BACKGROUND 聖
『不可能を不可能に』—ハイスクールPro―
それが、プロ高からの合格メールだった。
『不可能を不可能に」って。なんつう理念じゃ。
合格メール見て総毛立ち、鳥肌が立って、身の毛もよだった。全部同じ意味だが、そんぐらい、大喜びして「やったぜ、母さん! プロ高、編入できたよ」
真っ先に母さんの元へ。
あの、モンスターペアレントならぬ、モンスター親子に、レースってもんを知らしめられた。
それでも、レースってもんはこうなんだよ!って髪振り乱して、知らしめ返ししたる。
絶望的周回遅れのぼくにはもう『不可能を不可能に』掲げる、プロ高という選択肢しかない。
「見てろよ! あの冷血恭四郎が、泣き虫恭四郎になって、吠面かく姿が目に浮かぶ」
「まあまあ、この子ったら、実のお父さんに」
「見せてやりたかった。母さんのこと、もっと大事にしろ!つってやったんだ」
「お父さんには、お父さんの事情があるのよ。あまり、お父さんをいじめないでね」
「へん! こんなの序の口だぜ。これからオレと母さんの快進撃が始まんだ。そうだろ? 母さん」
「はいはい。そうね」
白く細長い指で、母さんは生地に刺繍しながら、喜んでくれた。
刺繍台の裏側しか見えないが、絵画みたいに精緻な刺繍だ。
ぼくの母さん。高い教養と高潔な精神を兼ね備えた聖女。
下目がちに刺繍する寂しい瞳を長い睫が覆う。
高貴な人が放つ眩い面立ち。
とても高校生二児の母親には見えない白雪の肌。
完璧。全てが完璧なぼくの聖女。その名は母さん。
けっきょく、母さんを守れるのは、ぼくだけだ。
あのモンスター親子に、レースで挑むと言う絶望の見切り発車が、希望の切符を手に走り出したことに。
「ふうー」安堵のため息。
正直、あのモンスター瞬をどう躾けたものか、考えあぐねていた。
しかし、超ド級のプロ高に乗り込めば、恭四郎のモンスターマシンだろうが、UFОだろうが『不可能を不可能に』である。
どんなに金と権力があろうと、寄付や圧力を駆使しようと、プロ高の門は開かない。
その門を開くのは、唯一、生徒の能力。
あと、潜在能力とか、なんとか募集要項に・・・
それってどうやって計んの?
恭四郎によって、なんの特技も得意技もない、ボンクラに育てられたぼく。
なんで合格したん? そもそも何によって?
まあいいや。とにかく受かったんだし。
「ウソだろ?」 その募集要項は他に類を見ないものだった。
世界征服したい。後世に名を残す画家になりたい。宇宙飛行士になりたい。
等々、なんでもたった一つ。願いを、プロ校の正門に設置された、魔法のランプをすりすりこすって言うだけ。
プロ高生の目、気に病みながら、ランプすりすり。こちょこちょ願い事を。
そしたら、ウソ!
「なんも教えてないのに、ぼくのメールアドレスに合格通知きたんだ。しかもすっごいエキゾチックなスタンプで。このスタンプで全部、プロ高の施設出入りできるって話し、すげーだろ母さん」
「そういうの疎くて。でも、よかった。学びって、希望したところで学ぶのが一番だから」
「だね、母さん。あ、頭、撫でてもらえる?」
スカートに輪郭が浮かんだか細い両腿を、内股に閉じ、裏返った真っ赤な刺繍を載せると、母さんは両手を広げた。
「おいで」
聖女が座る、ビロードのアームチェアの前に跪く。
「実力勝負のプロ高。ぜったい負けないよ、母さんにエネルギーもらうんだ」
「困ったものね。いつまでも、甘えん坊」
「だめかな?」
母さんは、言いながら、ぼくの頭を優しく撫で始めた。至福の時。
Theマザコン!
じゃなく。これは、聖女の御前にて誓いをたてる騎士の儀式。
瞬を、あの冷血恭四郎から救いだす。命がけのミッションを遂行する誓い。
突然、頭を優しくなでる母さんの柔らかい指が、プルプル痙攣しだす。
「母さん?」
「瞬!」
柔軟なることこの上ない胸に、顔がまるまる埋まった。
抱きしめられて、いる?
聖女の胸の狭間は、柔らかく果てしない漆黒が広がっている。
「ああ、瞬! 愛おしい我が子」
「・・・・・・」
柔らかい胸の中、硬い鉤爪みたいなのが、頭皮に食い込み、ぼくの頭を鷲ずかむ。
「汚いグレーの瞳! 大っきらい。おぞましい!」
痙攣する腕に、頭を揺さぶられるがまま、母さんの操り人形状になって呆けるしかない。
嵐が過ぎるのを、待つのとは違う。
心のどこかで、罵倒でもハラスメントでもいいから、母さんを身近で感じていたい。変態だろうか?
最後、キレイな足が発作を起こし、床に向かって、ぼくの後頭部を思い切り踏みつけた。
「瞬を、どこへやったの! この盗人!」
「これから、連れもどしてくるんだよ。母さんの元に」
「一秒でも早く! 瞬を、私の瞬を、恐ろしい冷血漢から取り戻してきなさい!」
「わかったよ。母さん。一秒でも早くだね。最短ルートから、もう一秒引いて置くから」
「そして盗人のアンタは、一秒でも早く、私の前から消えて!」
ぼくは、病んだ母さんの望むまま、一秒でも早く駆け去る。
「ゴツン!」
背中に何か投げつけられた。
「母さん、またね」
扉を閉めがてら見ると、絵画のような刺繍が転がっている。
刺繍は、瞬が笑顔を輝かせて戯れ、その脇で真っ赤な鮮血に染まったぼくが、バイクと転がる絵柄だった
「必ずや、瞬を、母さんの元に」
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