BACKGROUND  団

「で、どうする? 青矢君のネガイゴト。なんか一週間後みたいよ」

「レースってさ。どんな編み方あんだっけ?」

「レース編みじゃなーい! 競艇でしょ? うう、ギャンブル魂が疼いてきた」

 だ、だいじょうぶか、コイツら? 帰ろうかな。

「僕だ。青矢。わかるか?」

 この声、回転扉にぼくを推薦した湯川とか言うインテリ野郎。

「これは、Pro科に入るための試験でもなんでもない。ピカドンの単なる悪い冗談だ。時間の無駄なので、このまま話そう。レースの件だが、とりあえず僕が、レーシングチームの総監督を買って出た。回転扉から出てきた、おまえに敬意を表して」

「あんでも、いいからさ。弟のこと、どうやってぶち抜くん?」

「いくつか、候補が上がっている。引力相殺装置、形状記憶スーツ、自動追跡マシン、あるいは本人抜きの立体映像」

「それじゃ、意味ねーだろ!」

 スフィンクスに向かって泡をとばした。

「クラスにも入れてもらえない、うんこ野郎! なんでか、わかるか? ネガイゴトに対する情熱、感じねえーんだよ、おまえ。オレのネガイゴトは、この世界に楽園を描く! できなかったら、未来の人類に委ねるとかじゃねーし、今だ! 今この瞬間、この地獄を楽園に描き直してやるんだ!」

 突如、目の前に極楽浄土の世界が広がる。

「ピカドン、とか言ったよな?」

「そうだ。ピカドン、一瞬にして、この国を地獄に変えた」

「あんた、みたいに。壮大な平和計画、思い描いてなきゃ、世界って、よくなんないもんかね?」

「フン! 平和は一人一人の心の在り方から? 例の平凡太郎どもが口を揃えては、ぜんぜん平和にならない決め台詞。もう聞き飽きた。真の平和は一個の握り拳で束ねてやんねーと。実現しねーんだよ。オレが筆を握るこの拳が、それだ!」

「さっきの、クイズの答えなんだけどさ」

「あん?」

「スフィンクスの謎々の答え、やっぱこうする。幼い頃は、オレと弟で手を取り合い、四本の足で寄り添って歩いた。成長してからは切り離され、それぞれの二の足で、孤独なこの世界の暗黒道を歩んでいる。それは今もなお続く。これからも? いや、未来は違う。オレが弟に生きることのすばらしさ、大切さ、かけがえのなさ、伝えて、明るい未来の世界を、二人三脚の三本足で、母さんの杖になる。それが、オレのネガイゴト。まあ、ピカドンみたいに壮大でもない、個人的なネガイゴトだが」


 急に目の前が開けて、人のいる教室が現れた。

「そういうの、待ってたんだ!」

 感涙に全身を震わせて、ちっちゃいPro科ブレザー身にまとった男子君が、お腹にすがりついた。

 ほんとはハグしたいのだろうが、ちびっ子すぎて、背が届かない。

「誰?」

「ぼく、ピカドン。自分の絵に隠れてないと、強がれなくて・・・さっきは、ごめんよ。ぼく、こんなんだから、イジメられて、初めての人は、警戒しちゃうんだ」

 小学生ルックのピカドンによろしくの握手。

 テへっとする、ピカドン。


「なんでしょう? すみません、今、たてこんでいまして。はい、はい、え? レディー・オカカが、参加するのですか?」

 湯川が例のインテリ眼鏡を、実にオタクっぽくいじくりながら、ぶつぶつ喋っている。

 一通り、通信が終わった後、湯川が信じられないと言った表情で、ぼくの顔を直視した。

「青矢の案件、八正人が参加する事案になった」

 八正人と言う発言と共に、Pro科生の間で戦慄に似た沈黙が走る。

「レディー・オカカが?」

 椿がびっくり仰天、大きな瞳をかっ開いて瞬きしている。

「レディー・オカカ本人から、今、打診があった。マシンは僕が、その塗装とスーツに関しては、レディー・オカカがデザインする」


「嘘? たかがレース編みに、レディー・オカカが・・・あ、凝ったデザインの編み物したいんだ!」

「だから! 競艇だっつうの! うう、ギャンブルしてえー、ブルブルしてきた」

 にわかにPro科生らの間で動揺が走る。

「そういうことだ。青矢」

「そう言うことか!って、どう言うこと?」

「それは、つまり・・・」

「うん?」

「おまえ自体が、レディー・オカカ好みのデザインということになる。では、青矢、ようこそPro科へ。歓迎しよう」



 それから、脳みそ焼き尽くす猛烈レースのシュミレーション対策、湯川メカニックによるゴジラマシーンのテスト走行、レディー・オカカデザインのレーススーツによる、副反応の数々。

 だなんてものは、一切なく、いたってふっつうの学生生活が待っていた。

「コレ? どういうこと、一体いつになったら、練習始めんの?」

 しびれを切らして椿を呼び止めた。

「湯川君も姿見せない、レディー・オカカも音信不通。コレって、Pro科で言うところの『引きこもり』じゃない?」

「なんだそりゃ、引きこもってる場合かよ。こっちはレースが迫ってナーバスになってんだ」

「あのね、青矢、このPro科の教室でやっていることって、ごっこなわけ」

「ごっこ?」

「そう、高校生ごっこ」

「ごっことはなんだ! こっちは命張って、毎日来てんだぜ」

「そう、熱くなるな、青矢。わたしたち、まともにガッコウ生活ってもの、味わってこないで、今まで生きてきたわけ。それは、富士山くんもいっしょ。聞いてるでしょ?」

「まあ、聞いてるけど」

「ここは、ガッコウ生活を楽しむ場所。『引きこもり』は、自分の専門分野に熱中する時間。たぶん、湯川君の場合、開発室にこもってるんじゃない?」

「どこ?! オレ、今から様子見に行くわ」

「ハワイの活火山の真下辺りじゃない。焼け焦げていいなら、顔出してくれば?」

「どこで、引きこもってんだ! たく、月で引きこもったり、火山に引きこもったり、ああもう! このオレの、たぎるマグマどうしたらいいの!」

「青矢、そんなら、わたしと食い倒れ行こう」

「はい?」

「ナーバスになってんでしょ?」

「おいおいおい、お嬢様。わかってるのかな? オレはナンパ師じゃなく、ジャイアントキリングに臨む戦士!」

「レディー・オカカから言われてるの。青矢がこんな状態になったら、サポートよろしくって」

「そ、そうなん?」

「そうなんです」

「あのモンスター瞬だよ? 恭四郎のモンスターマシンだよ?」

「それはそれ、これはこれ。行きましょ、食い倒れ。どっちがたくさん食べられるか」

「つまるところ、オレって必要とされてないってこと?」 

「そういうこと、任せるところは任せて、やるべき時にやる。それ以外はガッコウ生活楽しまなきゃ。だって、わたしたち、高校生、でしょ?」

 ニコっと微笑みながら、教室を出る椿につられて、ぼくはその魅惑の尻に敷かれていった。

 これでいいの、プロ高?

 

 




















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