僕の秘密、先生の秘密。part2

「えっ? 魔道具?」

「はい。目の前に見えている光景を、そのまま絵として記録する道具というか、そういうのを……」

「そ、そう……。そんな物があるのなら私も見てみたいけれど……。でも、それって大丈夫なの? 魔道具を普通の人が持つのは禁止されていたような……」

「いえ、持っていて罪になるのは『兵器として使用できる物』だけらしいです」

「あ、ああ、そうだったわね。でも、持っていたら危ないということに変わりはないわ。それを欲しがる人は、命なんてなんとも思わない人たちなんだから……」


 先生の顔には、もはや驚きよりも不安の色が濃く広がり始めていた。


「誰か、ロッジくん以外にそれを知っている人はいるの?」

「まさか。リナだって知りません。これを教えるのは……先生が、初めてです」

「そう、それならいいけれど……」

 

 先生は安堵したように肩から力を抜く。


 違う。僕は別に先生を怖がらせたかったわけじゃない。


「あの、それでですけど――先生にも、何か秘密ってあるんですか?」

「え? 秘密?」

「先生は素晴らしい人です。頭もいいし、美人だし、凄くいいお医者さんだし……本当に、先生はこの街のみんなに好かれています。――でも、そんな完璧な人なんて本当にいるんでしょうか? 先生にもきっと何か、人には言えないような秘密があるはずです。僕は、それを知りたいんです」

「――――」


 急に何を言っているの? そんな気持ちがありありと表れた顔で、先生はキョトンと僕を見つめる。


 ――あ……違う。間違った。

 

 僕は、先生とエミールさんがつき合っているかどうかをまず知りたかったんだ。それで、もしそれが誤解で、いつか僕が先生とそういう仲になれたら、その時にそれを訊こうと思っていたんだった。そのはずなのに……。


『お兄は臆病なくせに、たまに変な勇気出してマジで引くようなことすることあるから。それはやめなって言ってんの』

 

 リナの言葉が山彦のように頭の中に響き渡る。

 

 やってしまった。僕はサッと血の気が引く感覚を覚えながら、


「す、すみません。急に変なこと訊いて……本当にごめんなさい。いま言ったことは全て忘れてください」

 

 僕は先生に背を向けて玄関の扉を開けたが、最後にもう一つ、お願いしておく。


「あ、それと……魔道具のことも、どうか見逃してください。いつかはちゃんとお城に返そうと思ってますから……」

 

 では、と僕は外へ足を踏み出す。と、


「ちょっと待って、ロッジくん!」

 

 先生が慌てた様子で追ってきて僕の肩を掴んだ。


「ロッジくんは……本当は、そのためにここへ来たの?」

「そのため、って……?」

 

 振り向くと、先生は僕の肩から手を放す。家の前は薄暗いせいで見にくかったが、その白い頬は微かに朱に染まっているようにも見えた。


「私の秘密を知るために……っていうこと」

「……はい、そうです」


 ここで誤魔化してもしょうがない。僕は正直に頷く。


「本当に知りたいの? 私のこと……」

僕の目の奥を見つめるようにじっとこちらを見下ろしながら――先生は微笑んだ。その瞳には、どこかいつもと違う妖しい光が見えた。

「は、はい、知りたい……です……」

「……いいわよ。それなら教えてあげる。ついて来て」


 そう言って、先生は再び僕を家の中へと誘う。

 

 そして、どこへ行くのだろうか、診察室の奥にある扉を開けて、その先の暗い廊下を歩いて行く。先の丁字路を右へ曲がると、そこにはすぐに地下室へと降りる階段があった。


「これを飲んで」

 

 階段の手前に置かれていた小さな棚の引き出しから小さな茶色いビンを出して、その蓋を開けて僕に手渡す。


「これは……?」

「薬になるお酒よ。念のためにね」


 にこりと軽やかに笑う先生の笑顔は、いつもとそう変わりない。が、あっと小さく声を上げて、


「でも、そういえばロッジくんにはまだお酒は――」

「い、いえ、飲めます。僕はもう十五です。十五は、兵士にもなれる立派な大人ですから、大丈夫です」

 

 言って、僕は先生から受け取っていたビンの中身を一気に胃へ流し込んだ。すぐに、喉と胸の中が焼けるように熱くなる。口には、じぃんと痺れるように苦みが広がる。


 これが大人の味か……!

 

 初めて飲んだ酒の不味さに打ちのめされそうになる。しかし、先生は秘密を教えてくれると言っているのだ。ここで情けない、子供っぽい姿を晒すわけにはいかない。


 僕がどうにか平然を装いながらビンを返すと、先生は「そう」と微笑みながらそのビンを棚の上に置く。そして、同じく棚の上にあった手持ちの燭台に火を灯すと、それを手に真っ暗な地下室へと階段を下り始める。

 

 この先に何があるのだろう。漂う妙な雰囲気に、思わず足がすくみそうになるが、先生が秘密を教えてくれると言っているのだ。引き返すという選択肢などない。

 

 僕はゴクリと生唾を飲んで、ゆっくりと先生の後に続いたのだった。

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