BACKGROUND  扉 

「レディー・オカカ。一つ聞いていい?」

「なんでも、お聞きくださいまし」

「この病院て?」

「回転扉に挑んで患った御方々を、治療するホスピタルでございます」

 ビク!っとして、背中をぶったたかれた。

「り、リハビリって?」

「戻るための、リハビリでございます」

「どこに?」

「皆様、二つの選択肢がございます。一つは青矢様が入った玄関の回転扉から、ハイスクールProへ戻ると言う選択肢。もう一つは、このフロア最奥にある回転扉から、あちらへ出るという選択肢。このフロアではその二つしか選択できないのでございます」

「じゃ、選択肢一つじゃん。普通科戻るつもりねーし。なんか、よくわかんないけど、もう一個の回転扉から出りゃ、Pro科への道が開けるんだろ?」

「そういうことでござます」

「ほんじゃ、行くか」

「青矢様。その前に、お耳へ入れておきたいことがございます」

 レディー・オカカが、面と向かって言ったので、ちょっとビビる。

「な、なんでございましょう?」


「このホスピタルでリハビリなさっている患者様は、あちらの回転扉へ入った御方たちです」

「それって、どういうことっすか?」

「こういうことでこざます」

 レディー・オカカがその長い両腕を広げて、このフロア全体を表した。


 再び、病院を見渡して見る。

 ぶつぶつ独り言を言っている人、背中を丸めて孤独そうに座り込む人、患者同志、会話する人たちもいるが、二言三言交わしただけで、すぐに沈黙してしまう。

「ネガイゴト」

 ふとそんなワードを思い出して、口ずさんだ。

 ここにいる自分は仮の自分。いまだ実現していないか、実現不可能なネガイゴトの中に、本当の自分がいる。ここにいるのは、そう信じ込んでいる人々なんじゃ?

 退廃した空気が患者たちの間に蔓延しており、なんとも息苦しい。

 そんな空気に、すっかり溶け込んでいるせいか、今まで気づかなかった一人の男に、目を引かれた。

 ポカンと突っ立って、どこを見ているでもないその瞳に、どこか見覚えがある。親近感が湧き、男に歩み寄って話しかけた。


「こんにチワワ。どう、調子は?」

「骨と羽根だけだって平気だよ」

 ボソッとつぶやくと、男と脳裏の瞬が重なる。

「ああ、そいつが一番の新入りだったんだ」

 さっき、看護師に連れられて、診察から戻ってきた男が言った。

「新入りと言っても、三年たつけど。ここじゃ、時間なんて、あってないようなものだからな。昨日のようにも感じるし、遠い昔のようにも感じる」

「だろ? 新入り」

 ぼくに向かって男が言うと、背筋が冷たくなる。


「ぼくは自分が空でやれることはなにか、やれないことはなにかってことを知りたいだけなんだ」

 虚ろな目をした新入りが、瞬と同じくかもめのジョナサンのフレーズを口にしている。

「レディー・オカカ。奥の回転扉に入ると、なにが?」

「人それぞれでございます」

「人それぞれ?って、答えになっておらんのじゃ」

「回転扉から、人それぞれあちらへ行った結果、患者様として、ホスピタルへ回収されているのです」

「それで、リハビリして?」

「同じく、玄関の回転扉からハイスクールProへ戻るか、最奥の回転扉から、あちらへ出てゆくかでございます」

「みんな、高校には?」

「こちらにてリハビリを済まされると、大部分の方が、再び最奥の回転扉からあちらへ向かってゆきます」

「だから、あっちって何あんの!」

「人それぞれでございます」

 エンドレス・・・

「ええと、ちと、考える時間ちょうだい」

「お好きなだけ、お考え下さい」

 あの回転扉へ入りー。ホスピタルに入りー。リハビリしー、そして、あの回転扉にまた、戻りーの?



「青矢様、一つ、ご提案がございます」

「飛びつきたい! その提案」

 案内人のレデイ―・オカカを、女主人のごとく仰ぎ見た。

「生徒会長!」

「青矢様は、先ほどの杉山様と違い、まだ最奥の回転扉へ入ってはござません」

「まだ、戻れる?」

「このまま、玄関の回転扉にお入りくだされば」

「回転扉を中止して、普通科に戻る?」

「そう言うことでございます」


「骨と羽根だけだって平気だよ。かあさん」

 瞬に似た男が歩きだし、その先に最奥の回転扉が回転している。

「ちょっと、待った」

 瞬似の男の肩を掴んで止めにかかるが、男の前進する力を止めることができない。

「その御方はリハビリを終えております。どちらへ戻ろうと、自由でございます」

 レディー・オカカの一糸乱れぬ口調が、から恐ろしくなる。


 瞬・・・ひょっとして、おまえ、ずっと回転扉の中にいるのか?


「戻ろう! 母さんが外で待ってる」

 たまらなくなって、男の手を引っ張った。

「空でやれることがなにか、知りたいだけだ!」

 瞬似の男は激昂して、制止を振り払い、ショックで後ずさっている間にスっと回転扉の中へ姿を消した。


 瞬を連れ戻さないと。でないと、母さんも回転扉の中なんじゃ?


「レディー・オカカ」

「なんでございましょう?」

「あの回転扉を抜け出す方法は?_」

「抜け出す方法は、青矢様ご本人にしか、分かりかねます」

「言うと思ったよ。それでも行くわ、最奥の回転扉」

 見ると、レディー・オカカの髪色がオーロラから真っ黄色に変わっている。

「なんつうファッションセンス。レディー・オカカ。髪の色なんてどうでもいいから、連れてってくれ。あの回転扉の向こうに」

「わたくしの案内はここまで。あの回転扉より先は、青矢様一人でしか進めません」

 そう言ったレディー・オカカの髪色が黄色から赤に。

「信号機か! もういい。赤だろうがオレは行くぜ」

「青矢様が選んだのなら。いたしかたございません」


 勇気を奮い起こして、フロアの最奥で入り口と同じように回る、回転扉へ向かった。

 背後からついてくるレディー・オカカの静かな足音だけ、フロアーの床に染み込んでゆく。

「最後に青矢様、戻るおつもりは?」

「戻るつもりは、ない。もう抜けるしか、道はない」

 杉山という男が楽しそうに騒ぎだした。

「普通科へ戻ればいいものを! 待ってるぜ!」

 それを聞いた時には既に、ゆっくりと回る回転扉の中へ身を投じていた。

 レディー・オカカのオーロラの輝きが、背後へ流れ去っていった。


 



 

 










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