TSUBAKI
空っぽの車両で、海藻のごとく揺れながら力なくつっ立っていた。
座席は貸し切り状態にもかかわらず、そわそわして座る気になれず。
いつも通り生きていたら、一度も下りんかったろう終点駅へ再び向かっている。本日二度目。
これはやはり、犯人が犯行現場へ戻りたくなる心理。気づくと、そわそわがビクビクに。もしかして、終点下りた途端、謎の彼女とバッタリ再会!
な、なんて言おうか?
「あ、あなたのこと、ぼく、す、好きになっちゃった・・・」乙女野郎!
「また、イモグリアイス、食べ行かない?」
これだ。これが一番自然に響く。
「イモグリアイスが、なんて?」
ビクッとして、振り向くと、誰もいないと思いこんでいた座席で、足を組んだ椿がぼくを睨みつけている。
「おま! 聞いてた? 聞いちゃってたよね! 天野の薬の副作用! アレ、白昼夢見るって、報告しといて」
「青矢、お母さんのことはわかるけど、ちょっと変くない?」
「変くなーい。いつも通り、いや、これがホントのオレ、蝋人形君なんだ」
蝋人形君と言った自分の唇が、蝋人形君とぼくを呼ぶ、謎の彼女の唇とリンクして、思わず、でへ!
「ふーん、蝋人形館て、青矢んちとは、逆方向にあるんだ?」
「ど! どーでもいいじゃんかよ。おまえこそ、なんでいんだよ」
「帰宅して、なんか悪い?」
「いや、なんも悪くないし、なんも見んかったことにして、ご帰宅して。んじゃ」
別の車両へ移動。
「好きんなった子と、わたしが開発したイモグリアイス食べてえ、ハートマーク! とか?」
ドキ!
車両の揺れにフラついた体を、椿に引っ張られて着席。
椿は組んだ両脚を、しなやかに伸ばして両腿にカバンを置いた。
「青矢、約束、忘れた?」
肩が触れそうなこの距離感で、椿の漆黒の瞳が覗き込み、ぼくの瞳へ入り込んでくる。謎の彼女の瞳が吸いこまれるのに対して、椿の瞳は強烈に入り込んでくる。
半年前は、強烈に輝いて入り込んでくる、この瞳を受け入れる自信があった。けれど、今はただただ眩しくて目を反らしてしまう。この状態が続けば、当然Pro科から外される。走れなくなった競走馬と同じ運命だ。つまり普通科落ち。
椿との約束、もちろん忘れてない。でも、それはPro科生として突っ走っていた頃の話し。今のぼくは、もう違う。
車窓の過ぎゆく景色に、ヘルメットの中から見ていたスピードの世界を思い出す。
椿は、踵を浮かせ両腿に載せたカバンを開くと、中からド派手なステッカーを取りだしてチラつかせる。
雷がアイスクリームを貫くステッカー。
「それ貼って、世界で走るって約束。蝋人形のオレには、もうムリだから」
目まぐるしく変化する景色とスピード感。
こえー、ホントは電車に乗るのもおっかねえ。
「地を走るモノは、チャリンコから戦車まで。なんでチャリンコでこないの?」
椿がステッカーをぼくの目の前にかざして言った。
退屈な日常からトリップさせてくれる刺激と非日常感、スピードこそ、ぼくが生きる世界だと。そう、思いこんでいた。
けれどあの日、スピードは怪物と化し、爽快に去り行く景色を突然ごちゃ混ぜにシェイクして、地獄の様相へぼくらを引きずり込んだ。
我こそが手なずけた相棒が、突如として怪物になり、人をあらぬ形に歪めて捻じり、逆巻く炎で包む光景にフラッシュバックする。
「もう、やめてくれないか」
椿の細い手首をつかんで、うっとうしいステッカーを、カバンに突っ込ませた。
そう。死傷者をだした、あのレースのクラッシュ以来、ぼくはバイクはおろか、チャリンコにさえ乗るのも恐ろしい。バイク野郎からチキン野郎と化していた。
「乗り換えるんだ? 女の人に」
「なあ、椿、手伝ってくんねえか?」
「乗り換えの手続きなら、webからやれば」
「んじゃなくて。それ!」
椿はぼくの苛立つ視線の先にある、雷アイスのステッカーに気がついた。
「貼ってくれんの!」
「それ、F1サイズなんだよ。オレ乗ってんのバイクだから! メチャクチャ面積ないわけ。せめて、あと十分の一に縮小してくれ。たく! 何度言やあわかんだ」
終点駅に、ぼくと椿は到着した。
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