BACKGROUND 還
ピカピカにワックスのかかった床に寝転がっている。
長いことどこかをさ迷っていた気もするし、ほんの少しだけ夢を見ていたようにも思う。
どうしても、夢の内容が思い出せなかった。今はただ、心にぽっかり空いた空洞だけしか自覚できない。
上体を起こしてみると、回転扉の前でオーロラに輝くレディー・オカカが立っている。
「回転扉から見事出られた青矢様は、潜在能力を引き出されました。青矢様に顕在化した力、それこそは、成る力、にてございます」
「パチパチ、パチパチ」
どこからともなく、拍手が木霊してくる。
ここは、体育館?
見渡すが、やはりどこにでもある体育館ということで間違いない。
ただ、ステージに幕が下りていて、人影だけ映っている。シルエットから察するに、どうやら、拍手はその人物がしているものらしい。
「あの影なる人物は、ハイスクールPro創設者、富士山にてございます」
「フジヤマ、くん?! あの登校拒否して、自分専用の引きこもり高校作っちゃった!」
「アッハッハハ! 青矢くん、君、おもしろいよね。さすがだね、回転扉から出てこられただけあるよね。レディー・オカカ、青矢くんで、何人目?」
「二人目でございます」
「じゃ、ぼくがここ、現れるの2回目って、ことだよね」
「そういうことでございます」
「青矢くん、お招きいただき、ありがとね」
「いえいえ、そんなめっそうもない」
とりあえず、影の富士山くんに謙遜して言った。
「ああいう装置でさ、潜在能力引き出しますって言われてもね。ほら、なかなかね。出てきた青矢くんならわかるよね?」
「はい、ぜんぜんわかりません」
「アッハッハハ! さすがだね。青矢くんね。天国の身分て知ってる?」
「天国の身分? 部長天使とか平天使とか?」
「アッハッハハ! そうだよね。おもっちゃうよね。そんなかんじで。でもね、青矢くん、ちょっとちがうんだよね。天国の身分て」
「はあ、どんな風にちがうのでしょう?」
「例えば、天才軍師ナポレオンが天国にいるとするよね?」
「はいはい、吾輩の辞書に、不可能の文字はない」
「そうそう。そしたらね、実はナポレオンて天国じゃ、そんなでもなくてね、生前はタバコ屋で一生タバコ売り続けて死んだタバコ屋の主人よりもね、天国じゃ、軍師としての能力はぜんぜん格下だったりするんだよね」
「そうなん?」
「そうなんだよね、青矢くん。それでね。ここでさ、問題になってくるのって、なにかわかるよね?」
「問題? 問題? なんか問題ある?」
「どちらかと言えば、青矢くんの問題だよね」
「潜在能力の問題?」
「そうだよね。今、大活躍して脚光浴びてる人とかさ、いるじゃん。でもね、実はね、そんな才能を眩しく仰ぎ見ている人の中にね、数倍、いや数百倍もすばらしい輝きを持っている原石がごまんといるよね」
「そ、そういうもんすか」
「そういうものだよね。レディー・オカカ」
「そいうものでございます」
「だからね。青矢くん、ぼくとしてはさ、なんて言うの、そういうのもったいないじゃん?」
「たしかに」
「それでね、ああ言うちょっとした装置で、振るいにかけさせてもらったんだけど。どうだったろうね?」
「いまだ、胸がずきずき痛むんだけど。この痛みはいったいどこから? 来るのだろう?」
「忘れているということは、置いてきた。ということでございます。置いてこられないお方たちが、ホスピタル送りになるのでございます」
「な、なんかよくわかんないっすけど、病院送りにならんくてよかったぜ」
「そうだよね? ぼくもさ、いくらもったいないとは言え、ホスピタル送りにはしたくないし、でも、プロ高来てもらった以上、可能性の門戸は開いておきたいんだよね。でもね、そっか、まだ二人きりなんだ。閉じようかな、回転扉。そこらへん、月に行ってのんびりしていると、葛藤しちゃうところなんだよね」
「はい? 今なんと?」
「青矢くんはさ、どう思う。回転扉、閉めたい派?」
「オレは、回されたい派」
「アッハッハハ! おもしろいよね、青矢くんて」
「あ! 痛みとか、そういうのいいから。オレ、Pro科編入できたわけ?」
「もちろんでございます」
レディー・オカカが深々とお辞儀して言った。
ホッ、とりあえず一安心。
「それで、なんだっけ、レディー・オカカ、青矢くんの力って?」
「成る力、にてございます」
「成る力? おもしろいね。青矢くん」
「はい、青矢おもしろいっす。で、成る力って?」
「青矢様、ご自分の腕を見てください」
言われて見ると、なんじゃこりゃ! 淡雪が溶けるように真っ白い腕が本来の肌色に戻ってゆく。
「ご自分では、ご覧になれませんが、わたくしの審美眼に叶う、その美しいお顔も、本来の青矢様に戻られておられますよ」
「なに、なんなの? かってに整形とかしたん!?」
自分の顔をいじりくり回しながら、同じ人科として見ていいのか、訳のわからないこの連中に、悪寒が走った。
「そのお姿は、青矢様が成る力を使って、成られたお姿。回転扉でよほどのネガイゴトをしたのでしょうね。誰かの望む誰かになりたいと」
「誰かの望む誰かに?」
「そうでございます。それが青矢様の『成る力』にてございます」
「『成る力』? 略して、ナルチカってやつなんだけどさ。ナルチカもらって嬉しいは嬉しいよ。でもさ、だからなんなん? モンスター瞬にナルチカでどうやって対抗するん?」
「ご自分の力を侮るなかれ。驚くべきことに青矢様は、その指紋に到るまで弟様とご同一にてございます。わたくしも、このような例は初めてでございます。よほど弟様になりたい事情がございましたのでしょうか?」
「ま、まあ、関係ねーじゃん。オレの問題だし。要はさ、弟越えられりゃ、ナルチカだろうが、ナウシカだろうがなんでもいいのよ、オレ」
「ランプに込めた、ネガイゴトの件でよろしゅうございますか?」
「おす! そのために、プロ高入った。ただ、一つ言ってないことが・・・」
「なんで、ございましょう?」
「瞬とのレースなんすけど、あ、あの、実は、それ、あと一週間後? おっと! まだ10080分もあった」
レディー・オカカをチラ見。弥勒菩薩のように瞳を閉ざし、無反応。
「一週間!」
ステージで影の富士山くんがビックリして叫んだ。
「どうか、Pro科クビにしないで!」
「月に三回も行けちゃうじゃない」
「はい?」
「ネガイゴトの期日は、一週間後、青矢瞬様とのレースに勝利する、ということでよろしゅうございましょうか?」
「いくらなんでもムリでしょ?」
「不可能を不可能に。それじゃ、レディー・オカカ、あとは頼むね」
「かしこまりました」
ステージのライトが消えて、富士山くんの影も消えた。
いきなり、富士山くんの姿を遮蔽していた幕が下りて、体育館をもろ明るいライトが照らしだす。
眩しすぎて目が開かず、富士山くんが立っていた場所に誰かが立っている。
目が慣れてくると、湯川と同じPro科のブレザーを身に纏った、それはなんと、女子!
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