かつての故郷で月を見上げて

 旅が始まり、あっという間に一週間が経過した。

 野営することもあったが、基本的に村や町の宿を目指して進む。

 大人数なので宿の部屋が空いていない時もあったが、その場合は女性陣に部屋を譲り、男は野営をすることもあった。

 そんなこんなで、プルメリア王国まであと数日。

 今日は野営。明日は道中最後の街だ。そのあとはいよいよ、プルメリア王国である。

 そして、旅が始まって初めて、ハイセはウルに話しかけた。


「おい」

「……あ? ああ、オレか?」

「お前以外に誰がいる」


 すでに、クレアやヒジリは寝ている。

 タイクーンは焚火傍で読書。サーシャは素振り。プレセアは木彫りをしている。

 ヴァイスは人形のように動かない。今はスリープ中で、以前話していたことだと『記憶領域のクリーンアップ』とやらを行っている。

 ハイセはランプを出し、ウルが酒とつまみを広げているテーブルに、小さな地図を広げた。


「ここ、わかるか」

「……ここは確か。プルメリア王国近くの廃村か? 確かここは、周辺地域の村や集落の合併のため、住人たちは全員出て行った場所だぞ」

「知ってる。明日、進路を変更してこの村に立ち寄ってくれ」

「……理由、聞いてもいいか?」

「…………」


 ハイセは無言。ウルはため息を吐き「わかったわかった」と頷いた。

 ハイセは地図をウルに押し付け……ポツリと呟いた。


「…………俺の故郷だ」

「……」


 すると、ウルはアイテムボックスからグラスを出し、酒を注ぐ。


「一杯、奢らせてくれ」

「…………」

「弔い酒だ。聞いちまった以上、ダンマリ決め込むのは性に合わねぇ」

「…………」


 ハイセはウルの前に座り、グラスを手に取る。

 そして、ウルが無言で自分のグラスを掲げると、二人は一気に飲み干した。

 ハイセは、グラスを置いて立ち上がり……ポツリと言う。


「……気遣い、感謝する」

「ああ」


 それだけ言い、ハイセはサーシャの元へ。

 サーシャは、野営場から少し離れた川べりで、剣を振っていた。

 月光に照らされた銀髪がキラキラ光り、剣と合わせ輝いて見える。

 かなりの時間、剣を振っているのだろう。

 軽装で、剣を振るたびに大きな胸が揺れる。ハイセはそれを見ないよう、サーシャに近づいた。


「サーシャ」

「───……ハイセ」

「明日。村に寄る」

「……ああ」


 村に寄る。それだけで、かつての故郷である村と気付いた。

 サーシャは剣を鞘に納める。

 ハイセはサーシャに近づき、アイテムボックスから手拭い、水のボトルを出す。


「ほれ」

「ああ、ありがとう。でも……これから水浴びをしようと思ってるから、気にしなくていいぞ」

「そうか」

「……少し、話さないか?」


 サーシャは、川沿いの大きな岩に座る。

 ハイセはその隣の岩に座り、二人で月を見上げた。


「懐かしいな……覚えているか? 子供のころ、家を抜け出して、団子を持って村の広場で月見をした」

「……ああ」


 ぼんやりと、ハイセは覚えていた。

 あの頃はまだ、ハイセも笑っていた。


「両親の顔も、曖昧だ……それくらい、私たちは故郷を忘れ、冒険者として生きてきた」

「…………」

「……実はな。この旅に行く理由の一つに、墓参りがしたかったというのがあった…。レイノルドたちが送り出してくれたのも、墓参りがあったから、と私は思っている」

「そう、なのか?」

「ああ」


 サーシャは月を見上げながら、ほんの少しだけ微笑んだ。


「私たちは、思い出せるかな」

「……」

「幼馴染だった、あの頃を」

「……さぁな」


 ハイセは立ち上がり、岩から降りる。


「……俺は寝る」

「そうか。私は水浴びをしていく……おやすみ、ハイセ」

「ああ、おやすみ」


 ハイセはその場から離れ、自分のテントに戻り……ふと、思う。

 幼馴染同士。仲が良かったあの頃……今、思い出せばどうなるのだろうか、と。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 馬車が進み、ハイセとサーシャの故郷近くまで来た。

 街道が、すでに荒れている。長く馬車も走っていないのか、雑草だらけだ。

 そして、見えた……廃村だ。

 馬車が止まり、ハイセとサーシャが降りると、プレセアやヒジリ、クレアも降りた。

 ハイセは言う。


「ここからは、俺とサーシャだけでいい」

「えー? ここ、師匠の故郷ですよね。行きたいです!!」

「駄目だ。ヒジリ、お前も来るなよ。プレセア、俺とサーシャに精霊を付けるのも駄目だ」

「なんか深刻そうね。でもさ、アタシがアンタの言うこと聞く理由ある?」

「そりゃないな。じゃあ……ヴァイス、ヒジリを押さえつけろ。戦闘許可を出す」

『かしこまりました』


 次の瞬間、馬車から飛び出したヴァイスが、ヒジリに強烈な前蹴りを繰り出した。

 驚くヒジリは辛うじて防御。その重さに驚愕するが、すでに背中から鉄扇を出して広げ、踊るような連撃を繰り出す。

 ヒジリは鉄扇を躱しつつ、両手にオリハルコン製の籠手を精製するが、鉄扇の一撃で容易く砕けてしまった。

 ようやく距離を取ることができたが、ヴァイスはクルクル踊りながら言う。


『お客様。ダンスをご所望でしたら、あちらでお相手します』

「……ヤッバ。めちゃくちゃ滾ってきた。ハイセ、こいつブチ壊すけど」

「無理だ。討伐レートに換算するとSSSを超えてる。人間にどうにかできる相手じゃない。俺とサーシャが手を組んでも勝てる気がしないし、後で知った話だが空中城じゃ本来のスペックの十分の一くらいで戦ってたそうだ。お前じゃ、百人いても勝ち目ない」

「……上等」


 ヒジリは四肢にオリハルコンを纏い走り出す。

 ヴァイスは、ヒジリを上手く誘導して遠くに行ってしまった。

 ハイセはもう見ていない。プレセアに言う。


「…………」

「プレセア。もし、精霊がくっついてるのが後でわかったら、俺は本気で怒るし、お前のこと本気で嫌うからな」

「……わかったわよ」


 プレセアが指を鳴らすと、精霊が消える……もちろん、二人にはわからない。

 最後、ウルが言う。


「とりあえず、今日はここで野営する。少し離れた場所にいい感じの泉があった。終わったらそこに来てくれ」

「わかった……行くぞ、サーシャ」

「うむ。ではタイクーン、後は頼むぞ」

「ああ。ゆっくりしてくるといい」


 ハイセとサーシャは、廃村へと踏み込んだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 懐かしさを感じたのは、サーシャだけのようだった。

 廃村。建物はボロボロ、田畑だった場所は荒れ果て、井戸はすでに枯れていた。

 村に唯一あった雑貨屋、村長の家、小さな宿屋……サーシャは見覚えがあったようだが、ハイセにはない。ここが故郷であることに違いはないが、ハイセには何の実感もわかなかった。


「懐かしいな……ハイセ、覚えているか? 小さな頃、ここを走り回ったこと」

「……全然」


 そして、到着した。

 崩れかけた、二つ並んだ家。

 ハイセ、サーシャの生家だった。

 サーシャは、生家のドアに触れ……ポロリと、涙を流した。


「……ただいま」

「…………」


 サーシャは、ドアを開けて家の中へ。ハイセも、自分の家に入っていく。

 中は荒れていた。だが、懐かしい思い出が、サーシャの胸から溢れてくる。

 ボロボロの椅子──ここに座り、食事をした。

 朽ちたぬいぐるみ──一緒に寝た記憶。

 サーシャが愛用していた食器、カップ──父の手作りだ。

 サーシャは、涙を拭いながら、壁や柱に触れた。


「お父さん、お母さん……私、帰って来たよ」


 サーシャは胸に手を当て、二人を想う。

 そして、キッチンのドアから裏庭へ。

 裏は、小さな畑があった。今はもうボロボロだが……そこに、小さな木剣が二本、落ちていた。

 ハイセも裏庭へ出てきた、その木剣を見て言う。


「それは、覚えている……俺とお前で、冒険者の真似事してたっけ」

「ああ。懐かしい」


 サーシャは木剣を拾い、ハイセに放る。

 ハイセが剣を受け取ると、サーシャが向かって来た。

 剣を軽く向けられ、自分の木剣で受ける。お返しにと攻撃すると、サーシャも木剣で受ける。


「あの頃、毎日が輝いていた」

「……」


 コンコン、コンコン、と……子供の遊びのような、木剣が触れ合う音が響く。

 そして、二人が木剣を合わせると、朽ちていた剣は折れてしまった。

 すると───サーシャが、ハイセの胸に飛び込む。


「ハイセ。やっぱり……私は、少し悲しい。いろいろと、思い出してしまって……」

「…………泣けばいい」

「……いいのかな」

「ああ。今だけ、な」

「……ぅ」


 サーシャは、ハイセの胸で泣きじゃくり……ハイセは、サーシャの頭を優しく撫でた。


 ◇◇◇◇◇◇


 二人は、村を回った。

 思い出話に花が咲くことはなかったが、不思議と穏やかな時間が流れた。

 そして、最後に向かったのは……墓地。

 柵が壊れ、草木がぼうぼうと生い茂った墓地。

 ハイセは、アイテムボックスから新しい柵を出して設置し始め、サーシャは剣を抜き、闘気を纏いながら雑草を斬り刻む。

 墓の数は、二十もない。

 サーシャは、全ての墓に花を供え、ハイセは全ての墓に酒を掛ける。

 そして、両親の墓前に並んで、静かに祈りを捧げた。


「「…………」」


 眼を閉じ、胸に手を当てるだけの祈りだ。

 祈りを終えると、辺りはすっかり暗く、夜になっていた。


「……ハイセ、満月だ」

「…………ああ」


 故郷を照らす月光は、いつも以上に美しく感じられた。

 ハイセ、サーシャは顔を見合わせる。


「ハイセ……また、来よう」

「……そうだな。また」


 そう約束し、二人は空を見上げる。

 淡い輝きの満月の光が、二人を優しく包んでいた。

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