サーシャの旅②

 見張りを交代し、サーシャはテントの中へ。

 鎧を外し、髪飾りを外し、上着を脱いで下着を脱ぐ……均整の取れた美しい上半身が露わになった。

 サーシャは、桶に水を入れ、手拭いを絞る。

 そして、身体を丁寧に拭いた。


「ふぅ……」


 大きな町に必ず一つはある公衆浴場。鉱山の町にもあるらしいので、町に到着したらぜひ行きたいとピアソラが言っていた。サーシャも、冒険者である以上、何日か風呂に入らない生活というものがあると知っているし、体験したこともある。だが……年頃の少女だ。できれば身体は清潔にしたい。

 それに、タイクーンも『毎日着替えはするように、汚れは精神的にも、体調面でも不都合しかない』と言っていた。

 身体を拭き、髪を軽く拭き、新しい下着に着替え、寝袋に入った。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 数日間、旅は順調に続いた。

 最初はテンションの高かったミュアネも、徒歩での疲労からか口数が少ない。

 町を三つ超えたあたりから、会話が少なくなっていった。


 反対に、クレスは元気だった。

 趣味が植物観察ということもあり、珍しい植物や薬草などを採取し、自分用のアイテムボックスに入れては保存し、空いた時間で薬を調合している。

 プレセアがいるので、怪我や病気になっても魔法で治せるので必要ないが、『能力』ではない製薬スキルは、本来なら重宝されると言うと、「ただの趣味だよ」と苦笑していた。


 十日ほど進み、鉱山の街手前の町で最後の補給をする。

 ミュアネは疲れ気味だった。

 ここで、「帰りは馬車で帰ろう。だから行きは最後まで徒歩」というと、少し元気を取り戻した。同い年のロビンと違い、体力は年相応だ。

 宿に入ると、ミュアネはすぐに寝てしまった。

 女子部屋で、ピアソラはミュアネを見て困ったように言う。


「まったく、子供なんだから」

「そう言うな。冒険者ではない、王族なのだからな」

「……もしハイセの方に付いていったら、どうなってたかな。ある意味、あたしたちと一緒でよかったかもね……あはは」


 ロビンがそう言うと、サーシャが「確かに」と苦笑する。

 なんとなく、ピアソラは気になった。


「……サーシャ」

「ん?」

「あの男と、何かありました?」


 あの男。

 ピアソラはハイセが嫌い……いや、大嫌いだ。

 なので、名前を呼ぶことはない。


「いや、特には……」

「……本当に?」

「ああ。いつか、ちゃんと謝罪し、やり直したいとは思っている」

「……ねぇ、サーシャ」

「ん?」

「サーシャは……あの男に、恋愛感情はあります?」

「…………」


 サーシャは、少し顔を赤らめて苦笑した。


「わからない。ただ、ハイセのことは、他の男とは違う……と、思っている」

「…………どんな風に?」

「私の後悔であり、今では目標……かな。私たちのせいで、ハイセの人生は変わった。その責任を取りたいと思うし、謝罪したいと思っている。私にとってハイセは特別な存在なんだ……その、なんといえばいいのか、よくわからない」

「…………ふぅん」


 ピアソラは、どこか面白くないようだ。

 ロビンは言う。


「あたしは、今でもハイセに戻ってきて欲しいな……」

「……あなた、あの男によく懐いてましたものねぇ。餌付けされた子犬みたいに」

「言い方! でもまぁ……ハイセ、優しかったもん。私のが年下なのに、すごく気遣ってくれるし、こっそりおやつくれたり、作りたてのご飯の味見させてくれたり」

「餌付けではありませんか……まったく、あなたは」

「ふんだ。ね、サーシャ……こんな言い方はアレだけど、ハイセを追放した日に、あたしもチームを抜けてハイセと一緒に行こうとしたこと、今でも後悔してないからね」

「ああ、わかってる。だがお前は、戻って来た……いや、ハイセのために戻ったのだろう」

「…………やっぱり、バレてた」


 ロビンは、ベッドの枕を抱いて顔を隠す。


「みんな、ハイセの追放に賛成してたから……あたしが抜けるより、チームにいるあたしが、みんなを説得した方がいいかなって」

「わかっているよ、ロビン」

「……あたし、サーシャも、ピアソラも、タイクーンもレイノルドも好きだから……」

「ああ、知っている。ありがとう、ロビン」

「……うん」


 ロビンは顔を赤らめた。

 ピアソラも、そっぽ向いて「ふん」と言う。

 チーム『セイクリッド』の絆は、とても深かった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ようやく、『鉱山の街』が見えてきた。

 緑が少なくなり、岩場が目立つ地形となる。街道は整備され、馬車が何度もすれ違う。

 ただ、馬車が運んでいるのは人ではなく、鉱石や石材。この鉱山の街リスタルで採取されたものだ。

 町に到着し、守衛に冒険者カードを見せる。


「S級冒険者、『銀の戦乙女ブリュンヒルデ』サーシャだ。王家の依頼により、鉱山に住み着いたクリスタルゴーレムの討伐に来た」

「え、S級冒険者様!? おお、ついに!! ささ、どうぞどうぞ。まずは町長に取り次ぎますんで!!」


 案内されたのは、町長の家。

 家に入ると、町長が出迎えてくれた。


「これはこれは、S級冒険者様。ようこそお越し下さいました」

「ああ。さっそく、いろいろ聞かせてもらいたい」


 応接間に案内され、町長が説明を始める。


「二ヶ月ほど前から、王家が所有する『クリスタル鉱山』に、クリスタルゴーレムが現れました」

「王家所有の鉱山か……」


 タイクーンが眼鏡をクイッと上げる。

 ちなみに、チーム『セイクリッド』の決まり事の一つに、『依頼人からの話を聞いて発言することができるのはサーシャとタイクーンのみ』という決まりがある。この二人は冷静に話を聞き、的を得た質問をすることができるからであった。


「はい。王家所有の鉱山では、この鉱山地帯で最も質のいい鉱石やクリスタルの原石が発掘されます。鉱山内に現れる魔獣『ゴーレム』も、常駐の冒険者で対応できるのですが……」

「なるほどな。クリスタルを素材とする魔獣、クリスタルゴーレムが現れた。そういうことか」

「はい……」

「ふむ」


 サーシャは顎に手を当て考える。


「クリスタルゴーレム。討伐レートはSSだったか?」

「ああ。クリスタルゴーレムの身体はクリスタルで形成されている。クリスタルは、魔法を弾き、物理攻撃を弾く性質がある。クリスタルの耐久度を超える魔法や技で壊すしかないが……今回は、場所が鉱山だ。ボクの大火力魔法は使えない。ロビンの弓も刺さらないだろうし、サーシャの剣でも難しいだろう」

「ふぅむ、厄介だな。さすがSSレートの魔獣といったところか」


 サーシャが考え込む。

 すると、ミュアネが挙手した。


「ね、忘れてないかしら? アタシの『能力』」


 自信満々のミュアネ。すると、タイクーンが「……なるほど」と呟いた。


「確かに、ミュアネの『能力』ならいけるかもしれない。そして、クレス」

「ああ、オレも同じことを考えていた」

「……いけるな。よし町長、鉱山内のマップがあれば見せて欲しい」

「は、はい」


 町長がマップを広げ、タイクーンが鉱山内について質問をする。

 いくつか質問をして、頷いた。


「いける。よしみんな、作戦を考えた。聞いてくれ」


 タイクーンは、即興で考えた作戦を説明する。


「……というわけだ。どうだ?」

「さすがタイクーンだな。私に異論はない」

「サーシャが言うなら私も!!」

「オレも構わないぜ」

「あたしも~」

「ふっふっふ。ついにアタシの出番ね」

「オレも、本気でやるよ」

「よし、決まりだ。サーシャ、いいか?」

「ああ。タイクーンの作戦でいこう。討伐は───明日だ」


 こうして、チーム『セイクリッド』のクリスタルゴーレム討伐が始まった。

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