靄の中。part2
夢――だったのだろうか。
頭に残っているあの光景を、遠くの絵を見るようにぼんやり思い返しながらそう思う。
夢にしては鮮明すぎ、現実にしては曖昧すぎる記憶……。だが、鼻の奥にこべりついているこの臭い――血と脂の生臭さはなんだ……?
今日はバターを食べる気にはどうしてもなれない。なので、切ったパンをそのままモソモソ頬張っていると、リナがポットから僕のコップに熱い紅茶を注いでくれる。
「昨日は残念だったわね」
「残念……? 何が?」
「振られたんでしょ、師匠(マスター)に。あんな見たこともないどんよりした顔で帰ってきて、夜ご飯も食べずにずっと寝てたんだから」
「僕は……自分でここに帰ってきたの?」
尋ねると、リナは自分のコップにも紅茶を注ぎながら呆れたように言う。
「何言ってんの? 当たり前でしょ?――って、もしかして憶えてないの?」
「ああ、うん、実は何も……」
「……そう」
リナは小さく呟くように返事をして、それきり何も言うことはなかった。二人、黙って朝食を食べ、食器を洗い場のタライに置くと、
「さあ、そろそろお店開けなくちゃ。ほら、食器洗いはお昼にウチがやっておくから、お兄は先に店に行ってて。忙しく働いてれば、たぶんそのうち忘れられるわよ」
と言って、先に店のほうへと歩いて行った。
――違うんだ、リナ、そうじゃない……。
リナは僕を気遣ってくれているんだろうけど、今はその気遣いがむしろ辛い。
誰にも相談なんてできない。したとしても、誰もまともに取り合ってくれるわけがない。だって、あの先生があんなことをしているなんて、一体誰が信じるというんだ? 僕でさえ、僕自身を信じることができていないというのに……。
僕はよろけるように再び椅子に腰を下ろし、テーブルで一人、頭を抱えた。
――お願いだ。お願いだから……全て夢であってくれ。
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