関門。

「リナ、ちょっとアネモネ先生の所に行ってくるよ……」


 裏庭で摘蕾の作業――一部の蕾に栄養を集中させて綺麗に咲かせるために、いくつかの蕾(つぼみ)を前もって取り除く作業――をしていたリナに、僕は軽く右手を抑えながら言う。大げさかもしれないけど、少し顔をゆがめて見せることも忘れない。


「師匠(マスター)の所に? なんで?」

「いや、さっきちょっとトゲで指を指しちゃって……」


 と、僕は実際にトゲを(自分で)刺した右手の人差し指をリナに見せる。


「何よ、これくらいで大げさね」


 冷たい。まあ予想はしてたけど。


「いや、見た目より結構深く刺さっちゃったんだよ。だからちょっと――」

「師匠(マスター)に会いたいだけなんじゃないの?」


 ギクリ。


「さっきのあのことが気になってるのかもしれないけど、あんまりあからさまだと嫌われるよ? なんかストーカーっぽいし」

「す、ストーカーなんかじゃないよ。僕はただ純粋に治療をしてもらいたいだけなんだから」

「あっそ。じゃあ、さっさと行けば? ――ああ、でも言っとくけど、師匠(マスター)に変なことはしないようにね」

「しないよ、変なことなんて。っていうか、変なことって何さ?」

「お兄は臆病なくせに、たまに変な勇気出してマジで引くようなことすることあるから。それはやめなって言ってんの」

「だ、大丈夫だよ、別に……。昔はそうだったかもしれないけど、今はもう常識的な大人なんだから」

「はいはい。じゃあ、せいぜい頑張ってきな。ちなみに、振られてもメソメソ泣かないでよね」

「泣かないよ! っていうか、だからそんなんじゃないって……!」


 指が痛いというのもつい忘れてしまいながら言い返すが、リナは何も言わないまま作業を切り上げて、家の中へ戻っていってしまった。


 しかし、ともかくリナへの報告は完了した。この家の家計を握っているのはリナだから、彼女の許可を得ることはどうしても必要だったのだ。


 関門を一つ乗り越えた。よし、この勢いのまま行くぞ。鉄は熱いうちに打てだ。今を逃せば、僕はもしかすると一生、こんな決意ができないかもしれないんだから。

 

 と勇ましく一歩を踏み出して、ふとその足を止める。いいことを思いついた。プレゼントに何か花を持っていこう。


「そうだ。そういえば先生、今朝リモニウムを気にしてたな……」


 我ながら気の利いたナイスアイディアだ。僕はリナには内緒でこっそり数本、リモニウムの花を摘んでから、裏庭を後にした。

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