SKYARROW
「チェックアウトは、10時だったそうだ」
湯川がフロントに背を向けて歩いてくる。
なるほど、ぼくが青葉と逢瀬をしていた時刻と重なる。だいたい、8時半頃から9時半の間。
青葉は、チェックアウトを見越して駆け去った。
「地球内必然の結果だが、これからどうする、青矢?」
湯川が苺ケースのスマホ、天野がPÐF化した日程表をのぞき込んでいる。
青葉の乗るバスへ、ぼくをロケット発射、見事落ち合わせる計算でもしているのだろう。
上半身晒しているケンシロウを、ホテルマンが咎める。悪いヤツじゃないのだが。その容貌から危険視されて当然だろう。
背負っていたボロ布リュックから、Pro科生のブレザーを出して着込んだ。
「替え、持ち歩いてんの?」
「レディー・オカカが持てと」
「だろうな」
そんな生肌ブレザーの、ホストケンシロウの後ろ脇から、スッと外人が現われる。
キャップにグラサン、デニムパンツに胸ボン!トレーナー。端正な顔立ち、ツンと尖った鼻から顎にかけて、見事なハリウッドラインを描いている。なんか、お忍びの外タレみたいな雰囲気で一同を圧倒。
「ワオ! スカイアロー、アオヤ? コンニチワ!」
「知り合い?」突如現れたこの外タレに、椿が怪訝な顔をむけた。
「知り合いっつうか、スカイアローっつうか」
ぼくはカバンの中から、サインペンを取りだし「どこ書く?」
外タレは大喜びして、背中を向けると親指で差した。
「プリーズ!」
「はいはい、ふうー」
ため息をこめながら、トレーナーの背部にsky arrowと。そしてサインを矢のマークで射抜く。skay arrowの屋号みたいなものか。つくづく、憂鬱な作業だ。
「サンキュー!! アオヤ! ワオ、アメージング!」
ほっぺにチュ。
「アハハのふうー」どうしてもため息が。
「ちょっと、公共の場所でなにやってんの!?」
椿に肘入れられて、ため息が「ゲプ!」
「ハンドルネーム、スカイアロー青矢。その評価は、国内よりモータースポーツの盛んな欧米で高い」
湯川が例のなんでも知ってますって、ドヤ顔を近づけてくる。
「近いんだよ! 湯川、離れろ」
「いや、離れん。どうしたいんだ、スカイアロー青矢? 青葉ページ、このまま続けるのか? それともやめるのか?」
「う、うげ」うんともイヤとも言えない。
「青葉に会ってから、レースへ戻るか、戻るまいか。そんな地球内葛藤を抱えている」
「そうなの? 青矢」椿にまで詰め寄られた。
「かってに先走んな!」
「スカイアローの先を走るなんて、地球内生物にはできない」
また、湯川の意味深なセリフに椿はおろか、ケンシロウが目影、天野がパッチリオメメうるうる。
「その走りは、空から射られた青い矢。誰もいない。ただ、前方に広がる青い空を裂いて独走するマシンは、他の追随を許さない」
「よしてくれないか? ほんとに。今のオレ、そんなんじゃねえし。チャリンコにも乗れねえし」
「チャリンコ?」
外タレが眉間にシワ寄せて湯川に尋ねると、湯川は堪能な英語で外タレに説明した。
「オー!マイガー・・・・・」
外タレの姉ちゃんのボインな胸に、きつく抱きしめられた。すかさず、椿のロウキック。事故で痛めた足がズキーンとして、電撃が走る。
「アツー」
痛みに目が眩んで、みんなの前でひざまずく。
「だいじょうぶ?!」
これには、さすがの椿も心配して座り込む。自分でやっておきながら・・・
「それでは、スカイアロー青矢、僕が総監督をつとめた、あのレースで、なにがあったか? そろそろ聞かせてもらおうか」
言いながら、湯川がイモグリコロッケ、本日三個目を頬張った。
「あ、あの、レース以来・・・実は便秘気味で!」
「もう茶化すのは、よしてもらおう。青矢、皆、心配している。あのレース以来、おまえの様子がおかしいと。総監督として、僕には是正する責任がある。ぶつかりあった、おまえの兄弟が死んでいるのだぞ。重症を負い、雲隠れしたおまえが、半年前ひょっこり顔を出したと思ったら、まるで二重人格になってしまったようだ。どうしてだろうな? 青矢」
「そ、それは・・・・・・わかった! 白状する。実は、オレ、ガッコウじゃ、陽キャで通してんけど、家じゃ陰キャの蝋人形君なんだ」
「蝋人形君か、それでは青矢、自分が蝋人形になる時、それはどんな感じだ?」
「そろそろ、蝋人形館に帰って、ガラス張りのケースに収まんねーと、ああ、もう我慢できない! 陰キャがドッロドロに出ちゃいそう。カラータイマー、ピッコンピッコン」
帰ろうとする、ぼくの腕を椿がつかんだ。
「今日こそ、ごまかすのは、止めて。お母様、亡くなってるんだよ。あんたのネガイゴト、叶わないんだから。それが、Pro科生にとって、死よりも辛いの、わたしたちには、理解できるから。わたしたちには言って欲しいの、青矢、あのレースで何があったの?」
ふと、立ち止まってつぶやいた。
「骨と皮だけだって平気だよ、母さん『かもめのジョナサン』」
「どうしたの? 青矢?」
椿が心配そうにして漆黒の瞳で覗きこむ。
「ぼくは自分が空でやれる事がなにか、やれない事がなにかってことを知りたいだけなんだ」
「青矢、それだ。どうして、急に虚ろな瞳をする?」
湯川が現行犯を差し押さえて言った。
「ただそれだけのことさ」
「ただ、それだけとは?」
「ただ、それだけの、ただ、それだけの」
全てはもう、ただそれだけのことなんだ。だって、ぼくはもう空になったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます