サーシャとエクリプス

 サーシャは、タイクーンと共にクラン『銀の明星』……つまり、プルメリア王立魔法学園の正門前に立っていた。

 タイクーンは眼鏡をクイッと上げて言う。


「驚いたよ。まさか、面会申請をして一日で会えるとは。これも、サーシャのおかげかな?」

「私のおかげ?」

「決まっている。五大クランの一つ『セイクリッド』のクランマスターにして、S級冒険者序列四位『銀の戦乙女』サーシャの知名度のおかげさ。正規の手順を踏んで面会申請したとはいえ、サーシャの名前は冒険者にとって無視できない、というわけだ」

「……あまり、嬉しくはないな。特別扱いというわけか」

「まあ、運が良かったと思えばいい……行こうか」


 サーシャは、タイクーンと共に受付へ。名前を出し、冒険者カードを見せると、そのまま学園内へ案内された。

 正門を抜けると、サーシャたちの前に黒髪の少女が現れ、ペコリと一礼。


「はじめまして。クラン『銀の明星』所属、『黄金夜明ゴールデンドーン』第一の剣、アマネと申します。S級冒険者序列四位『銀の戦乙女ブリュンヒルデ』サーシャ様。あなたの御高名はかねがね」

「あ、ああ。はじめまして……サーシャだ」


 礼儀正しい少女の妙な圧力に押され、サーシャは何とも言えない挨拶で返す。

 タイクーンも軽く挨拶。アマネの案内で歩き出す。


「ここが魔法学園か……」

「タイクーン様。あなた様は『賢者』の能力を持つとお聞きしました。当学園にご興味は?」

「当然ある。だが、所属したいかそうでないかと聞かれれば『所属するつもりはない』と答えるね。ボクはあくまでクランとして、学園としての在り方に興味がある」

「そうですか」


 アマネはにっこり微笑んだ。特に気分を害した様子はない。


「よろしければ、後ほど学園を案内しますが」

「それはありがたい。サーシャ、構わないか?」

「ああ。エクリプス殿の面会を終えた後でな」


 三人は軽く談笑しつつ、レンガ倉庫のような大きな建物へ。

 大きな看板には『生徒会室』と書かれていた。


「こちらに、会長はいらっしゃいます」

「会長?」

「はい。エクリプス様は、クランマスターであり、当学園所属、そして生徒会長です」


 ちなみに、私は副会長です。と、アマネは補足。

 ドアが開き、三人は生徒会室へ。一番奥まで進み、豪華なドアを開ける。

 そこにいたのは、真っ白な少女。座り心地の良さそうな高級椅子に座っていたが、サーシャを見るなり立ち上がる。


「あなたが、サーシャね」


 エクリプス・ゾロアスターは優雅に微笑む。

 サーシャは一瞬呑まれそうになったが、すぐに背筋を伸ばし対応した。


「はじめまして。クラン『セイクリッド』のマスター、サーシャだ」

「はじめまして。クラン『銀の明星』のマスター、エクリプス・ゾロアスターです」


 互いに接近し、しっかり握手。

 銀髪、白髪の美少女同士が並んで立つと圧倒される……だが、この場にいる唯一の男であるタイクーンは、二人の容姿に見惚れるような男ではない。

 エクリプスに勧められてソファに座ると、アマネがティーカートを押してきた。

 いい香りと共に、美しい柄のカップが並べられる。


「いいカップでしょう? ついさっき手に入れたばかりの、ルワール・ド・ノウェのカップなの」

「すまない。私は、こういうのに疎くて……でも、綺麗なカップだと思う」

「ルワール・ド・ノウェ。有名な茶器職人だったな。貴族でありながら超一流の茶器職人で、有り得ないことに自らの手でいくつもの美しい茶器を生み出した天才だ。貴族が、自分の手で粘土をこねて茶器を作るなど有り得ないと当時は言われていた。彼は『茶器は人を選ぶ』と言い、王族であろうと気に入らなければ茶器を作る気はなかったし、道行くただの平民の少女に『キミに合う茶器を作らせてくれ』と懇願したこともあったという。彼の死後、茶器は彼の娘が全て割ってしまい、現存するのは彼が売った九十九の茶器だけとか」


 いきなり解説を始めたタイクーン。エクリプスは驚いたようにタイクーンを見て、クスっと微笑んだ。


「博識な仲間がいるのね」

「ああ。自慢の仲間だ。だがタイクーン……いきなり長々と説明を始めないでくれ」

「む、すまん」

「これは、ルワール・ド・ノウェの初期作品。ふふ……ねえサーシャ、これ、どこで手に入れたと思う?」

「……ウーム」


 考え込むサーシャ。

 本来の用事は『神の箱庭』について聞くことだが、雑談をして仲を深めてから聞くのは悪いことではない。それに……エクリプスは油断ならないと言っていたが、こうして対峙すると、サーシャと同い年の、普通の少女にしか見えない。


「こういうのは、アンティーク店で買うとは思うが……プルメリア王国に、いい店でもあるのだろうか?」

「ふふ、はずれ」


 エクリプスは、カップを持ち上げて言う。


「これ、ハイセがプレゼントしてくれた茶器なの」


 そう言い、エクリプスはカップにキスをした。

 ピシリと、サーシャとエクリプスの間に亀裂が走ったような……そんな音がした。


 ◇◇◇◇◇◇


 サーシャは、軽く咳払いした。


「こほん。えー……ハイセがプレゼント?」

「ええ。私に、お土産を持ってきたの。カップ集めが趣味って言ったら、ちょうどいいのを持ってるってね」

「…………」


 プレゼント。

 サーシャは、ハイセからプレゼントをもらったことなどない。

 幼少期などはあったかもしれないが、今はさっぱりだった。

 そういえば、ハイセはクレアに剣を贈ったとも聞いた。


「……そ、そうか。いい物をもらったようだな」

「ふふ、羨ましい?」

「……そろそろ、本題に入っていいだろうか」


 サーシャは話を変えることにした。

 どこかからかうようなエクリプスに、これ以上付き合っていられない。

 タイクーンをチラッと見ると、小さく頷いた。


「率直に言う。エクリプス・ゾロアスター、あなたが手に入れたという『神の箱庭』についての情報が欲しい」

「へえ……その情報はハイセから?」

「そうだ。知っているとは思うが、ボクたちは禁忌六迷宮を攻略している。現在、チーム『セイクリッド』として一つ、サーシャとハイセで一つ攻略済み。今は、禁忌六迷宮についての情報を集めている……あなたが持つ情報は、どれほどの価値がある?」

「なるほど……対価を支払う用意はあるのね?」

「ああ。望むだけ、支払おう」


 ハイセほどの資産はないが、チーム『セイクリッド』も相当稼いではいる。

 こういう時のための資金はある。

 エクリプスは、少し考え……口元で笑みを作る。


「ね、サーシャと二人きりで話がしたいわ。アマネ、タイクーン……少しだけ、外に出てくれない?」

「かしこまりました」

「何? 二人で……?」

「……タイクーン。外に出てくれ。ここは、私に任せて欲しい」

「……わかった」


 タイクーン、アマネが退出。

 エクリプスは立ち上がり、サーシャの隣に座った。


「ね、サーシャ……私ね、女の子が大好きなの」

「……」

「禁忌六迷宮の情報が欲しいなら……あなたの身体を、私に委ねない?」

「……身体を売れ、ということか」

「ええ。どう?」

「断る」


 サーシャは、自分の髪を弄んでいたエクリプスの手を払いのける。


「私は、そこまで安い女ではない。失望したぞ、エクリプス・ゾロアスター」

「あら手厳しい。冗談なのに……ふふ、からかっただけ。私、ちゃんと男の子が好きだから安心してね。そう……ハイセみたいな」

「……」

「四日後。プルメリア王国の建国祭があるの。私、王城で開催されるパーティーに参加するんだけど……ハイセにパートナーを依頼したら、快く引き受けてくれたわ」

「それが、お前の出した禁忌六迷宮の情報に対する対価か?」

「お見通し? ふふ、もっと嫉妬すると思ったのに」

「どうやら、時間の無駄だったようだ」


 サーシャは立ち上がる。

 そのまま部屋を出ようとしたところで、エクリプスが言う。


「サーシャ、これを見て」

「…………?」


 エクリプスが、妙な『木箱』を出し、サーシャに見せた。

 古臭い木箱だった。ボロボロで、箱が開かないように紐が巻かれている。


「……なんだ、それは」

「『神の箱庭』よ」


 意味が、わからなかった。

 エクリプスは続ける。


「これは入口。いにしえの人間が封印した、神が住まう世界への扉……この箱を開けると入口が開くの。その先には、魔族が封印した魔獣と、古代の宝が眠っている」

「……魔族、だと」

「ええ。あなたは知っている? 禁忌六迷宮の正体は、古代を滅ぼした七つの魔獣を封印する檻。古代の人間は、多くの犠牲を出しながら、七つの魔獣を封印したの。これはそのうちの一体、神殺しの猛牛、『コルナディオ・ミノタウロス』が封印されている」

「───……!!」


 禁忌六迷宮。その正体は『七大災厄カタストロフィ・セブン』を封印する檻。以前戦った魔族、ノーチェスの言葉と一致している。

 

「そんな箱に、禁忌六迷宮があるというのか?」

「正確には、箱は入口を開くだけの装置ね。箱の中に起動装置があるの」

「……そんな物、どこで」

「それは秘密……ねえ、サーシャ。私の頼みを聞いてくれるなら、これをあなたとハイセに託してもいい」

「……なんだ」


 サーシャは、最大級の警戒をしていた。

 エクリプス・ゾロアスター……今はもう《敵》と認識してもいいとさえ思っていた。

 エクリプスは言う。


「さっき言った建国祭に、魔族が招待されている。そいつは、国王を洗脳して、この国を背後から操るつもりなの……そいつを、消して」

「ッ!?」

「その魔族の名前は、カーリープーラン。かつて『四十人の大盗賊アリババ』を率いていた魔族よ」

「……お、お前は、何を言っている」


 エクリプスは妖艶に微笑み、サーシャに座るように促した。

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