BACKGROUND 落
玄関で立つ、恭四郎が外国で駆った、ヒグマの剥製の中にスッと忍び込んだ。
「行ってきます」
やっぱり、プロ高へ初登校する前に言っておきたい。母さんに。
ヒグマの剥製は迫力満点だが、中に入ってしまえば、ミッキーマウスの着ぐるみと変わらない。
扉を開けて出てきた母さんに、剥製の前を通りかかった瞬間「パオー!」
「それは、象さんでしょ?」
「びっくらこいた?」
「いるって、思ってたもの。こないだも、やってたじゃない?」
さっきの頭踏みつけ総合格闘技は、どこ吹く風、母さんは眩い聖女に戻っていた。
「学校、遅刻しちゃわないの?」
「母さんの笑顔が見たくて」
エスプリのきいたユーモアから、俗っぽいギャグまで、おもしろいこと、なんでも大好きな母さん。
幼い頃から、ぼくは母さんに少しでも笑ってもらいたくて、おちゃらけかまってちゃんに人格形成。
「剥製って、あなたらしい。行ってらっしゃい」
母さんは屋敷奥の暗がりに消えていった。
「行ってきます。母さん」
中身が虚の毛皮だけ。
母さんにはぼくが、瞬の皮を被った着ぐるみに見える。
それって悲しい。なーんちゃって!
それでもいい。母さんに認識されてさえいれば。瞬の被り物でも。
小さい頃から、母さんにただただ夢中で、お尻追いかけ回して成長してきた、Theマザコン。じゃなく、いつも母さんがどこか遠くへ行ってしまう気がして。
母さんを繋ぎとめる碇になりたかった。糸の切れた風船の瞬とは真逆に。そうやってぼくは大きくなった。
どこまでも遠くへ、大気圏から飛び出してしまいそうな瞬を取りもどすミッションを背負い、ぼくはプロ高に初登校。
「母さん、やってみせます!」
敷地面積、ディズニーランドとほぼ同等、プロ高の敷地内に電車が止まり、例のスマホのスタンプで認証、降車。
マサチューセッツ工科大学か! そんな校舎がずらり。
しかもホント、ディズニーランドばりのアトラクションやアミューズメントパークが彼方に点在。
誰か、ウォルト・ディズニーになりたいと、あの魔法のランプをすりすり。ってことか?
スマホのスタンプから変化した地図にナビゲートされ、とある建築物の前に、そこだけ、このドリームランドの中にあって普通の建築物だ。
厳密に言えば、そこかしこで目にするガッコウの校舎、それもかなり古い。昭和の遺物感漂う雰囲気になんかイヤな予感がして見ると、やっぱり手にしたスマホの地図は昭和の遺物へぼくを案内しようとする。
「ちがうだろ!」
ナビゲーションに反抗。隣接するバイオハザードの研究失敗してゾンビ歩いてそうな近未来的施設へ足を踏み入れた。
その瞬間、体に電撃。
「スタンプをかざしてください」自動音声が。
「殺す気か?!」
「スタンプをかざしてください。個体差に応じて、身体を硬直させるのに最適化された電流がガードします」
このパターンかよ。
再び、全身硬直の電撃パンチを食らう気になれず、普通校舎に引き返した。
だって、高校生だもん。
あの立派なんは、社会人枠のオヤジ軍団仕様なんじゃ?
やっぱ、高校生にはガッコウだよねー。
考えてみると、当たり前の結論に至って、前向きにガッコウの校舎へ入っていった。
地図が立体図に切り替わり、階段を三階までガイダンス。廊下を渡ったすぐ真ん前、閉ざれた引き戸から授業する教師の声が漏れている。
あ、やっぱ遅刻しちゃったのね、ぼく。
編入早々やっちった。そして、母さんの「行ってらっしゃい」ゲット、悔はない。
んじゃ、はじめよっか、聖女ミッション。
「おはヨーグルト! うげ!」
引き戸を開けた途端、ガッコウ醍醐味、黒板消し落としを食らって、黒い学ランが肩から真っ白に・・・
「なんじゃ、こりゃ!」
激怒して教室中見わたすと、総勢40名ほどの同じ学ランと女子制服の頭がぼくを注視。
「このように、編入生は初日に遅刻したに関わらず、後方ではなく前方から堂々登場と予測。黒板消し質量mは編入生質量m,に距離rを隔てて作用した。この万有引力を借りた無能人間可否テストを学生は黒板消し落としと総称し、その洗礼を浴びて頭を白くした者を無能者と判定し笑い者にする」
「あはははは!」
教師がそう言った途端、全員が笑った。
「笑い方、やめ」
全員一致して、真顔の無言に。
お口ぽっかり立ち止まったまま。どうしたものか考える。
無能者と判定? こ、これがプロ高内、激化を極める内部競争!
いかん! 出だしから舐められる。
「必見! 天才編入生、プロ高鮮烈デビューにして、先ずは、最初の言動! オレは無能じゃなーい。なぜななら、先生なるもの、ちびっ子先生でも受け付けなーい。おまえら、プロ高生だろ! ボケっと先公に服従しとらんで、てめえの足で立ち向かえや!」
ふっ、決まった。
「僕は、先生じゃない」
「はい?」
この舐めきった教師へメンチ切りに向かった。
「Pro科の生徒だ。そして、ここは普通科」
「なんの寝言?」
「君は、Pro科生じゃなく、普通科生としてここにいる。Pro科の施設入ろうとして、電撃を喰らわなかったかな?」
「な、なに言うとんじゃ! われ!」興奮するほど、なぜか広島弁に。
なんか、おかしい。でも、認めたくない。
横目で在学生をチラ見。
ホント、普通高校生。に対して教壇に立つ、このハイグレードなブレザーをまとうコイツは?
「僕は湯川。Pro科生にのみ与えられる、ハンドルネームだ」
「ぷ、Pro科? 普通科?」
「Pro科に対して、君は普通科」
教壇に上がりかけて、けつまずいた。
「ぼくはPro科生として、普通科で物理を教えている」
教壇でコケたまま、この湯川とかいうヤツを見上げて思った。
こ、これが、プロ高、The内部競争!
やっぱりぼくは、普通科の普通高校生であった。
どうすんだよ!? 聖女ミッション!!
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