約束。part2
「…………」
先生の薄紫色の瞳だけを見て、ゴクリと息を呑む。
しかし先生はふと目を逸らし、どこかもじもじとしながら、
「実は……実を言うとね……その……私……」
「は、はい」
「実は、ね……これまで恋人ができたことなんて、一度もないの」
「…………へっ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
「恋人ができたことがない……? リナたちから『恋愛師匠(マスター)』って呼ばれてるのに?」
「そ、その呼び方、お願いだからやめて!」
先生がボンッと顔を朱くしながら叫ぶ。
「みんなが勝手に言ってるだけだから! ただみんなと恋の話をするのが面白くて、それで色々お話しをしていたら、知らないうちにそう呼ばれるようになっちゃって……!」
「……ぷっ」
我慢してみたが、限界だった。
「あはっ、あははははははっ!」
「なっ……!? ロッジくん、笑うなんて酷くない!? しかもそんなに!」
思わず笑ってしまったが、確かによくない。先生は勇気を出して秘密を教えてくれたというのに。
「す、すみません。だけど、先生もそうやって変な見栄張っちゃったりするんだなって思ったら、ついおかしくて……」
「ガッカリした? 実は完璧なんかじゃない、こんな私で……」
「いえ、すごく嬉しいです。ようやく今、先生のことを知ることができたんですから」
僕は息を整えて、先生に向き直る。
「教えてくれてありがとうございます、先生。そして、大丈夫です。僕、絶対にこの秘密を守ります。誰にも言ったりしません」
胸を張ってそう言うと、先生は驚いたような表情をしていたその顔に、ふっと柔らかく微笑を浮かべた。
その笑みはいつもと同じように穏やかで優しい。でも、今はそれだけじゃなくて、親しみが含まれていたというか……壁が一つなくなったような、そんな感じがしなくもなかった。
「約束よ。ロッジくんのこと、信じてる」
「は、はい、信じてください」
『信じる』
その言葉の真っ直ぐな響きに、僕の胸は震えた。
本当に、勇気を出してよかった。先生を信じてよかった。
思わず泣きそうになってしまうほどの歓喜に包まれながら、ふと、今なら訊いてもいいかもしれないと思って、先生に一つ質問をしてみることにした。
部屋の一方の壁に、昨日はなかった扉が一枚あることが、ずっと気になっていた。僕はそれへ目をやって、
「ところで先生、隣の部屋には何が……」
「向こうはダメ」
と、先生は僕を遮るように言う。僕の唇の前に人差し指を立てて、
「人には色んな秘密があるの。焦っちゃダメよ?」
と、いつもの完璧な笑顔で微笑む。
……怒られてしまった。
でも、『焦っちゃダメ』ということは、その秘密もいつか教えてもらうことができるんだろうか。
やっぱり僕は……アネモネ先生のことがもっと知りたい。そう思わずにはいられないのだった。
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