BACKGROUND 昇
「聞いてねーし! ぜんぜん知らんかったから、やり直し! どうすんだよ? こんなボンクラスいて。誰が一番のボンクラか競ってんの? そんな暇ねえーから」
立ち上がって、このふざけた野郎の胸ぐらを掴んだとたん、「先生! 先生! 先生!」
ボンクラAとボンクラB、ボンクラⅭにÐ、E、F、G・・・
さっき立ち向かえと罵倒したボンクラスの殆どが、湯川に掴みかかったぼくへ立ち向かってくる。
「湯川ファンクラブ、親衛隊長、わたし、坂木あづまが、アンタの蛮行! 審判するから!」
みんないっせいに親指立てて、下向きに。
「まず、湯川先生と同じ壇上に立っていること。コレって、どうなの?」
「ぶぅー!!!」
壮大なブーイング。確かにみんな壮大に息巻いているわりに、誰一人として壇上に上がってこない。
もし、ここから引きずり落されたら? 考えてゾクッとした。
「そして、湯川先生に対するこの反抗的態度、万死に値すると思わない?」
「イエス!」みんないっせいに叫んだ。
「おまえら一つの生き物か!」
「それとコレ、二の次なんだけど、うちら普通科に対する侮辱的態度」
言った途端、教室内がしんとして微妙な空気に。
互いに向き合う者、窓の外へ目を反らす者、口を手で隠しコソコソ話す者、人それぞれだが、一貫しているのは遠慮がちな空気だった。
「おいおい。そこが一番のキモじゃないんかい? 普通科諸君(ぼくも含めて)」
さっそく普通科諸君どもの弱点につけこんだ。でないと、リンチされ兼ねない集団に、溶け込めないし溶け込むつもりもない。
「へえ、ここも、あの天下に名高いプロ高の敷地内なんすよね? 湯川先生」
「むろん、そうだ」
湯川はインテリ眼鏡を押さえて言った。
「なのにコイツら、自分が普通科であること、誇れてないよね? だよね! そこの普通科生B君!」
普通科生B君は、そうぼくに指摘されて、俯いた。
「やっぱりそうだ。オレは違う! 聖女ミッションの誇りを胸に、プロ高の門をくぐった。電車でだけど。それでだ、湯川先公。オレにはこんな普通科で暇つぶしてる時間がない。Pro科とやらへ編入したい」
「何によって?」
教科書を覗き見ながら湯川が言った。
「な、何によって? この使命感によって!」
「君は何か誤解しているようだ。この普通科生たちに使命感がないとでも?」
「自分を誇れないヤツが、使命感など持っているとは思えないが」
「君は蟻と象の営みを混同している。蟻には蟻の営みが。象には象の営みがある。営みこそ、地球内生物の誇りと言っていい。蟻が象を前にして、その営みを誇ったり、卑下したりする必要があるだろうか? その逆もまた然り。それぞれの営みがあるのみ。ちなみに坂木は将来、国境なき医師団に入って、困窮する人々を手助けする夢と誇りを胸に、日々勉学に励んでいる」
坂木が、ショートの揃った前髪に目を隠しながらプルプル震えている。今にも真っ赤に染まった頬に、涙が伝いそう。
「どうちまちた?? 親衛隊長の坂木ちゃん。なんで泣きそうなの? それとも怒ってんのかい? いや、どれも違う。オレには理解できるぜ。それら全部がない交ぜになった、その複雑な感情が」
「うるさい!」
ぶちキレた坂木が、ぼくに黒板消しをぶん投げた。
ナイスヒット!
同時に真っ白いチョークの粉が、湯川ピカピカブレザーを飾る真っ赤な心臓エンブレムをけぶらせた。
湯川は、汚された真っ赤な心臓エンブレムを、すかさずハンカチで拭きにかかる。
坂木は、自分のした行為にハッとして泣き出し、開いた戸から走って逃げた。
「あーあ、乙女の心、傷つけちゃって。湯川先生よ。自分が何したか自覚ある?」
「自覚? 地球内の事象。それだけだ」
「坂木親衛隊長ちゃんはな! 象さんから、君、蟻さんだよ。って傷付いて泣いてんの。みんなもそうなんだろ? 普通科諸君(ぼくも含めて)」
憎らしい。
本質突かれて、歯ぎしりして、突いたヤツを突き返すおびただしい普通科諸君の目という目を感じ。
「でも、それは違う。怒りの矛先をオレに向けて、普通科諸君のためになるのなら、いくらでもどうぞ」
突いてくる目つきが、まばらに散って、みんな順次着席。
親衛隊長も後ろの戸から普通顔に戻って着席。もう立ち直ったんかい!
ふうー。とりあえず、修羅場は凌げた。だが、もうコイツらの中には入れんぞ。まあ、覚悟してたけどね。こういうの、使命を持つ者には付き物だから。
聖女ミッションがなければ、ぼくだってこんなこと言いたくはない。
湯川は後ろ手に背中を向けて、窓の外を眺めている。
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