ハイセとエクリプス
犬歯を剝き出しにする少女が吹き飛ばされ、残りの少女たちが戦闘態勢を取る……が、得体の知れない敵であるヴァイスの、ガラス玉のような瞳を見て冷や汗を流す。
強者であるが故、悟った。
この、ヒトならざる者は───格が違う。
すると、エクリプスが立ち上がり、ハイセの座るソファの対面へ座った。
「あなた、面白いわね」
少女のような笑みを浮かべ、ハイセに微笑みかける。
ハイセは、アイテムボックスから紅茶のカップを二つ出す。王都の有名なアンティークショップで買った最高級品のカップだ。
エクリプスはカップを見て言う。
「センスもいい。ルワール・ド・ノウェの初期作品ね。長らく行方不明だったけど……あなたが持っていたの」
「この茶器か? そういう名前だってのは知らなかったな。適当に買った安モンだ」
「ふふ、そうなのね。今のルワール・ド・ノウェの茶器は全て、白金貨を出さないと買えないわよ? 断言できるけど、これは本物ね」
「欲しいならタダでくれてやる」
「それは嬉しいわね。私、茶器の収集が趣味なの」
意外も意外、話が弾んでいた。
ハイセが紅茶を注ぐと、エクリプスが口を付ける。
すると、クレアがすすーっとハイセの背後へ。
「師匠、師匠」
「なんだよ」
「あの……茶器で盛り上がってる場合じゃないですよ。あのオオカミみたいな人、完全に気を失ってますけど……」
「放っておけ。そいつが最初に喧嘩売ってきたんだ。なあ?」
「そうね。アマネ、ファングを保健室へ」
「はい、会長」
犬歯を剝き出しにする少女はファング、ハイセたちをここまで案内した少女はアマネと言うらしい。
「グォ、お……」
「ファング、起きてよ。ったく……なんであたしが」
「ユノハさん、文句を言わずに運んでください。シャルロッテさんは、会長の後ろへ」
「わかりましたわ」
上品そうな少女ことシャルロッテがエクリプスの後ろへ。そして、明るそうな少女ことユノハが、ファングを担いでアマネと出て行った。
エクリプスはクスクス笑う。
「ファングのことは気にしなくていいわ。あの子、お客様を挑発するのが好きな子でね……やめなさいって言ってもやめないのよ」
「そりゃいい趣味だ。それで痛い目に合うのも織り込み済みってところか」
「ふふ、そうね」
「……なんか、いい雰囲気ですね」
ほんの少し、クレアがムスッとしていた。
ハイセとエクリプスは一人用のソファに座っているため、クレアとヴァイスはハイセの後ろへ立つ。
エクリプスは紅茶のカップを置くと、ハイセに微笑みかける。
「ね、ハイセって呼んでいいかしら」
「……好きにしろ」
「ええ。ねえハイセ。あなた、私に言うべきことが、あるんじゃない?」
「…………」
ハイセは考える。
思いつくのは二つ。腹の探り合いをするつもりはないので、率直に聞く。
「お前のクランメンバーが『
「どちらも、ね」
エクリプスはまだ微笑んでいる。だが……その笑みが、少しだけ薄暗くなった。
「私の大事なお友達の心を壊した……その件で、あなたは私にどう謝る?」
「謝る? 勘違いするなよ。俺は『
「生かして帰した? 逃げられたの間違いでしょう?」
「ああ。そうとも言うな。ところで、お前のお友達とやらが『
互いに笑みを浮かべている、が……クレアは青くなり、俯いていた。
どちらも、威圧感が半端じゃない。討伐レートSSの魔獣が目の前で殺し合いをしているのがまだマシな気がするクレアだった。
すると、エクリプスの殺気が消える。
「ふふ。楽しい……ハイセ、あなたって私が今まで出会った男とは違うわね」
「そりゃ光栄。で……俺としては謝罪するつもりはない。お前が、仲間をやられて許せないってんなら……いつでも相手してやるよ」
ハイセはニヤリと笑う。つまり、戦ってもいいと言うことだ。
ヴァイスが顔を上げ、ガラス玉のような目が赤く光る。
「素敵な『武器』を持っているのね」
「ああ。普段は麗しい『
「そう」
エクリプスは少しだけ考え込み、ポンと手を叩いた。
「そうね。セイナの件は水に流すわ。そもそも、セイナが私の許可なく『
「はっ……お前の許可があればいいのか?」
「ええ、もちろん」
エクリプスは笑う。
何度も笑っているが、ハイセはこの笑みが嘘っぱちで、信用できなかった。
「そしてもう一つ。『神の箱庭』の情報ね」
「…………」
「これ、偶然手に入った情報なの。私は、禁忌六迷宮に興味はないから、あなたにあげてもいいんだけど」
「それが、信用できる情報ならな」
「断言する。これは、信頼できる情報よ。と言うか……ふふ、まあ見てのお楽しみね」
「……」
「信用できないみたいね。まあ、私は別にあなたに渡さなくてもいい。そうね……例えば、昨日面会申請をしてきた『セイクリッド』のサーシャに渡すのも、面白そう」
「……」
「ふふ、幼馴染なんですってね。ああ……あなたのことは調べたわ。あなたも、私のことを調べたからおあいこね。そもそも、あなたは私を敵視しているのだし、私もあなたを警戒して当然ということ、忘れてないわよね?」
「……」
「さあて、どうしようかしら。ね、ハイセ……」
「……」
ハイセは無言で、エクリプスを見た。
確かに、見てくれはかなりの美少女だ。下手をしたら、サーシャよりも美しい。
だが、ハイセには……真っ白な髪は白蛇が集まったような、アイスブルーの瞳はどこまでも冷たい氷のような、そんな不気味さしか感じない。
そして、ため息を吐く。
「楽しいか?」
「ええ、とても」
「お前は金じゃ動かないな。聞くだけ聞いてやる……お前、俺に何を望む。何をすれば、俺に『神の箱庭』の情報をくれる」
「ふふ、面白い。あなた……本当に面白いわ。こんなに面白いの、何年ぶりかしら」
エクリプスは、本当に楽しそうに笑った。
そして、ハイセに手を差し出す。
「プルメリア王国、建国記念パーティー」
「……?」
「四日後、プルメリア王国の建国記念パーティーがあるの。私も当然招待されている」
「……で?」
「あなたを、私のパートナーに任命するわ。私をエスコートできたら、『神の箱庭』の情報をあげる」
「なっ……会長!! あなたのパートナーは、すでに第一王子」
エクリプスが人差し指を口に当て「シーっ」と言うと、シャルロッテは黙りこんだ。
「あなた、私のことが嫌いでしょう? だからこそ、お願いするわ。ふふ、私を嫌いなあなたが、私のために礼服を着てエスコートをするなんて、最高に楽しいじゃない」
「……」
「どうする? 私を殺して奪う? 私は、それでもかまわないわ」
「……」
ハイセは立ち上がる。
「……城下町の宿にいる。いつでも来い」
それだけ言い、ハイセは部屋を出る。
クレアが慌てて後を追い、ヴァイスも無言で続いた。
部屋からハイセがいなくなり、エクリプスは面白そうに高笑いした。
「あっはっはっは!! うふふ、序列一位が、私の言いなりね」
「か、会長……プルメリア王国第一王子、アシュマー殿下との約束が」
「それ、ナシね。頭の悪いお子様王子より、ハイセのが楽しいわ」
「……しょ、承知しました。あの……会長、まさか本気で、序列一位を手に入れるのですか?」
エクリプスは微笑み、ハイセが置いていったカップの縁をなぞる。
「そうね。ハイセが私の夫になれば……毎日が刺激的になるでしょうね」
エクリプスは笑う。
S級冒険者序列二位『
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