プルメリア王国へ

 さて、想定外の人数となった。

 ハイセ、クレア、ヴァイス。プレセアにヒジリ。そしてタイクーンとサーシャ。最後にウル。合計八人という大所帯の旅は、タイクーンが事前に用意していた大きな幌馬車に乗ることになった。

 御者はウル。意外に何でも器用にこなすとロビンが言っていたことをサーシャは思い出す。

 ハイセは、馬車の中でベレッタを弄っている。


「ハイセ、少しいいか」

「ん」


 タイクーンが隣に座った。

 現在、ヒジリは昼寝、プレセアはクレアとお喋り、ヴァイスは機能停止したように微動だにせず、サーシャは目を閉じて瞑想していた。

 タイクーンの手には、魔法国に関する本があった。


「サーシャから事情を聞いたが……きみは、S級冒険者序列二位、エクリプスについてどれだけ知っている?」

「女ってこと、S級冒険者序列二位ってことくらいか」

「……つまり、ほぼ何も知らないということか」


 タイクーンは眼鏡をくいっと上げる。


「情報は武器だ。最低限のことだけでも、知っておいた方がいい。相手は『禁忌六迷宮』の情報を持っているんだろう? 交渉を有利にするためにも、情報は必要だ」

「ごもっとも……じゃあ、軽く頼む」


 ベレッタのスライドを引いて調子を確認しながらハイセは言う。


「エクリプス・ゾロアスター……彼女は、プルメリア王国貴族、ゾロアスター公爵家の長女だ。そして、世界で一人しかいない『マジックマスター』の能力者でもある」

「……『マジックマスター』か。『賢者』と『聖女』を合わせたような能力だろ」

「単純に言えばな。だが、ボクでも苦手な魔法はあるし、ピアソラも全ての回復魔法を得意としているわけじゃない……だが、『マジックマスター』には、得手不得手というのが存在しない」

「………へえ」


 マガジンを装填し、スライドを引いて弾丸を装填する。

 そのまま、安全装置を掛けて腰のホルスターに収納。

 今度は、M4カービンを具現化し分解。タイクーンは言う。


「……真面目に聞いているのか?」

「聞いてるよ。ちょっとした手慰み、勘弁しろよ」

「やれやれ……こほん。『銀の明星シルヴァー・ヴェスペリア』は、もともとは魔法を研究する小さなクランだった。だが、エクリプスがクランマスターに成り代わった途端に急成長……プルメリア王立魔法学園を乗っ取りクランの一部として、魔法研究者と魔法職の能力者を世界中から集め、プルメリア王国自体を急速に発展させた。信じられんが、エクリプスが十歳にも満たない時に行われた……天才としか言いようがない」

「お前がそこまで言うとはな」

「ふん。今や、プルメリア王立魔法学園はクランそのもの。エクリプスは『生徒会長』として、学園に君臨している。その立場は教師よりも上」

「……めんどくせえ野郎だな。クランか、学園か、どっちかにしろよ」


 シャキッと、マガジンを装填。

 銃口を幌馬車の外へ向け、満足したのか手元から消す。

 そして今度は、デザートイーグルを手元へ生み出し、再び分解する。


「戦いの可能性があるなら、戦力は知っておくべきだ。学園には『生徒会』という組織がある。通称プルメリア王立学園生徒会。『黄金夜明ゴールデンドーン』……クラン『銀の明星シルヴァー・ヴェスペリア』最高戦力だ」

「最高戦力ね……強いのか?」

「全員がS級冒険者だ」


 タイクーンが眼鏡をくいっと上げる。特にズレてはいないが、クセなのだろう。


「『生徒会長』はエクリプス・ゾロアスターだ。残りは『副会長』、『書記』、『会計』、『風紀委員長』……全員が、恐ろしい強さだと聞く。ハイセ、戦う時は全員同時に戦おうとするなよ。さすがのキミでも対処できない可能性がある」

「なんだ、雑魚を引き受けてくれるのか?」

「あり得ないね。きみはともかく、ボクとサーシャは敵対する理由はない。今回はあくまで挨拶、そしてキミに同行して『禁忌六迷宮』の情報を聞き出すのが目的さ」

「ちゃっかりしやがって……」


 だが、エクリプスが『禁忌六迷宮』の情報を持っていることをサーシャに教えたのはハイセだ。もし秘密にするなら黙っていればよかったのだ。


「まあ、戦うことになったら、ボクとサーシャは早々に退散する。生徒会の相手は……そこで寝ている、血の気の多い、S級冒険者序列三位にでも頼むといい」

「強敵!! って……なに? なんか呼んだ?」


 飛び起きたヒジリに「何でもない寝てろ」というと、素直に寝た。

 プルメリア王国まで、馬車で十五日ほど。


 ◇◇◇◇◇◇


 初日は、野営をすることになった。

 ウルが川沿いの木陰に馬車を止め、全員に言う。


「先は長い。今日はここで野営をするぞ。みんな協力して野営……なーんてガラじゃねぇのはわかってる。勝手に準備してくれ。見張りの順番だけ、後で決めようか」


 そう言い、各々でテントなどの準備を始めた。

 ヴァイスだけは、寝る必要がないので馬車に残り目を閉じていた。

 ハイセは、アイテムボックスから自分のテントを出していたが、クレアが青い顔をしていた。


「し、師匠……」

「何だ? ……その表情、まさかお前」

「て、テントに寝袋……宿屋で洗って干して、そのまんまでしたぁぁ~っ!!」

「……毛布に包まって外で寝ろ」

「そんなあ!! 師匠、一緒のテントで寝かせてください~っ!!」

「アホ言うな。ったく……ほれ、予備のテントと寝袋だ」


 アイテムボックスから予備のテントと寝袋を出すと、クレアが大喜び。

 すると、プレセアがハイセをジト目で見て言う。


「あなた、クレアには優しいのね」

「別に普通だろ……弟子がテント忘れたって言うから、出しただけだ」

「ふーん」


 さりげなく、プレセアはハイセの隣にテントを設置。

 ヒジリはボロボロのテントを設置し終えると、「水浴びする」と言って川辺に行ってしまった。

 プレセアも、クレアを連れて行ってしまう。

 すると、サーシャが来た。


「ハイセ、食事はどうする? その……お前が迷惑じゃなければ、私が用意するが」

「……なんで?」

「その、迷惑料というか、勝手に付いてきたのに変わりないし……しょ、食事くらいは、用意したいというか……」

「……まあ、いいけど。じゃあ頼むわ」

「っ!! ああ、任せてくれ!!」


 何が嬉しいのか、サーシャはダッシュで自分のテントへ。

 いつの間にかテーブルが用意してあり、食材が並んでいる。

 タイクーンが「手伝おう」というと、「大丈夫だ!!」とデカい声で制した。おかげでタイクーンがびっくりして、眼鏡がズレる。

 一人になったので、ハイセはテントの近くで焚火の用意をし、火を点ける。

 椅子とテーブルを出し、アイテムボックスから熱々のポットを出してカップに紅茶を注ぎ、読みかけの本を取り出し読み始めると……タイクーンが来た。


「何を読んでる?」

「ドレナ・デ・スタールで見つけた本。読めない文字があるけど、文章を読みながら補完している。意外と読めるし、面白い」

「なるほど。解読しながらの読書か……面白そうだ。ボクも今度やってみよう」


 タイクーンはハイセの近くに椅子を出し、自分も本を読み始めた。


「紅茶、飲むか?」

「いただこう」


 しばし、読書を楽しんでいると、女性陣が水浴びから戻って来た。

 同時に、サーシャが皿に乗った大量のサンドイッチをハイセの元へ。


「ハイセ、サンドイッチを作った。食べよう!!」

「あ、おいしそうじゃん。アタシも食べるっ!!」

「私もいただくわね」

「私も欲しいです!!」

「ま、待て。これはハイセに作ったのであって、お前たちのはない!! 食事は各自で食べればいいだろう!!」

「つれないわね。別にいいでしょ」

「そうよそうよ!! ってか、肉系サンドイッチばっかりじゃん!! アタシ好み!!」

「こ、こらヒジリ!! 勝手に食うな!!」

「うんまっ!! めっちゃ塩利いてんじゃん!!」

「私も欲しいですー!!」


 女どもがやかましい。

 サーシャが持つ皿に手を伸ばすヒジリ、クレア、プレセア。

 三人寄れば姦しいというが、読書している二人にとっては最悪だった。

 ハイセはため息を吐き、アイテムボックスからサンドイッチを出す。


「食うか? あっちは期待できそうにないし」

「いただこう。代金は後で払う」

「ああ」


 ギャーギャー騒ぐサーシャたちを無視し、ハイセとタイクーンはサンドイッチを食べるのだった。

 この様子を、少し離れた場所で見ていたウルが言う。


「オレは一匹狼、一羽の荒鷲だが……こういう騒がしいのも、悪くねぇな」


 そう呟き、スキットルのウイスキーに口を付けた。

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