魔法王国プルメリア

 翌日。

 ハイセたちはプルメリア王国へ到着した。

 正門前の検問。ウルが門兵に冒険者カードを見せ、無事に入国完了。

 プレセアは馬車の窓を開け、外の様子を見る。


「……精霊がたくさんいる」

「え、わかるんですか?」

「ええ。町の中なのに、ユグドラの森にいるみたい。もしかしたら……私と同じ『精霊使役』を持つ人がいるのかも」

「おお、お仲間ですね!! プレセアさん、うれしいですか?」

「別に」


 クールな返答にクレアは苦笑する。

 そして、まだ微妙に落ち込んでいるヒジリは、なぜかサーシャの太ももを枕にしていた。


「あー……早く暴れたいなー」

「ヒジリ。何度も言ったが、理由なく暴れるのはただの賊と変わらんぞ」

「わかってるし。ね、サーシャ……お腹減った」

「もう街に入る。宿を取ったら食事に行こう」

「うん」


 まだしおらしいヒジリ。サーシャも、ヒジリを普通に甘やかしていた。

 ハイセは、窓の外を見て思う。


「……魔法王国、か」


 魔法。

 つまり、魔法系能力者の集まる街だ。

 道行く人たちはローブを着ているし、分厚い本を抱えている人が多い。

 隣に座るタイクーンが言う。


「プルメリア王国の人口約五割が、魔法系能力者という話だ。世界中から、魔法研究者が集まってくる。なにせ、この国には……」


 タイクーンが視線を向けた先には、王城よりも巨大な『塔』があった。

 

「プルメリア王立魔法学園。魔法系能力者たちが能力を学ぶ場であり、魔法の研究をする場所がある」

「……回復系能力者たちの集まる『教会』みたいなモンか」

「厳密には違うが……まぁ、そういう認識でいいだろう」

「お前は、興味がないのか? お前は『賢者』だろ。それに研究も好きじゃないか」

「興味はあるさ。だが、あくまでちょっとした興味というだけ。ボクは基本的に、一人で研究し、一人で成果を出すのが好きなんでね。それに……プルメリア王国にいたら、師に研究成果を報告できない」

「師?」

「……まあ、そうだ」


 それだけ言い、タイクーンは黙る。

 ハイセは、タイクーンのことを詳しく知っているわけじゃない。サーシャがスカウトした魔法使いで、その時パーティをクビになったばかりだった。

 毒舌、そして他者を見下したような態度……そう、噂でも聞いた。

 確かに口は悪かったが、ハイセとサーシャはタイクーンが本当は不器用で、他人に対しどう接していいのかわからない男だと思っていた。

 

「……ボクのことはいい。それより、面会申請を出すのだろう? 宿を取ったら、プルメリア王立魔法学園の受付に行く」

「わかった。面会はどのくらいかかる?」

「ハイセ、きみは向こうが呼び出したんだし、そうはかからないと思う。問題は……ボクとサーシャだな。きみはすんなり会えるだろうが、ボクとサーシャは何の約束もしていない。事前に手紙を送る間もなかったしね。S級冒険者序列四位『銀の戦乙女ブリュンヒルデ』の名も、通じるかどうか」

「……」

「ああ、きみをあてにするつもりはないから安心してくれ。禁忌六迷宮に関してはライバルだからね」

「わかってるよ」


 すると、御者席に通じる窓が開き、ウルが顔を出す。


「まず、宿に行く。オレのおススメでいいか?」

「寝床があればなんでもいい」

「女性陣は?」

「私たちも構わんぞ」


 ハイセ、サーシャが答えるとウルは「決まりだ」と言い、馬車が曲がり角に入る。

 そして、しばらく進むと停止。ウルがドアを開けた。


「到着だ。さ、降りた降りた」


 馬車から降りると、なかなか立派なレンガ造りの宿だった。

 木彫りの鳥が入口に吊るされ、大きな樽の上にも木彫りの鳥が飾ってある。

 『荒鷲の宿』と書かれた、いかにもウルが好きそうな宿だ。

 宿の中も、どこか異国風の、魔法国には合わない感じの宿だ。

 ウルは受付を済ませ、全員に部屋の鍵を配る。


「とりあえず十日ぶん、朝食付きだ。昼と夜は各自で取ってくれ。夜は隣の建物がバーになってて、宿泊客は二割引きで利用できる。そっちのドアから直通で行けるから利用してみてくれ」

「ウルさん、すっごく手慣れてますね!!」

「ははは。ここ、オレの店だからな」

「え、そうなんですか?」

「ああ。いろんな国に隠れ家的なモンを持ってるのさ。ここはオレの趣味全開の宿とバーがある。今回はタダでいいが、次回からはちゃんと料金支払ってくれよ?」

「はい。私、この雰囲気好きかもです」

「お、クレアちゃんわかってるね。よーし、お兄さんがバーで奢ってやろう」

「やった!! 師匠、奢りですって!!」

「俺を捲き込むなっつの」


 ハイセは鍵をアイテムボックスに入れ、宿を出ようとした。

 ヴァイスもハイセに追従するが、ウルが止める。


「おいおい、どこ行くんだ?」

「面会申請。エクリプス・ゾロアスターに会うんだよ」

「待て待て。もう夕方近いし、申請の窓口は終わってる。到着したばかりだし、今日はゆっくり休めって。初日くらい、魔法国で美味いメシと酒飲んでもいいだろ? エクリプスは逃げやしねぇよ」

「…………」


 ハイセはため息を吐き、ドアから離れた。


「さて、晩飯だがどうする? 近くに美味い焼肉の店があるが、全員で行くか?」

「アタシ行くっ!!」

「私も行きたいです!!」

「……私はどっちでもいいわ」

「肉……わ、私も、行ってもいいな。うむ」

「ボクは腹を満たせればどうでもいい」

「……俺はいい」

「えー、師匠も行きましょうよ。ね? ね?」

「じゃれつくな。ああもう、わかったからくっつくな」


 クレアに腕を取られ、ハイセは仕方なく同行することにした。

 それを見ていたプレセアが言う。


「……やっぱり、クレアには甘いのね」

「んだよ。そんなんじゃねぇっての」


 こうして、ハイセたちは全員で焼肉を食べることになった。


 ◇◇◇◇◇◇


 食事を終え、ハイセはバーへ来ていた。

 ウルの趣味全開、ということだったが……やはり、荒野にあるようなイメージの酒場だ。 

 テーブルの代わりに樽が置かれ、椅子はなく立ち飲み形式。椅子はカウンター席にしかなく、壁には剣や弓が飾ってあったり、木彫りのワシなどが飾ってあった。

 カウンターで一人で飲んでいると、サーシャが来店した。当然のようにハイセの隣に座る。


「マスター、お任せで」


 そう注文し、ハイセを見る。


「お前は、一人で飲むのが似合うな」

「そう思うなら、隣に座るなよ」

「いいじゃないか。ふふ」


 サーシャの前にグラスが置かれる。

 大きな丸い氷が一つ、入っており、そこに琥珀色の酒が満たされている。

 サーシャはグラスをハイセに向けるが、ハイセは無視。

 グラスを合わせる気がないと知っていたのか、気分を害することなく酒を飲む。


「ん、強いな……これはすぐに酔いそうだ」


 ハイセも同感であった。

 現に、店に入り一時間ほど経過していたが、まだ二杯目である。


「……クレアたちは?」

「食べ過ぎで倒れた。タイクーンは部屋に戻り、ウル殿は不明。プレセアは外に出て行った……何やら、精霊がどうとか言っていたが」

「……そっか」


 ハイセは、サーシャと同じ酒を注文。

 おつまみのチーズを口に入れると、またしてもドアが開く。

 来たのは、プレセア。当然のようにハイセの隣に座る。


「ミルク、ある?」


 プレセアが注文し、綺麗なグラスによく冷えたミルクが注がれる。

 ミルクのグラスを手に、プレセアはハイセとサーシャを見た。


「ね、ハイセ。少しいい?」

「何だよ」

「あなた、監視されてる」


 サーシャは驚くが、ハイセは気にしていない。


「ここは敵地みたいなモンだ。監視されてると想定はしている」

「そ。あなただけじゃない。サーシャも、私も、クレアも……みんな監視されてるわ。精霊に聞いたから間違いない」

「……ま、放っておけばいい。闇討ちでもしてくるならありがたいんだがな」


 サーシャは、グラスの縁を指でなぞりながら呟く。


「……やはり、監視されていたか」

「サーシャ、気付いていたの?」

「ああ。視線……ではない、違和感を感じていた。まさかと思っていたが」

「……精霊の視線を感じるなんて。あなたもバケモノね」

「失礼な奴だな」


 サーシャがムッとするが、プレセアは無視。


「ハイセ、油断しない方がいいわ。敵襲とまではいかないと思うけど……警戒は必須ね」

「当たり前だ」


 そう言い、ハイセはグラスの酒を一気に飲み干した。

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