素顔を知りたい。
「……できないなんてことはない。僕だって、やろうと思えばできるさ」
店じまいのため、店先に出していた花瓶を店内へ戻しながら僕は呟く。
『そんなに気になるなら、自分で訊いてみればいいじゃん。まあ、どうせお兄にはそんなことできないだろうけど』
耳に残る、容赦ないその言葉に、僕は独り言で返事をした。
でも、本当にそれでいいのだろうか?
もしアネモネ先生から『エミールさんとつき合ってる』なんて返事が来てしまったら……僕はどうなるだろう? 心が折れずにいられるだろうか?
もしそうなってしまったら、今までみたいに毎日、先生と言葉を交わすこともできなくなってしまうに違いない。店に花を買いに来てくれることもなくなってしまうかも。そんなことになったら……破滅だ。オシマイだ。僕はもう生きていけない。
でも、リナの『女の勘』は、僕にもそこはかとなく解る気がする。
上手く言葉にはできないのだが、あの二人はそういう関係じゃない気がする。そもそも、先生にはどこか周囲の人との間に壁があるような感じがする。
街の皆に好かれる、完璧な人。
いつも笑顔を絶やさない、誰にでも優しい女神のような人。
それが僕の思う、そして街のみんなが思う先生の姿。
でも、そんな人は本当に存在するのだろうか。
素顔を知りたい。
そして、僕だけがそれを知っている。そんなふうになってみたい。
砕け散ることになるかもしれない。明日からは先生の笑顔を真っ直ぐに見られなくなるかもしれない。
でも、何事もやってみなくちゃ解らない。
僕だって、もう十五歳だ。子供じゃない。そうだ。やる時はやるんだ。
となれば、その前に、診療所へ行くための口実を作る必要がある。
僕は店の中を見回して、ディオールという名の真っ赤なバラに目を留めた。
そして――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます