墓参りを終えて

 墓参りを終え、ハイセとサーシャは野営地へと戻った。

 そこにいたのは、ボロボロのヒジリ。そして無傷のヴァイスと、ヒジリを手当するプレセア、クレアに、どこか呆れた様子のタイクーン。

 ウルは、焚火傍で二人に向かって手を軽く上げる。


「おう、おかえり。墓参り、済んだかい」

「ああ。ウル殿、寄り道感謝する」

「気にすんな。故郷を想い、涙を流し、骨を埋めた大地に酒を撒く時間は何よりも尊いモンだ」


 言い回しがいちいちキザったらしいとハイセは思う。

 ハイセは、無傷のヴァイスに言う。


「おつかれ。ヒジリはどうだった?」

『問題なく制圧完了しました』

「そうか」


 ヒジリを見ると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 そして、ハイセに突撃してくる。


「なんっっっなのよコイツ!! マジで、マジで!! ぜんっっっぜん、アタシの攻撃通じないし!!」

「だから言っただろ。俺でもこいつを倒すのは難しい」

「勝てない……こんな、ボッキボキに負けたの初めて。サーシャと戦った時より、『四十人の大盗賊アリババ』の時より……本気で『勝てない』って思ったの初めて」


 ヒジリは落ち込んでいた。 

 ハイセの胸に顔を埋め、グリグリと抱きついてくる。


「おい、離せ」

「やだ……慰めて」

「はぁ?」

「マジでくやしい。でも、こいつともう戦いたくない。こいつ、手加減してるし……アタシ、マジでこいつには勝てない。ううう……ハイセのばか」

「おい、離れろっての」


 ヒジリを引き剥がそうとするが、ギュッと抱きついて離れない。


「ちょっと、くっつきすぎ」


 プレセアの抗議。


「は、ハイセ!! あまりベタベタするのは、よろしくないぞ!!」


 サーシャの抗議。

 二人がムッとしているが、ハイセにはどうしようもない。


「ったく。おいヒジリ、悔しいのはわかった。もしかしたら、プルメリア王国で派手な戦いになるかもしれない。その時、思いっきり暴れて鬱憤を晴らせ」


 ぴくっとヒジリの身体が反応した。

 その隙に、ハイセはヒジリを引き剥がす。

 ヒジリの顔は、涙を流していたのか赤くなり、鼻も赤くなっていた。


「暴れていいの?」

「ああ。俺が許可したらな。いきなり暴れるのはナシだ」

「……わかった」

「よし。今日はもう寝ろ。メシは?」

「……いらない」

「じゃあテント戻れ」

「うん」


 ヒジリは自分のテントに戻り、毛布を被って寝てしまった。

 ハイセは大きなため息を吐く。


「あいつ、落ち込むとあんな風になるのか……」

「なんか、普通の女の子みたいでしたね。ヒジリさん」

「しおらしいヒジリって、少し気持ち悪いわね」

「そ、それは言い過ぎではないか?}


 クレア、プレセア、サーシャが、ヒジリのテントを見ながら言う。

 ハイセは腹を押さえた。


「腹減ったな……適当にメシ食うか」

「あ、私も食べるぞ。ハイセ、何か作ろうか?」

「お前が作るのか?」

「うむ。初日のサンドイッチはこいつらに食われたからな……ステーキでも焼こうか」

「肉か……ちょっと飲みたいし、いいかもな。じゃあ、頼んでいいか?」

「任せろ!!」

「私も作ろうかしら。クレア、手伝ってくれる?」

「はい!! 師匠、私も作るのでお任せを!!」

「何!? ま、待てプレセア、クレア。ハイセの食事は私が」

「さ、作るわよ」

「ま、待て!!」


 相変わらず、女たちは騒がしい……ハイセはそう思い、まずは自分のテントを用意するのだった。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 その日の夜。

 見張りは交代制。ハイセは、ウルと二人で焚火を囲んでいた。

 ウルはスキットルのウイスキーを飲みながら火を見つめ、ハイセは椅子に座り銃の分解をする。

 特に会話はないが、ウルが言う。


「なあ、聞いていいか?」

「……」

「エクリプスと戦うことになったら、勝てるか?」

「……少なくとも俺は、勝ち負けじゃない。戦うなら殺すだけだ」

「覚悟キメてるな……恐ろしいくらいに」

「……」

「エクリプスは、遊ぶぞ」


 ウルはスキットルの酒を飲み、小さく息を吐く。


「あいつは、善悪を弄ぶ。自分が強いか弱いかなんて、考えたことがないと思う……腹の中が読めねぇ異端だ。正直、真正面に立つのも嫌だぜ」

「…………」

「わかるのは、あいつは興味を持ったモンに対し、徹底的に関わる。そして、遊ぶ。そうやって壊されたオモチャを、俺は何人か見てきた……それができるのは、あいつが強いから。そして、自分の強さに自覚を持っていない、出来て当然という想いがあるからだ」

「…………」

「正直……お前さんたちには、あんな冒険者とも呼べないような連中に関わって欲しくない」

「関係ない」


 ジャキッ、とハイセはベレッタのスライドを引いた。


「お前、冒険者ならわかるだろ? そういう冒険者をナメた連中は必ず、痛い目を見る」

「…………」

「ナメた態度で俺と遊ぼうとするなら後悔させるだけだ。俺がエクリプス・ゾロアスターに会いに行くのは、禁忌六迷宮の情報を聞きに行く……それだけだ」

「……まっすぐだねぇ」

「お前は、考えすぎなんだよ……お前、ロビンの兄貴なんだっけ?」

「ああ、そうだ」

「……似てないな」

「ほっとけっつの」


 ウルは苦笑し、スキットルを一気に飲む。

 

「今回限りで、オレは『銀の明星シルヴァー・ヴェスペリア』との契約を解除する。そろそろ、自由きままな一羽の鷲に戻らせてもらうぜ」

「……」

「やっぱり、組織は肌に合わねぇ。まぁ、そこそこ稼げたし、また流れるとするか」

「……好きにしろ」


 ハイセは適当に言い、もうウルの話を聞くことはなかった。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 ウルから離れ、ハイセは棒立ちで停止しているヴァイスの元へ。

 ハイセが来ると、ヴァイスは目を開ける。


『お疲れ様です。ムッシュ』

「ああ。なあ、ヒジリはどうだった? 強かったか?」


 暇だったので、興味本位で聞いてみる。

 ヴァイスは何度か目をぱちぱちさせて言う。


『脅威レベル、上の下。特に問題ないレベルです』

「ヒジリで上の下か……お前の中で最大の脅威は?』

『現時点で最高はムッシュ、あなたです。脅威レベル上の中。マダムは上の下です』

「なるほどな。はは、お前を敵にはしたくないな」

『私はムッシュと敵対するつもりはありません。ムッシュ、マダムは私に『存在していい理由』をくれた恩人。あなたたちのためなら、私はあらゆる脅威から、あなたたちを守ります』

「……そっか」


 ハイセはヴァイスの傍に座る。


「お前に命令しておくことがある」

『はい』

「俺が『容赦するな』と命じたら、一切の容赦なく敵を叩き潰せ。ただ命は奪うな。殺すなら心を殺せ……お前の恐怖を刻み付けてやれ。もし戦うことがあれば、そういう連中が相手だと思え」

『……心を、殺す。申し訳ございません。私には理解できない』

「とりあえず、半殺しにすればいい」

『かしこまりました』


 ハイセは、高確率でエクリプスと戦うことになると想定している。

 ヴァイスなら、単騎で『銀の明星シルヴァー・ヴェスペリア』を壊滅させることができるとも考えている。

 

「まあ……まずは、話を聞いてからだ。ククク、楽しみだな」


 禁忌六迷宮の一つ、『神の箱庭』

 まずは、その情報から……そう思い、ハイセは嗤うのだった。

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