『銀の明星』

 翌日。

 ハイセは、朝食を食べ終えると、クレアとヴァイスを呼んだ。

 二人が揃うと、ハイセはウルに言う。


「これから、『銀の明星』に向かう。クレア、ヴァイスも連れて行くから、案内しろ」

「まぁ……一人で来い、とは言ってねぇからな」

「ちょっと、アタシは?」

「私も行くわよ」


 ヒジリ、プレセアが文句を言うが、ハイセは拒否する。


「悪いが留守番だ。さすがに、いきなり喧嘩腰で行くわけじゃないからな。ヒジリみたいに血の気の多い奴を連れて行くのは面倒なことになるし、プレセア……お前には任せたいことがある」

「私に?」

「ああ。俺に『精霊』をくっつけていいから、俺が合図をしたらヒジリと一緒に乗り込んで来い」

「……それって」

「戦いになった場合だ。罠が張られていないとも限らないしな、お前たちは外部要員だ」

「……物は言いようね。まあ、いいわ」

「アタシはちょっと納得いかないけどー……まあ、いいか」

「よし。サーシャ、タイクーンは無関係だから……」


 ハイセは、サーシャとタイクーンを見る。

 サーシャは腕組み、タイクーンは眼鏡をクイッと上げた。


「ボクらは、正規の手順でエクリプスに面会を求めるよ。『神の箱庭』の情報……何としても手に入れて見せるさ」

「それと……もし、お前が暴れることになったら、私とタイクーンは事態把握のために、クラン内に乗り込む可能性があるかもしれん……覚えておいてくれ」

「物は言いよう、だな」


 ハイセが苦笑すると、サーシャは肩をすくめた。

 ウルが咳払いし、手を軽く上げる。


「あー……暴れる、戦う前提で話するのやめてくれや。何度も言ったが、ハイセとエクリプスが争うことになったら、介入どころか自動的に巻き込まれると考えていい。プルメリアくらいの小国は更地になると考えた方がいいと思うぜ」

「……確かに、ボクも同意見だ」

「あはは。師匠って破壊者ですもんね」

「やかましい。ったく……おい、案内頼むぞ」

「おう。それと、オレが言うことじゃねぇけど……マジで揉め事は勘弁してほしいぜ」


 ハイセたちは、ウルの案内で『銀の明星』……プルメリア王立魔法学園へ向かった。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 プルメリア王立魔法学園。

 学園という名ではあるが、研究施設が敷地の半分以上を占めており、学園には建物が一つだけしかない。

 現在、魔法系能力を授かった者がまず目指す場所と言われるようになり、毎年入学者が増え続けている。

 若い生徒は魔法の使い方を学び、学園を卒業した者は冒険者となる。そして、冒険者として経験を積んだ者や、魔法の深淵を目指す者は、研究者として再び戻ってくる。

 

 表向きは、そういう風に伝わっている。

 だが……魔法学園は表の顔。

 ここは、冒険者クラン『銀の明星シルヴァー・ヴェスペリア

 S級冒険者序列二位『聖典魔卿アヴェスター・ワン』エクリプス・ゾロアスターのクラン。

 冒険者クランではあるが、依頼などは一切受け付けていない。

 もし、正規のクランとして活躍していれば、『セイクリッド』より先に五大クランとして認められていたであろう。


 ハイセ、クレア、ヴァイスの三人は、そんな学園を正門から見上げていた。


「おっきいですね……」

『…………』

「…………」

「おーい、受付終わったぜ。案の定、エクリプスはすぐに会えるってよ。『生徒会室』まで案内するぜ」


 ウルが門兵に冒険者カードを見せると、正門が開く。

 ハイセ、クレア、そしてヴァイスの三人が入ると、正門は再び閉じられた。

 

「あの、ヴァイスさん。その恰好、暑くないんですか?」

『私に五感は存在しませんので、問題ありません』


 ヴァイスは、ロングコートに顔を隠すほど大きな帽子をかぶっている。どちらも舞台衣装だ。

 

「ヴァイス、アイテムボックスはあるな?」

『はい。特殊武装を全て収納してあります』

「よし」

「アイテムボックス? ヴァイスさん、何か持って来たんですか?」

『武器です』

「そ、そうですか……」

「おい、物騒な話してるんじゃねぇぞ。こっちだ」


 ウルに付いて向かったのは、要塞のような建物だった。

 看板に、『生徒会室』と書かれている。


「生徒会室……」

「生徒の代表、みたいなものですね」

「お前、知ってるのか?」

「えっと……まあ」


 クレアが言いにくそうだったので、ハイセはそれ以上聞かなかった。

 ウルがドアをノックすると……ドアがゆっくり開き、長い黒髪をポニーテールにした少女が出てきた。


「お疲れ様です。冒険者様」

「ああ、連れて来たぜ。S級冒険者序列一位『闇の化身ダークストーカー』ハイセだ」

「これはこれは……そちらのお二方は?」

「ハイセのツレだ。連れてくるなと命令されてなかったし、問題ねぇだろ」

「……そうですね」


 ハイセは、目の前にいる黒髪ポニーテールの少女を見ていた。

 隙がない。相当な強さだろう。

 恐らく、『四十人の大盗賊アリババ』でも、彼女レベルの強さを持つ者はいなかった。


「それでは、会長の元へご案内します……どうぞ」


 ウルが先に進み、ハイセたちが後に続く。

 古臭い建物だが、中はしっかりとリフォームされており、華やかさがあった。

 高そうな花瓶、シャンデリア、カーペット、そして細かな調度品……どれも高級品。

 最奥まで進み、黒髪の少女がドアをノックする。


「失礼します。会長……S級冒険者序列一位『闇の化身ダークストーカー』ハイセ様を、お連れしました」


 そう言い、ドアを開ける。

 ウルは脇に避け、ハイセに先に入るよう促す。

 黒髪の少女の後に続き、ハイセ、クレア、ヴァイスが部屋に入る。

 ハイセは、部屋に入るなり、部屋の奥にある豪華な執務机、そして椅子に腰かける少女と目が合った。


「ようこそ、『闇の化身ダークストーカー』」


 真っ白なロングストレートヘア、アイスブルーの瞳。

 学生服を着た華奢な少女が、ハイセをまっすぐ見て微笑んでいた。


「綺麗……」


 クレアは、思わず声を出していた。

 そのくらい、白い少女……S級冒険者序列二位『聖典魔卿アヴェスター・ワン』エクリプス・ゾロアスターは神秘的な美しさだった。

 サーシャとは、ジャンルが全く違う美少女。妖艶ともいえる。

 だが、ハイセの心は全く揺れなかった。

 室内には、黒髪の少女を含め、四人の少女がいた。

 全員、ハイセを興味深そうに眺めている。その中の一人、犬歯を剥き出しにした少女が、ハイセを見て言う。


「ほっせぇなぁ……マジ、こんなんが序列一位~? アタシが噛んだら、簡単に喰い千切っちまうぜ」


 ハイセは室内に入り、エクリプスに言う。


「S級冒険者序列一位、『闇の化身ダークストーカー』ハイセだ。お前と話したいことがいくつかある」

「おいおいおい、礼儀知らないのか? 序列一位、エクリプスに話しかけていいって、誰が言ったんだ?」


 犬歯を剝き出しにする少女がニヤニヤしながら言う。だが、ハイセは無視。

 エクリプスに向かって言う。


「お前のところでは、客に喧嘩売る野良犬飼ってんのか? 躾もできないようじゃ、お前の品位も疑われるぞ」

「あぁ? おいテメェ……なんて言った?」

「キャンキャン吠えるしかできねぇ犬は黙ってろ。ブチ殺すぞ」

「し、師匠……そんな、喧嘩売らなくても」

「……おいエクリプス、いいか?」


 犬歯を剝き出しにする少女の額に、青筋が浮かんでいる。

 エクリプスは何も言わず、笑顔を浮かべて指をクルクル回す。すると、犬歯を剝き出しにする少女の顔が毛に覆われ、五指の爪が伸び、顔つきが変わる。

 かつて、マッシモリッチという獣人がいた。

 獣人には『濃さ』があり、マッシモリッチは希少な『スリークォーター』の獣人だった。

 だが、犬歯を剝き出しにする少女はそのさらに上。人間態、獣人態、完全獣態の三つの形態を持つ『フル』の獣人。世界でも二十人といない、獣人の最高峰である。

 犬歯を剝き出しにする少女は、狼。

 牙を剥き出しにして、ハイセに飛び掛かってきた。


「ヴァイス」


 ハイセがそう呟いた瞬間、ヴァイスのコートが犬歯を剝き出しにする少女に被せられた。


「もがっ!?」

 

 そして、ヴァイスはアイテムボックスから巨大なケースを召喚。一瞬で開け、中から巨大なハンマーを取り出し、思い切り振りかぶって少女の側頭部に叩きつけた。


「ギャィィン!?」


 少女は吹っ飛び、壁に激突する。

 ヴァイスはハンマーを抱え、その場で踊るように回転。帽子を押さえ一礼した。

 驚愕する少女たち。エクリプスだけが表情を変えていない。

 ハイセはゆっくり歩き出し、空いていたソファに座った。


「じゃあ……話でもするか。ちょうど、いい紅茶があるんだが……飲むか?」


 エクリプスは、まるで幼い少女のように、新しいオモチャを与えられた少女のように微笑んでいた。

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