地下室。
階段の先にあったのは、一枚の木の扉。
その前で足を止めて、扉のほうを向いたままアネモネ先生は言う。
「本当に、私のことを知りたいのよね?」
先生の背中から、いつもと違う冷たい雰囲気を感じる。僕の知らない先生が、もうそこに立っている気がする。でも、僕は覚悟を決めて頷く。
「……はい、知りたいです」
「後悔、しない?」
「しません」
「絶対に?」
なぜこんなにも先生は念を押すんだろう。不思議だが、それでも決意に変わりはない。
「はい、絶対に」
「そう……。じゃあ、入るわね」
そう言って、先生は扉を押して部屋の中へと入る。
僕もその後に続いて、そして――目を疑った。
そこにあったのは、血みどろの惨状。
さほど広くない部屋の中央には長いテーブルが置かれていて、その上には人間――いや、人間だったモノが横たわっている。
首から上と左右の腕がない『それ』の、欠損した箇所からは黒々とした血が溢れ出し、その血はとろりと筋になって石の床へと流れ落ちて、テーブルの下の排水溝へと流れている。
頑丈な石造りの壁沿いには何本もの白い腕や足が食肉のように吊されていて、右のほうにある机の上には、血に染まったノコギリやハンマーが無造作に投げ置かれていた。
「っ……!」
死体の傍に置かれた燭台に照らし出されたそれらと、そして目眩がするような血と脂の臭いに、僕は思わず口を押さえて嘔吐を堪える。
だが、先生は平然とした様子で机のほうへ歩いて行き、持っていた燭台をそこに置く。血みどろのハンマーをその綺麗な手に持って、ふわりと微笑する。
「これが……私の秘密。ロッジくん、あなたはこれが知りたかったのよね?」
「――――」
言葉が出てこない。少しでも口を開けば、先ほど飲んだ薬が逆流しそうだ。
「ロッジくん、さっき教えてくれたあなたの秘密だけど……何も心配しなくて大丈夫よ。だって、これでお互い様だものね」
言いつつ先生は死体へと歩み寄り、どうやら男であるらしいその足を、まるで愛おしむように指で撫でる。
「でも、その意味をあなたはちゃんと解っているの?『秘密を知る』ということは、『相手の命を自分の手の中に握る』ということなのよ」
何も言えない。
先生が真っ直ぐに僕の目を見つめる。微笑んでいたが、その目は鋭く冷たかった。
「でも、それは逆に言えば、自分が相手のテリトリーの中に入ってしまったということにもなるわけでしょう? つまり、秘密を守るために、いつ相手に殺されたとしてもしょうがないっていうこと」
何も考えられない。鼓膜が破れそうなほど心臓が鳴り響き、息を深く吸うことができない。もう立っていることさえ難しく、僕はよろめいて背後の扉に背中と後頭部を打ちつける。
先生はそんな僕を見てくすくすと笑い、問いかけてくる。
「ねえ、ロッジくん。私の秘密を知ったあなたは……どうするの?」
そこが限界だった。
視界が暗く狭まっていく中、先生の微笑む口元を見たのを最後に、おそらく僕は――気絶した。
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