HOUBUTUSEN

「おい、湯川。これは、遅刻したペナルティーか?!」

「どう、捉えるかはおまえの自由だ」


 そして、教壇に本物の教師、加藤先生が立って代わり、湯川は席に戻る。 つうか、なんで物理の教師が片手に漢詩の文庫? 

 授業おっぽって読書タイムかよ。そもそもぼくは、名前に先生とつく人は、たとえちびっ子先生でも無理。大の先生嫌いなのだ。

 このはぐれ者集団Pro科には先生アレルギーが多い。そして、必ずしも教師が教える必要がない。物理の授業なら物理の天才が教えればすむ。と言うことで生徒の湯川が教壇に立って講義していた。湯川は普通科の授業も受け持つ。

 先生、職務怠慢なんじゃ。


 しかも湯川とはハンドルネーム。本名知らん。おおかた、湯川秀樹を意識してのことだろうが、いったいこのガッコウ、個人認証どうなっとんの?

 湯川は自分の学識を知らしめるためぼくの行動を予測。こんなイタズラ仕掛けて、大成功。みんなして待ちわびていたのだ。さぞ、気分よかろう!

 ガッハッハ! パラシュート背負い忘れちった・・・陽キャで反撃を試みるが言葉に詰まる。  

 急に母さんの死が思い出されて、背中へ子泣き爺がおぶさってきた。

 まだ立ち直れていない、陰キャの蝋人形から戻れない。机に突っ伏しそう。

 また泣き濡れて溶けだすぞ! 焦り。



「湯川、感情も放物線を描くのか?」

 加藤先生が分厚い漢詩の文庫を閉じながら言った。ドヤ顔して言ってんな。

「感情は放物線を、描きようがない

 湯川即答。反論あるなら上等。そんな面構えで先生を見返している。Pro科の生徒は扱いにくいことこの上なし。

「その通り。だが、今日、このPro科の生徒に、悲しみの放物線を描いて来た者がいる」

 一同、バケツから足を引っこ抜こうと苦闘しているぼくを見つめる。

「ふん!」

 ぼくは不敵に笑みを浮かべて前髪をかき分けて束ね、後ろで結んだ。

 顔面晒して、誰が泣くか!と言う意思表示。なんと科の意地だ。

 国家機密にさえ、勝手知ったる我が家同然アクセスする技術を持つ、この専門バカどもの中にあって、隠し事なんてできっこないのはわかってる。

 

 おまえら、命のやり取りしたことあんの? 

 このもやしっ子ども! 的な態度をとって、胸を張り腕を組んで、授業が終わるのを待つ。


「青矢君、脚どうでしょう?」

 前席に座る女子、天野が心配そうにぼくを見つめている。天野は本名だが「草の根かき分けてでも見つけ出す薬草!薬女」と言うキャッチフレーズを持っている。

ちなみにぼくのキャッチフレーズは「地を走るモノなら、チャリンコから戦車まで」

 半年前、レース中の大クラッシュから生還した。犠牲者をだして・・・

 その時重症負った右足が今、バケツの訳わからん溶液に浸かっていることが、ずっと気になっていた。

「痛み、ちょっとは引いてきたでしょうか?」

 天野がしおらしく頬を染めて尋ねると、

「アレ! キレてない! じゃなくて痛くない!」

「命知らずの、特攻野郎が事故のことずっと引きずって、やせ我慢。こうでもしないと治療もろくに受けない。ぜんぶ自分のせいにして」

 湯川がインテリジェンス眼鏡を押さえながら言った。

「お母さんのことも」

 イモグリアイスの開発者、椿に言われた時、たまらずブレザーをかぶって犯罪者ルックの顔隠し。子泣き爺にのしかかられるまま、冷たい机を涙で濡らして崩壊。


 灰色がかった真っすぐな瞳。謎の少女の顔とだけ、まぶたの裏で向かいあう。ひたすら号泣しながら。

 

 




 


 

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