第三章 鉱山に潜む者

討伐の前に

~ハイセがプレセアと共にハイベルグ王国を出た後~


 ◇◇◇◇◇


 サーシャたちは、鉱山の町に到着。

 村長に挨拶をして依頼の話を終えた後、クレスタルゴーレム討伐の作戦を立てていた。

 宿を借りようと思ったが、町長が使っていない一軒家を貸してくれた。鉱山の町ではかなりの大きさの家で、なんと風呂まで付いていたのである。

 公衆浴場ではない、家に風呂が付いているのは、かなり稀であった。


「町長から聞いたが、この鉱山の町リスタルの近くに、温泉が湧いてるそうだ。公衆浴場も温泉で、この家の風呂も温泉らしい」

「「「温泉ッ!!」」」


 ピアソラ、ミュアネ、ロビンが同時に叫んだ。

 びっくりするタイクーン。ズレた眼鏡を直して続ける。


「源泉にパイプを引いて、直接送っているそうだ。この辺りは『ドワーフ』の国も近いし、鉱山で鍛冶用の鉱石採掘をするドワーフも多い。そういう技術に関しては言うまでもないことだ」

「ね、温泉行かない!?」

「当然!!」

「行きますわ!!」

「……お前たち、ボクの話を聞いているのか?」


 三人はもうタイクーンなど見ていない。温泉のことしか見えていなかった。

 すると、レイノルドが言う。


「温泉、その部屋みたいだぜ。ドワーフ族の装飾品、『ノレン』が掛けてある部屋だ」

「行きますわよ!! ミュアネ、ロビン、サーシャ!!」

「「おう!!」」

「わ、私はまだいい。話の途中だしな」


 珍しく、ピアソラはサーシャを気にすることなく温泉へ突撃した。

 残されたのは、サーシャ、クレス、タイクーン、レイノルド。

 タイクーンは驚く。


「ピアソラがサーシャを置いて温泉に行くとはな……」

「あ、あはは。なぁレイノルド、きみたちはいつもこんな感じなんだな……同行して日は浅いけど、本当に退屈しないよ」

「褒め言葉として受け取っておくぜ……」

「……ふぅ」


 サーシャがため息を吐き、自分の肩をもんだ。


「とりあえず。今日はここまでにしよう……クレスタル鉱山の位置は確認したし、今は封じられているから魔獣も出てこない。補給もあるからすぐには鉱山に入れないし、我々の疲れも癒さないといけない」

「だなぁ……確かに、少し疲れたぜ」

「……作戦決行は七日後くらいがいいだろうな。サーシャ、レイノルド、クレス、どう思う?」

「私はそれでいい」

「オレも」

「オレもだ。というか、プロに任せるさ」


 ここまで話を終え、ようやくチーム『セイクリッド』は力を抜いた。

 レイノルドは、クレスの肩をガシッと組む。


「クレス、でっかい街だし、久しぶりに外で飲もうぜ。庶民の飲み方を教えてやる」

「い、いいのか? 七日後に討伐依頼を受けるんだぞ?」

「だからこそ、今のうちに英気を養うんだよ。な、サーシャ」

「ああ。クレス、楽しんでくるといい。レイノルドと飲むのは楽しいぞ」

「おいタイクーン、お前も」

「ボクは遠慮しておく。まずはこの町の図書館って、おい!?」


 レイノルドはタイクーンと肩を無理やり組んで引きずっていく。


「サーシャ、ちょっくら友情深めてくるわ」

「ああ」

「ま、待て!! ボクはキミと深めるような友情を持った覚えは!!」

「いいね、こういうの。城じゃ味わえないぞ」


 男三人は行ってしまった。

 サーシャは一人になり、大きく伸びをした。


「私は……」


 温泉への入口をチラッと見る。


『ほらほらミュアネ、逃げないの。ごしごし~!』

『きゃぁぁ!? ちょ、ロビン、どこ触って……ぁんっ!!』

『小さいと敏感とは聞きますけど、その通りですわねぇ』

『あ、あなた!! 自分がデカいからって……このこのこのっ!!』

『あぁん!! そこに触れていいのはサーシャだけぇ!!』

『ちょ、泡!! 泡が口の中にぃ!? ピアソラ、ミュアネ、やめっ!?』


 何やら大騒ぎだった。

 今行くと、面倒なことに巻き込まれそうな気がする。

 

「……少し、散歩しようかな」


 サーシャは剣だけ腰に差し、家を出た。


 ◇◇◇◇◇


 サーシャは一人、鉱山の街を歩く。

 

「町の方は賑わっているな……」


 鉱山の街リスタル。

 イメージでは、炭鉱夫やドワーフ族が多く生活し、町中も雑多なイメージだった。

 だが、意外にも歓楽街や飲食店が多い。

 ドワーフ族の工房や武器防具屋、鉱石を加工したアクセサリー屋などが多く、その次に多いのは道具屋に宿屋。飲食店も非常に多く、飲食店の七割が酒場がメインのようだ。

 町の中央に行くと、観光案内所まであった。

 サーシャは、町の観光マップを買い、案内人に聞いてみた。


「ここは、観光地でもあるのだな」

「ええ。ドワーフ族の職人が多く住むから、遠方からわざわざ武器や防具の制作を依頼しに来る冒険者さんが多いんです。さらに、ここは砂漠の国ディザーラへの中継地点でもありますので、立ち寄る方が多いんです」

「なるほどな」


 マップを片手に、サーシャは一人で歩く。


『ね、サーシャ。冒険者になったら、いろんな町に行って冒険しようね』


 思い出すのは、今の仲間ではなく……ハイセの言葉。

 今を共に過ごす仲間の言葉より、幼いころのハイセとの約束を一番最初に思い出し、サーシャは「ククッ」と笑う。


「まだ、未練があるのかな……」


 そして、思い出す。

 任命式での夜。


『俺とお前の夢なのに、お前だけで叶えて何になる? それは……お前の夢なんだよ。俺を言い訳に使うんじゃねぇ』


 思い出すたびに、胸が痛い。

 全くもってその通り。傲慢にもほどがある。

 サーシャがすべきことは追放ではなく、ハイセと共に戦い、その『能力』が何なのかを一緒に解明することだったのではないかと、思えてならない。

 

「……もう、過ぎたことだ」


 あんな謝罪、ハイセが受け入れるわけがないと、サーシャは気付いた。

 だから、追放した責任を取るのではない。

 追放し、道を違えても、後悔せずに突き進む。いつかまた道が交わる時、本当の意味でハイセに謝罪をする日がきっと来るから。

 その時に、もう一度謝ろうと、サーシャは決めていた。

 何を要求されても、受け入れるつもりでいた。

 それまで、ハイセに負けないような冒険者になる。そのために戦い続けることを、サーシャは決めた。

 地図をいつの間にか握り締めていたことに気付き、慌てて手を緩めていると。


「さぁさぁ!! ここにあるのは鉱山で発掘された希少金属!! ものすごく硬い『黒玉鋼』だ!! こいつを少しでも傷つけられる奴はいないかい!?」


 公園で、何かイベントが行われていた。

 近づくと、大きな台の上に黒い岩が置いてあった。

 三歳児くらいの大きさで、真っ黒な石だ。

 巨大なハンマーを持った大男が、ハンマーを振りかぶって振り下ろす。

 轟音が響くが、ハンマーで叩きつけられた黒玉鋼は削れもしない。


「こいつを壊せたら金貨一枚!! さぁさぁ、腕っぷし自慢はいないかい!?」

「やるぜ!!」


 と、出てきたのは少年だった。

 手には剣を持っている。仲間らしき少女二人と少年一人が応援していた。

 少年は、剣を掲げる。


「おれの能力は『剣士ソードマン』!! まだ冒険者になったばかりだけど、これから最強のチームを作る予定だ!! 応援してくれよ!!」


 歓声が響く。

「いいぞ、兄ちゃん!」や「若いっていいねぇ」など、ドワーフ族や炭鉱夫などが応援している。少年の仲間は恥ずかしいのか、うつむいて頬を染めていた。

 

「とりゃぁぁぁ!! ───あ」


 勢いよく振り下ろした剣は、黒玉鋼に触れた途端にボキンと折れた。


「お、お、お……おれの『聖なる白銀の神剣ホーリーライト・ゴッドブレード』があぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 どう見てもただの『鉄の剣』だが、ぽっきり折れてしまった。

 がっくり項垂れた少年を、仲間の少年少女が引っ張り台から下ろす。


「残念だったねぇ!! さぁ、次の挑戦は!!」

「私がやろう」


 サーシャが、手を上げた。

 そして、壇上へ。


「これはこれは……なんともまぁ、すごい美少女!! 次の挑戦者は、美しい銀髪の少女だぁ!!」


 サーシャの美しさに、一瞬だけ場が支配された。

 サーシャは、チラッと少年のチームを見る。


「十二歳、十三歳くらいか。ふふ……懐かしいな。私も、こういう催し物を見て、憧れたものだ。少しでも……彼らも、感じてくれたら」

「さぁさぁ!! どうぞ!!」

「───ッ」


 シュッ、と短く息を吐き、サーシャは剣を抜いた。

 手がブレた。風が起きた、この場にいた者は、数名を除いてそれくらいしかわからなかった。

 すると、黒玉鋼が砕け散った。

 熟練の冒険者だけがわかった。サーシャは剣を抜き、二十二回ほど斬撃を叩きこみ、剣を鞘に納めたのだ。その間、わずか一秒……ほとんど、誰にも見えなかった。

 解説者は、砕け散った黒玉鋼とサーシャを交互に見る。


「へ……?」

「金貨は、あの子たちにやってくれ。未来への投資だ」

「え、あ、あの」

「では」


 ポカンとする会場。

 サーシャは壇上を下り、その場を後にした。


「さて、そろそろ帰るか。私も温泉に入ろうかな」


 サーシャは、大きく伸びをして借宿まで歩くのだった。

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