもれてくる、なのらー!


「しかし、なんで、瞬のケツなん!」

「だから、おまえの思い一つだ」

「瞬を抜けるイメージが、湧かない?」

「そいうことだ」


 ぼくらは続いた。ひらたすら瞬の後ろに続いた。後続のミツバチ軍団の荒息が聞こえてくる。

「クソ!」

「また、アイツだ」

「いつもこうだ」

「ぜったいに、アイツは抜けねえ」


 スカイアロー青矢、コーナーを子供が絵に描いたように回ってゆく。

 子供に、人が地面に立つ絵を描かせると、人はたいてい地面に埋まって描かれる。

 瞬の場合、子供ちっくな絵が、リアルなのだ。

 タイヤとアスファルトの接地面積わずか数ミリ、マシンを地面とほぼ平行に倒しながら、コーナーを切ってゆく。

 上から見たら子供の絵、人が地面に埋まってるのとおんなじ。

 この走法には、誰もついていけない。いけっこない。

 誰も子供の絵のほうが現実だなんて思えない。

 瞬の超絶テクニックを支えているのが、恭四郎のマシンテクノロジーだ。あれだけ、マシンを傾けることが可能なのは、ど素人のぼくにだってわかる。

 タイヤがコースに噛みつく力が違う。まるでスッポン!タイヤ。

 

 ぼくしだい?


 このUFO同然マシンなら、いくら瞬と恭四郎のモンスタータッグでも抜けないわけがない。

 イメージだ。

 レディー・オカカが繕ってくれたスーツからぼくのイメージをマシンに伝える。

 そうすれば!


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