ありがとう

 霊峰ガガジアを降り、入口へ。

 プレセアは、アイテムボックスから大きな袋を取り出し、ハイセへ。


「これ、報酬よ」

「いらない」

「……ダメよ。冒険者だもの。依頼に応じた報酬は支払うわ」

「…………」

「それと「いたぞ!!」……あー」


 霊峰ガガジアの入口に、大勢のエルフ兵士たちが集まっていた。

 ハイセが「いた?」というと、プレセアはバツが悪そうな顔をする。

 そして、兵士を掻き分け、一人のエルフ男性が近づいてきた。


「ようやく見つけたよ、プレセア」

「……アドラ」

「まったく、世話を焼かせるね。いきなり置手紙を残して消えるなんて」

「……姉様のためよ」

「わかっているさ。アルセラ様の病は、霊薬エリクシールでしか治らない。最後の素材である霊峰ガガジアに入ることができないから、他国を探しに行ったんだろう。で……見つかったのかい?」

「…………」

「やはり、ね。霊峰ガガジアにもなかったのか。あっても、SS+レートの魔獣がいる場所では、採取も不可能だろう。プレセア……もう、諦めるしかないんだ」

「姉上を見殺しにしろと!?」

「違う。助けられるならそれが定め。助からないならそれも定め。自然の掟に従うんだ」

「それは……」

「きみは、抗った。抗った結果がこれだ……これは、アルセラ様の定めなんだよ」

「……グレミオ義兄さんは」

「彼も抗ったさ。でも……今は、アルセラ様の傍で、最後の時を過ごすことを決めたようだ」

「……っ」


 置いてきぼりのハイセ。

 口を挟むことができず、成り行きを見守りつつ状況を整理していた。


「プレセア。帰ろう……ボクとの結婚もあるんだ。ちゃんと、話をしよう」

「…………」


 そして、ようやくアドラの眼がハイセに向いた。


「きみは、S級冒険者のハイセだね? 報告があった。きみが、プレセアを霊峰ガガジアに連れ出したことに、間違いはないか?」

「ああ」

「……彼女は、森国ユグドラの現王グレミオの妻、王妃アルセラ様の妹だ。そしてボクの婚約者でもある。知らなかったとはいえ、軽々しく接していい相手ではない。今回の件、何もなかったことにする。早々に立ち去ることだ」

「わかった」

「あ───……ハイセ」

「…………」


 ハイセは、プレセアを見た。

 そして、ほんの少しだけ───……微笑んだ。


「まぁ、それなりに楽しかった。じゃあな」

「…………」


 軽く手を振り、ハイセはその場から立ち去った。


 ◇◇◇◇◇◇


 森国ユグドラの王城に戻ったプレセアは、侍女たちに身なりを整えられた。

 ドレスを着て、化粧を施され、王妃の妹として、森国ユグドラの王族としての姿になる。

 婚約者のアドラは、満足そうにして、着飾ったプレセアに手を差し出した。


「美しい。さぁプレセア」

「…………」


 その手を取り、王城を歩く。

 使用人たちが頭を下げ、プレセアを敬う。

 そんな態度が、プレセアは苦手だった。

 そして、王妃の部屋に到着する。

 ドアが開かれ、中にいたのは……寝たきりの王妃。プレセアの姉アルセラだった。

 傍には、森国ユグドラの王、グレミオもいる。


「……プレセア?」

「姉上……っ」


 痩せ細る姉を見た瞬間、プレセアは涙が止まらなかった。

 アドラの手を振りほどき、グレミオの隣に来てアルセラの手を掴む。


「ごめんなさい、ごめんなさい……私、見つけられなかった。万年光月草、見つけられなかった……」

「…………そう」


 アルセラは、しゃがみ込んで泣くプレセアの頭を、そっと撫でた。


「大丈夫。これが私の定めだから……」

「姉上……」

「グレミオ。この子をお願いね……」

「ああ……」


 国王グレミオ。彼も、アルセラのために悲しんでいた。

 そこに王としての姿はない。一人の女を愛する、男の姿だけがあった。

 アルセラは、小さく微笑んで言う。


「ね、プレセア。聞かせてくれない? あなたが旅した西方や中央の話を」

「うん、いっぱい話すよ。あのね、お土産もあるの」


 プレセアは、アイテムボックスを取り出す。

 そして、お土産を取り出そうと、アイテムボックスの異空間に手を入れた瞬間だった。


「───……え」


 掴み、取り出したのは───……小さな、植木鉢。

 淡く輝いた、万年光月草だった。

 

「な、なんで……」

「こ、これは……ま、万年光月草!? プレセア、そなた、万年光月草を見つけたのか!?」

「ど、どうして、これが……」


 グレミオは、万年光月草をプレセアから受け取り、傍に待機していた側近に叫ぶ。


「至急、これを精製してエリクシールを!!」

「はっ!!」


 グレミオは、プレセアの肩を抱いた。


「ありがとう、ありがとう……!! プレセア、お前は妻の恩人だ!!」

「まさか、プレセア……はは、なんだそれは? きみ、見つけてたんじゃないか。全く、人が悪いな……本当に、驚いたよ」

「あぁ……私、生きられるのね? プレセア……」

「…………」


 グレミオが、アドラが、アルセラが喜んでいた。

 だが、プレセアは───……涙を流していた。


『まぁ、それなりに楽しかった。じゃあな』


 ハイセの、ほんの少しだけ見せた笑顔が、プレセアの心に残っていた。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 ハイセがハイベルク王国に戻って数日後、ようやくハイセは冒険者ギルドに報告しに向かった。

 

「依頼失敗とはな」

「…………」

「SS+レート、グリーンエレファント・ドラゴンとの戦い。ドラゴンの血によって、万年光月草が生える大地が汚染され、採取が不可能になった……そういうことか」

「ま、まあ」

「……やれやれ」


 ハイベルク王国、冒険者ギルド。

 ギルドマスターの部屋にて。

 ハイセは、ガイストに霊峰ガガジアのことを報告。報告するなりガイストは盛大なため息を吐いた。


「まぁ、この依頼は王族からの形式上のものだ。失敗しても等級に影響はないが……やはり、成功するのが好ましいところではあるな。お前は、ただでさえ王女の同行を断ってるんだぞ」

「うぐ……」


 誤魔化すように、ハイセは紅茶を飲んで顔を隠す。

 すると、新人受付嬢がノックをせずにドアを開けた。


「ハイセさんっ!! グリーンエレファント・ドラゴンの素材、換金終わりましたぁ!!」

「ああ」

「えーと、眼球は綺麗な状態だったので金貨七百枚、体液もいい状態だったので金貨六百枚。合計金貨千三百枚になりますっ」

「わかった。じゃ、カードで」

「はいっ」


 魔道具にカードをかざして入金。

 新人受付嬢はビシッと敬礼して部屋を出て行った。


「お前は依頼失敗だが、サーシャは成功させたぞ。しかも……『魔族』を相手にして勝利した」

「魔族? 魔族はもう、何年も人間の世界に来てないんじゃ」

「わからん。だが……実際に来ていた。そして、サーシャは戦い、勝利した。これでサーシャの名は高まるぞ……早くも、クラン加入の申請が山ほどきている」

「クランか……」

「今は、準備に追われているようだ。依頼達成の褒美として、『クランホーム』を手に入れたようだしな」

「ふーん」


 興味がないのか、ハイセは欠伸をした。


「お前はどうする?」

「とりあえず、変わらないよ。難易度の高い討伐依頼を受けて、ダンジョンに挑む」

「ふ、そう言うだろうと思ってな。お前に依頼を用意した。A級ダンジョンでの依頼だ」

「お、いいっすね。A級とか久しぶりだ」

「お前がユグドラに行っている間に発見された新規ダンジョンだ。ここの調査を頼む」

「わかりました」


 ガイストが差し出した依頼書を手に、ハイセは部屋を出た。


 ◇◇◇◇◇◇


 依頼を受け、ギルドの外に出ると。


「ハイセ」

「……なんでお前が」


 プレセアが、ギルド前に立っていた。

 

「独り言。姉さんは回復したわ。あなたのくれた万年光月草で、エリクシールを作って飲んだら全快。今では公務に戻り、グレミオ義兄さんと仲良くしてる」

「…………」

「大きな借り、できたわね」

「で、何か用か?」

「私、ユグドラの国王からご褒美をもらったの」

「話聞けよ……何か用か?」

「ご褒美は、王家からの除名。私は、ただのB級冒険者で、エルフのプレセア。ああ、姉上やグレミオ義兄さんはちゃんと家族だから安心して。アドラとは婚約破棄したけど」

「…………」

「借りは返す。ああ、仲間になるってわけじゃないわ。たまに話相手になったり、一緒に食事したり、寂しい夜は慰めてあげる。もちろん、あなたが満足するまで、永遠に」

「…………」

「仲間にはならないけど、たまに話できる相手になってあげるわ。これならいいでしょ?」

「…………お断りだね」


 ハイセは肩をすくめ、プレセアの脇を通りすぎた。

 だが、プレセアはハイセの隣に立ち、ついてくる。


「ね、食事にしない? ちょうどそこに、美味しそうなカフェがあるの。奢ってあげるわ」

「…………」


 仲間ではない、話相手。

 ハイセはため息を吐き、どこか嬉しそうなプレセアと一緒にカフェへ向かった。

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