サーシャの旅①

「野営!! ん~……なんて素敵な響きなのかしら!!」

「ミュアネ……いちいち感動しなくていい」


 クレスにツッコまれ、ミュアネはムスッとする。

 サーシャたちは順調に南下し、予定通り、野営可能な岩場へ到着した。タイクーンが地図にいくつもマークしているので、迷うことなく到着。

 さっそく、サーシャの指示で野営の支度が始まる。


「レイノルド、タイクーンはテントの用意を、私は竈を用意するから、ロビンとピアソラは食事の支度を始めてくれ」


 食事は、全員で準備する。

 すると、ピアソラがため息を吐いた。


「食事の支度、だいぶ慣れてきたと思うけどぉ~……やっぱり準備って面倒。ねぇサーシャぁ~、そろそろ時間停止効果のあるアイテムボックス買わない?」

「ピアソラ、できることは自分でやる。それがウチのルールだ」

「ぶぅ~……ハイセがいた時は全部任せてたのにぃ」

「そ、それを言うな……」


 サーシャ苦笑いする。

 確かに、ハイセがいた時は、全てを任せていた。

 だが……ハイセを追放し、『あの事件』が起きたあとは、全て自分たちでやるようにしている。テント張り、かまどの準備、夕飯の支度と、最初はなかなかできなかった。

 

「おーい、こっちは終わったぜ。サーシャ、かまどはオレがやるよ」

「ありがとう、レイノルド」

「ロビン、魔法で水を出す。鍋を」

「うん、ありがと、タイクーン」


 すると、クレスが挙手。


「なぁ、オレたちにも手伝わせてくれ」

「食事の支度、やってみたいわ!!」

「そう? じゃあ野菜切って。ふふ、切れるかしら?」

「む、ピアソラ、馬鹿にしないでね。それくらいできるわ!!」


 と、ピアソラから包丁をひったくるミュアネ。

 嫌な予感がしたが、案の定だった。


「いっだぁぁぁぁ!?」


 ミュアネが派手に指を切り、騒然となるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ピアソラに治してもらい、なんとか夕食は完成。

 焼いた肉を挟んだパン、野菜スープ、そしてデザートにカットした果物だ。

 ミュアネは、目をキラキラさせる。


「お兄様、野営の食事!! 野営の食事ですよ!!」

「見ればわかる。まったく、興奮しすぎだ……」

「だって、ずっと夢だったんですもの」


 サーシャは察する。

 人間界最大の王国であるハイベルク、そのお姫様となると、食事も有名な料理人が手掛け、このような雑多な食事とは無縁だろう。

 ミュアネは、パンにかぶりつく。


「ん、しょっぱぁ……でも、美味しいです!!」

「はは、よかったな」

「はい!!」


 クレスに頭を撫でられ、ミュアネは嬉しそうだ。


「仲がいいんですね、お二人とも」

「もちろんです。だってお兄様ですもの」

「どういう意味だ? まったく……」


 クレスは苦笑した。 

 食事を終え、片付けをして、夜のティータイムとなる。

 茶葉を買い集めるのが趣味のタイクーンが、紅茶を全員分淹れる。この時ばかりはピアソラも文句は言わない。全員、タイクーンの紅茶が好きなのだ。


「ふわぁ……おいしい」

「当然だ」


 ミュアネがほっこりし、タイクーンは嬉しそうに眼鏡を上げる。

 サーシャは、全員に言う。


「では、交代で見張りをしよう。クレス、ミュアネは……」

「やるよ。な、ミュアネ」

「え、ええ……くぁぁぁ、当然、です」

 

 すでに欠伸をしているミュアネ。ミュアネ。に釣られ、ロビンも大きな欠伸をした。

 なので、二人は最後の見張りにして、最初はサーシャとクレスの見張りとなった。


「くぅぅ、私がサーシャと一緒がよかったのにぃ!! なんっでレイノルドとぉ!!」

「……そこまで嫌がらんでもいいだろ」

「ボクは一人で嬉しいね。静かに読書できる」

「「おやすみなさぁ~い……」」


 ミュアネ、ロビンが一緒のテントに入り、スヤスヤ寝てしまった。

 タイクーン、レイノルド、ピアソラもテントに入り、クレスとサーシャが焚火の傍で並んで座る。

 クレスが、焚火に薪を足した。


「寒くないかい?」

「ああ。ありがとう」


 サーシャは、鎧を着たままだ。剣を手元に置き、焚火の火をジッと見ている。

 クレスは、聞いてみた。


「サーシャ」

「……ん?」

「君は、S級冒険者になって何を目指す?」

「決まっている。最高のクランを作り、最高のチームで『禁忌六迷宮』に挑む」

「……『禁忌六迷宮』か」

「ああ。誰も攻略できない、世界に六つある最高難易度ダンジョン。発見から数千年経つ今でも、その詳細は謎に包まれている」

「……王家の書庫に、こんな話がある。『禁忌六迷宮』は、魔族が人間を滅ぼすために作った迷宮だ、と」

「……何?」


 魔族。

 人類の敵にして、人間界と同等の広さを持つ『魔界』に住む種族。

 

「サーシャ、禁忌六迷宮に挑むということは、魔族とも戦うことになる。魔族は……禁忌六迷宮にある『秘宝』を狙っている、って話だ」

「…………」

「魔族と、戦えるかい?」

「ああ」


 サーシャは、迷わず答えた。

 真っ直ぐな、力強い笑みを浮かべて。


 ◇◇◇◇◇◇


 禁忌六迷宮。

 ダンジョン、という迷宮が発見されたのが数千年前。

 ダンジョンは大きさ、規模によって等級分けされる。最も艇難易度のダンジョンが『初級』で、『中級』、『上級』、『最上級』、そして『特級』と分けられる。

 そして、特級を超える恐るべき六つのダンジョンを、『禁忌六迷宮』と呼ぶ。

 なぜ、禁忌なのか。

 簡単である……一度入ったら最後、出てきた者が誰もいないからだ。

 そして、その六つのダンジョンが。


地底に広がる大迷宮『デルマドロームの無限迷宮』

独自の生態系が形成される湖、『ディロロマンズ大塩湖』

謎の磁場により感覚が狂わせられる、『狂乱磁空大森林』

過去に一度だけ現れた空飛ぶ城、『ドレナ・ド・スタールの空中城』

魔界にある謎の山脈、『ネクロファンタジア・マウンテン』

そして、存在すら定かではない、伝承に存在する『神の箱庭』


 この六つが、『禁忌六迷宮』

 挑戦可能なのは二つ。サーシャたちが向かっている南方。

 砂漠の国ディザーラが厳重に入口を管理している『デルマドロームの無限迷宮』と、西方にある極寒の国フリズドの管理する凍らない湖『ディロロマンズ大塩湖』だ。

 この二つは、許可さえとれれば挑戦できる……誰も、生きて帰ってはこなかったが。

 クレスは言う。


「挑戦するなら、万全を期した方がいい。少なくとも……今はダメだ。クランを作り、地盤を安定させ、全ての準備が整ってから……そうだな、きみが二十代前半くらいには、挑戦できるかもしれない」

「…………」


 サーシャは黙り込む……クレスの考えは、タイクーンと全く同じだった。


「サーシャ」

「ん」

「明日は、オレとミュアネも戦闘に参加する。能力の説明をするから、陣形に組み込めるようにしてくれ」

「わかった。では、二人の能力は──」


 タイクーンが起きてくるまで、二人は戦術について語り合った。

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