ハイセの旅①

「ん~……いい天気だな」


 ハイセは一人、のんびり歩いていた。

 地図を見て、街道沿いにある小さな町があるのを確認。今日はそこまで歩き、一泊しようと決めた。

 後ろをチラッと見ると、プレセアと名乗ったエルフの少女が、きっちり三十メートル間隔で付いてくる。

 面倒なので、相手にはしていない。話すと意外に会話が弾むが、そこまでして話したいとも思っていない。特に干渉しなければ、霊峰に入るくらいはいいかなと、ハイセは思っていた。

 すると、街道の脇にある藪から、ホブゴブリンという大型のゴブリンが飛び出してきた。


「『M1873ウィンチェスター』」


 レバーを引いて弾丸を装填し、ホブゴブリンの頭を狙って引金を引くと、轟音と同時にホブゴブリンの頭が吹き飛んだ。

 薬莢が落ちると同時に消滅する。すると、矢を番えようとしていたプレセアが、僅かに目を見開いてポツリと呟いた。


「……なんて威力」

「ま、そう思うよな」


 答えたことで、会話をしていいと思ったのか、プレセアが近づいてきた。

 そして、ハイセの持つ武器、歩兵銃ライフルをジーっと見る。


「それ、あなたの能力?」

「ああ」

「……私の能力は『妖精使役ハイピクシー』……眼に見えない、妖精を自在に使役できる。妖精同士は離れても会話できるから遠くで盗み聞きしたり、妖精にお願いして姿を消したりもできる」

「…………いきなりなんだよ」

「あなたの能力は?」

「おま、ずるいな」


 相手の能力を聞いたら、自分のも話さなくてはいけない。

 互いに信頼関係を結ぶための、暗黙の了解みたいなものだ。

 ハイセはため息を吐き、ライフルをプレセアの顔に近づけた。


「俺の能力は『武器ウェポンマスター』だ。この世界じゃない、別の世界の武器を自在に使える」

「マスター系能力……え? この、世界じゃない?」

「俺にもよくわからない。まぁ、話せるのはそれだけ」


 ライフルが溶けるように消え、ハイセは再び歩き出す。

 すると、プレセアはハイセの隣に並んだ。


「……おい」

「たまたま隣なだけ。別に、話すことないから」

「…………」


 ハイセはため息を吐き、ほんの少しだけ早歩きをして先に進んだ。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 ハイベルク王国から東へ進み、一番近い町に到着した。

 大きさはそれほどでもない。住宅が並び、町の中心には店が立ち並んでいる。宿屋も数件あり、王都へ向かう前に立ち寄り、休むような宿場町だ。

 だが、意外に人が多い。

 ハイセは、町の入口を守る守衛に冒険者カードを見せながら聞く。


「あの、けっこう賑やかだけど、何かあるんですか?」

「ああ、この町ができてちょうど二百年のお祭りがあるんだ、って……え、S級冒険者!?」


 ハイセの質問に答えながら冒険者カードを確認し驚愕する守衛。


「やばいな。宿とか空きあるかな……」

「そ、それはわからんけど、穴場なら知ってるぞ。居心地にこだわらないなら、この路地をまっすぐ進んだ先にある『小鳥亭』ってところに行きな。普段もガラガラだし、地元民でも宿屋ってこと忘れる時がある」

「わかった。どうもありがとう」

「ああ、お連れさんもな」


 と、ハイセはプレセアが後ろにいたことを完全に忘れていた。

 プレセアは無言でハイセの後ろを歩き、守衛の言った『小鳥亭』にもついてきた。

 

「……ボロイな。でもまぁ、いいか」


 ハイセは王都で拠点にしている宿とそう変わらないボロさだ。

 だが、一泊しかしないし気にしない。町はすでにお祭りのようだ。

 さっそく受付へ。


「一泊お願いします」

「はいよ。悪いけど、今空き部屋が一つしかなくてねぇ」

「え?」

「お祭りだし、ウチみたいなボロでもお客が入るのさ。一緒で問題ないかい?」

「一緒? あ……」


 プレセアが後ろにいた。

 するとプレセアが言う。


「一緒で」

「おい!?」

「はいよ。じゃあこれ鍵ね。うちはボロだけど、部屋の壁や扉は分厚いから、騒がしくしてもかまわないよ」

「ありがとう」


 何かを勘違いしているが、プレセアは鍵を受け取りスタスタ行ってしまう。


「おい、お前!!」

「部屋、こっちよ?」

「…………」


 部屋に入るハイセ、プレセア。

 ボロイが、なかなか広い。ベッドも大きい。

 そして、意外にもシャワーが付いていた。お湯も出るし、どうも『そういうこと』をするための宿に見えてしまうハイセだった。

 すると、装備を外し、服を脱ぎだすプレセア。


「は!? おま、なにを」

「報酬、前払いのぶん」

「はぁ!?」

「シャワー、浴びてくる」

「ちょ、待った!! 待った!!」

「…………なに? そのままがいいの? 汗、掻いてるけど」

「意味わからんこと言うな!!」


 プレセアは、全裸のままハイセの前に立ち、首を傾げた。

 羞恥心がないのか。隠そうともしない。ハイセが顔を反らすが、耳まで真っ赤になっていることにプレセアは気付き、言う。


「まさか、未経験?」

「……う、うるさい」

「S級冒険者。お金いっぱいあるでしょ? その年なら、いろいろお盛んじゃないの?」

「…………」

「ま、私も未経験だけど」

「お前は何を言ってんだ。いいから服を着ろ。あと報酬の前払いって何だよ」

「私を好きにしていい。万年光月草を手に入れたら、後払いでお金払うわ」

「…………いらねぇ」

「え?」

「金だけもらう。お前の身体はいらん」

「……ちょっとショックね。スタイルには自信あるんだけど」


 確かに───プレセアは、酷く魅力的だ。

 染み一つない真っ白な肌。ほどよい大きさの胸。細い身体はしなやかで、毒に侵されたようにハイセは顔が赤くなってしまう。

 

「……じゃあ、お前の話を聞かせろ」

「私?」

「万年光月草。なんで欲しいんだ?」

「…………」


 プレセアは、アイテムボックスから下着と新しい服を取り出し着替えた。

 そして、ベッドに座る。


「姉が病気なの」

「病気……」

「エリクシールがあれば治る。素材はほとんど揃えたけど、万年光月草だけ手に入らない……霊峰ガガジアへ入る申請をしたけど、通らなかった。今、ガガジアはすごく危険な魔獣が繁殖期に入って、餌を求めて徘徊している。四大クランの『神聖大樹ユーグドラシル』も手を出せない」

「…………」

「でも、あなたなら別」

「俺?」

「ええ。ハイベルク王国の依頼がある。森国ユグドラはハイベルク王国の属国だから、ハイベルク王国の依頼書があれば霊峰ガガジアに入れる。万年光月草を手に入れられる」

「なるほどな。それで」

「ええ。あなたと冒険者ギルドで出会って、東方へ行くと言ったから……ギルドマスターとの会話を聞かせてもらったの。目的が霊峰ガガジアって聞いて驚いたわ」


 つまり、プレセアは姉のために万年光月草を手に入れなくてはならない。


「西方に行ってたのは?」

「万年光月草を探すため。ガガジアに入れないなら、他を探すしかないと思って」

「…………」

「お願い。あなたがガガジアに入る時、私もあなたの《仲間》として同行させて。万年光月草を手に入れたら、私の全財産をあげる」

「…………わかった」

「ありがとう」

「その代わり。あくまでお前は俺の後ろをついてくるだけだ。仲間じゃない。俺はソロの冒険者だからな。霊峰ガガジアに入るほんの少しだけの同行だぞ」

「ええ。安心して、ソロとしてやってきたのは私も同じだから」

「それでいい。あと、この部屋は……」

「数時間だけだし、一緒でいいわ。私を抱きたいなら拒まないわよ」

「いらん。ったく……」


 ハイセは立ち上がる。


「どこに?」

「メシ。これだけ騒がしい祭りなんだ。出店くらいあるだろ」

「そう……私も行こうかしら」

「勝手にどうぞ」


 二人は宿を出た。

 さすがに、プレセアは付いてこなかった。

 ハイセは安心して、出店巡りをするのだった。

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