BACKGROUND  回


 HOSPITAL 

白いビルディングの最上階に、赤字の英語で書かれている。

 回転扉とやらに挑むことを決めて、最初に案内された施設が病院とは。

 回転扉に挑む勇者のため、ドクターが待機していて、死にそうになったら、ドクターストップ!

 それぐらいの用意があるということか。

 回転扉、一応は人命を考慮しているらしい。


「僕の案内は、ここまでだ」

 湯川が病院の玄関で、ぐるぐる回る回転扉の前で立ち止まった。

 この回転扉と戦うん? 

 どっから武器が? 

 それとも毒ガス!



 回転扉はガラス張りの自動式タイプで、ゆっくりだが、一定の速度で中に入る者を誘導している。

 中へ入れば、獲物を丸呑みした大蛇の胴体みたいに、ゆっくり消化されながら移動してゆく。

 回転扉の回転は、そんな不気味な印象を与えてくる。

「幸運を祈る」

 湯川が回転扉に向かい、お辞儀して去った。

 いったい誰に?

 すると回転扉から、湯川と同じピカピカブレザーを着た女生徒が登場、ホッと一安心。

 どうやら、普通の回転扉らしいが、しかし眩しい!

 黒ダイヤに輝く彼女の瞳がとかじゃなく、イルミネーション張りに眩しいのは、彼女が近づくにつれ、極長の髪が角度によって色を変え、オーロラ状に輝いているためだ。


 しかも、バレーボール選手並みの長身から、今にも床へ滴りそうな髪はオーロラのスクリーンに見える。

 どうやって視界を確保し、まっすぐ歩いているのかわからない。

 彼女は始終無表情に目を瞑っているものだから、なおさら髪のオーロラスクリーンに目がいってしまう。

「まぶ!」

 寝癖つけたままのぼくには、理解不能。

 オーロラ女子の真ん前が、眩しくて目を細める。

「ようこそ、青矢様。お待ちしておりました。わたくし、ハイスクールProにて生徒会長をさせていただいております、ハンドルネーム、レディー・オカカ。キャッチフレーズ『生物を、デザインする』にてございます。この度、青矢様が『回転扉』に挑む旨、湯川氏より伝え聞いてございますが、お間違えなくて、よろしいでしょうか?」

「そ、そうでごさいます」

「ここは、ハイスクールProのホスピタルでございます。この回転扉より、ホスピタルへ、わたくしがご一緒させていただきます」

 

 レディー・オカカが、その恵まれたボディーを真横に向けると、メリーゴーランドのようにゆっくり回る回転扉へ、長い腕を差しだした。

「どうぞ、お入りください」

 望むところ!

 回転扉へ、吸いこまれるように足を踏み入れた。


 なんだろう? 

 回転扉へ入って緩慢に歩き始めると、ひどく長く、ゆっくりと、螺旋階段にでも上っているような錯覚を起こし始める。

 同じ所を、いつまでもぐるぐる回っている、この感じ? 

 そう。まるで、ぼくの人生のよう。

 

 父さんを追いかける瞬、を追いかける母さん、を追いかけるぼく、を追いかける父さん、を追いかける・・・

 こんな円周をぼくは、果てしなく回ってきた。


 棄権することもできたのに。

 選択肢があるかないかは、別として。そもそも周りが見えていない。

 これからもずっと、この円周を周り続けるのだろうか? 

 そんな考えが頭に浮かぶと、虚しさが去来して心を占領されそうに。

 瞬を追いかけるこのレースに勝利したら?

 家族という円周は変わるのだろうか? 

 母さんの愛を得られるのだろうか? 

 そもそも、父さんの態度が変わらない限り、何も変わらない。 

 そして、父さんは何も変わらない。


 虚しさに支配されて、回転扉の中を歩き回る足を止める。

「ガタン!」

 回転扉の間仕切りにぶつかって、スローなブルドーザーみたいに圧してくる。

 なんとか踏み留まろうとして踏ん張る足を、引きずったまま回転扉が止まらない。

 これじゃ、まるで回転行進。

 逃れたい。こんな不健全なサイクルから。

 血の繋がりのない聖女を愛して追いかけ回す、ふしだらな息子。

 いくら追いかけ回しても、それは、ぼくの継母。

 瞬の実の母、を追いかける連れ子のぼく、を愛すイギリスの妻を愛す父さん、を愛す後妻、を愛すぼく、を愛す・・・・・・

 やめてくれー!

 気づけば、悪夢の回転扉に引きずりこまれて、もがけばもがくほど、焦れば焦るほど、方向を見失って、ただ同じ所をぐるぐる回っている。



「ここから! 出してくれ!」

「それでは、お入りください」

 回転扉の闇の外、レディー・オカカがオーロラの輝きを放って立っている。

 ぼくはすがりつくように、オーロラの髪へ飛びついた。

「へ?」

 気づけば、尻もちついてへたりこみ、ぐるぐる回る回転扉を、建物の中から覗き見ている。

「大丈夫で、ございますか?」

 レディー・オカカがオーロラに輝きながら、へたりこんだぼくを瞼閉ざして見下ろしている。

「大丈夫のよな、大丈夫じゃないよな。今のは一体、なんだったの?」

「ここは、ハイスクールProホスピタルセンターでございます。患い事がございましたら、いくらでも療養されて、お過ごしくださいまし」

「ちょっと、休んでくかな。まだ、フラフラする。激しい戦いなんしょ? こんなチャチじゃなく、ほんとの回転扉って」

「回転扉は、入る御方に応じ、それぞれでございます。青矢様のご発言通り、激しい戦いの御方もございますし、非なる御方もございます」



「あんた、回転扉に挑むのか!?」

 見知らぬ男がフラっとやってくると、病院のフロアにへたり込むぼくへ手を差しのべた。

「なんてこった。三年ぶりの挑戦者じゃないか!」

「三年ぶり?」

 ぼくは、回転扉についてもっと知りたく、差しのべた手を握って、立ち上がった。

「オレも、あんたとおんなじプロ高の普通科生だったんだ。そして、あんたと同じくPro科へ成り上がりたくて、回転扉に挑んだ。今思えば青すぎた。限界なんかないって、信じ込んでた。オレの影響力は全世界に及ぶってね。それが、今じゃホスピタル生活だよ」

 確かに、高校生にしては大人じみている。

 プロ高生なら、とっくに就職なり起業して、世界を股にかけ、グローバルに戦っている年齢だろう。

 周りを見渡すと、一階のフロアには十数人いて、歩いたり、椅子に腰かけていたり、窓の外を眺めたり、まばらな人たちが。


「診察の時間ですよ」

 看護師の制服に身を包んだ女性が、ぼくへ手を貸した男の腕をつかんで、どこかへ連れていこうとする。

「看護師さん、オレ、いつ、回転扉に戻れるんだい?」

「うーん? 杉山さんは、まだ二回しかリハビリしてませんよね? これから、先生がお話ししてくださると思います」

「まだ二回か、もっと、がんばんないとだね。それじゃ、勇敢な挑戦者君。また、後で」

 男は含み笑いを残し、看護師に随伴されながら行ってしまった。




 



 



 










 













 

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