第二章 無口なエルフと万年光月草

東へ出発

 万年光月草。

 貴重な霊薬、エリクシールの素材の一つであり、霊峰ガガジアの山頂にのみ生える薬草だ。

 ハイベルグ王家から依頼されたハイセは、ボロい宿屋の部屋で準備をしていた。

 寝泊まりしている部屋の隣の部屋。ここには、ハイセの旅用荷物が置いてある。


「寝袋、テント、古文書、着替え、調理道具に食器、調味料……食料は、町で買うか」


 遠出は久しぶりだ。しかも、東の国は初めてのところ。

 森の国ユグドラがある地域で、霊峰ガガジアはユグドラの王家が管理している。ハイベルグ王国からもらった書状があれば、入国も調査も可能だ。

 ハイセは、荷物を全て『アイテムボックス』という指輪に入れる。


「…………便利なもんだな」


 魔道具。

 魔法が込められた道具で、安いのは銅貨数枚で買える物もあれば、ハイセのアイテムボックスのように金貨数千枚で買える物もある。

 ハイセのアイテムボックスは最高級品。入れた物の時間を止める性質があるので、仮に熱湯を入れ、一年後に取り出したとしても沸騰したままだ。

 

「……」


 サーシャのチームにいた時は、アイテムボックスを買う金貨はなかった。

 仮に買えたとしても……買った瞬間、『荷物持ち』というハイセの仕事は消えていただろう。

 

「よし、準備完了。買い物して、ギルドに顔出してから出発するか」


 ハイセは部屋を出て、受付カウンターで新聞を読む初老男性に言う。


「しばらく留守にするけど、部屋はそのままで。とりあえず一ヶ月分追加で」


 ハイセは二部屋分の金貨を支払う。

 男性はハイセをジロッと見て、金貨を手にし小さく頷いた。

 

「…………どうも」


 小さな声だが、ハイセにはよく聞こえる声だった。

 ハイセは何も言わず、そのまま宿を出た。


 ◇◇◇◇◇


「……その串焼き、百本くれ」

「はいよっ、って百!? す、すぐ焼くから待っててくれ!!」


 ハイセは、城下町の飲食店が多く並ぶ通りで買い物をしていた。

 メインは食料。水を樽で買い、焼き立ての串焼きができるとすぐにアイテムボックスへ。店主も『時間停止型』のアイテムボックスの存在は知っており、それを使うハイセがS級冒険者であり、金持ちだと知ったので気合を入れて焼いた。

 百本頼んだが、焼いたのは百十本。


「十本おまけだ。これからもご贔屓にっ!!」

「……どうも」


 金貨を一枚置くと、店主はペコペコ頭を下げた。

 本来ならお釣りが出るのだが、面倒なのではハイセは拒否……能力に目覚め、難易度の高い魔獣を狩るようになってから、金には不自由していない。

 かつては銅の剣を使い続け、ようやく鉄の剣を買えるかもと喜んでいたが……一人になり、等級の高い魔獣を狩るようになってから、金に関心がなくなった。


「あとは、パンと……果物と、野菜も買うか」


 適当に買い物し、アイテムボックスに入れていく。

 買い物を終え、冒険者ギルドへ向かった。

 受付に行くと、新人受付嬢が緊張しながら言う。


「えとえと、ギルドマスターはサーシャさんとお話中でして」

「そうなのか。じゃあ、少し待ってるよ」

「はは、はい!」


 暇なので、依頼掲示板を見ていた。


「お、Bレート討伐依頼。クリムゾンコング……あらら、西方か。反対方向だ……」


 討伐依頼を眺めていると、ハイセの隣でいい香りがした。

 チラリと顔を向けると、そこにいたのは。


「───何?」

「いや、別に」

「そ」


 華奢な少女だった。

 綺麗なエメラルドグリーンのショートヘア。

 薄手のシャツに胸当て、ミニスカートにサンダルで、綺麗な生足がスラリと伸びていた。

 何より、目立つのは耳。少女の耳は長い……エルフだ。

 ゴテゴテした弓を背負い、腰には矢筒がある。

 ジロジロ見ていたわけではないが、少女は言った。

 

「エルフが珍しいかしら」

「まあな。エルフって、東方にある森の国ユグドラの固有種族だろ? 中央のハイベルグ王国では、ほとんど見かけない」

「そうね。私も、今日初めて来たから」

「今日?」

「ええ。西方を旅して、中央のここに来たの。一応、冒険者よ」


 胸当ての内側から、冒険者カードを取り出す。そこには『B』と表記されていた。

 

「B級か。仲間は?」

「いない。私、一人で十分だから」

「…………」


 冒険者は、チームを組むのが当たり前だ。

 一人でできることは限られている。だからこそチームを組む。

 なんとなく、ハイセは自分と似ていると思った。


「あなたは?」

「俺も一人」

「そ。ね、私は見せたけど」

「……ああ」


 冒険者カードは、身分証明書のようなもの。相手が見せたら自分も見せるのがマナーだ。

 ハイセはアイテムボックスからカードを出し、見せた。


「───S級冒険者」


 少女は少しだけ驚いたが、すぐに表情が消えた。


「珍しいのね。チームのいないS級冒険者なんて」

「よく言われてた。最近じゃもう誰も言わないけどな」

「そ」


 しばし無言。三十秒ほど経過し、少女は言う。


「これから依頼?」

「ああ。王家の依頼でな、東方……あー、これ以上言っちゃまずいな」

「東方? あなた、東方に行くの?」

「ああ。これ以上はナシだ」

「ええ」


 不思議と、話しやすい相手だった。

 だがそれだけ。


「ハイセさーんっ!! ギルドマスター、空きましたよーっ!!」

「おバカ!! ギルマスをモノみたいに言うんじゃありません!!」

「あいだぁっ!?」


 新人受付嬢がペシッと頭を叩かれた。

 ハイセは軽く手を上げ、「じゃあ」とだけ言ってその場を離れた。


「…………東方」


 少女は、ハイセの背中を見ながらポツリと呟いた。


 ◇◇◇◇◇


 ギルドマスターの部屋はギルドの三階。ハイセは階段を上り、部屋の前まで行くと……ちょうど、サーシャたちが出てくるところだった。


「あ……」

「…………」


 サーシャと目が合う。

 サーシャの眼はもう、揺れていなかった。


「待たせたようだな」

「構わない。そっちも、王家の依頼関係か」

「そうよ!! ふふーん、アタシを連れて行きたくなったとしても、もう遅いんだからねっ!!」


 第二王女ミュアネが胸を張る……平べったい平原がそこにはあった。

 ハイセは無視。

 すると、兄のクレスが前に出た。


「妹がすまないね。改めて、オレはクレスだ。よろしくな」

「……はい、殿下」

「殿下じゃなくて、クレスでいい。王族といえど、今は冒険者にすぎないからね」

「わかりました」

「ちょっと、そろそろ行きましょ!! ね、サーシャ!!」

「そうだな」


 ピアソラがサーシャに抱きつき、甘えるような声を出す。

 サーシャは、ハイセに言った。


「ではハイセ。私たちはここで失礼する」

「ああ」

「お前は東方だったな? 気を付けろよ」

「ああ」


 パーティーの時とは別人のような凛々しさだ。どこか、吹っ切れたような感じがした。

 不思議と、ハイセは今のサーシャは悪くない、そう思った。

 ウジウジしたサーシャなんて見たくない。だからこそ、謝るに謝れず、ハイセに対し縋るような眼をしたサーシャが受け入れられず、突き放すような言い方をしてしまったのかもしれない。

 弱さに付けこみ、身体を赦して謝罪するような真似をするサーシャなんて……。


「……どうした? 私の顔をジロジロ見て」

「え、あ……いや、なんでもない」

「?」

「じゃあ、お前たちも気を付けろよ」


 ハイセは、ドアをノックせずにギルマス部屋に入った。


 ◇◇◇◇◇

 

「ノックくらいしろ。全く……」

「すみません。ガイストさん」

「……行くのか?」

「はい。さっさと東方のユグドラ王国に行って、霊峰ガガジアの山頂に生える『万年光月草』を採取してきます」

「……霊峰ガガジアのアベレージはB~SSだ。山頂にはSS+レートのドラゴン系魔獣『グリーンエレファント・ドラゴン』が住むと言われている。ユグドラ王国の冒険者はもちろん、四大クランの一つ『神聖大樹ユーグドラシル』も近づかない……気を付けろ」

「はい、ありがとうございます」

「それと……これを持っていけ」


 ガイストが出したのは、一通の手紙。


「紹介状だ。これを、『神聖大樹ユーグドラシル』のクランマスター、アイビスに渡せ。多少は力になってくれるはずだ」

「……ガイストさん。四大クランのマスターと知り合いなんですか?」

「四十年、冒険者やってればそれなりに繋がりがあるもんだ」


 ハイセはアイテムボックスに手紙を入れ、出された紅茶を一気飲みした。


「じゃ、行ってきます」

「気を付けてな」

「はい」

「……ハイセ。お前の《能力》は確かに強い。だが、無敵ではない……過信するなよ」

「……ええ、わかっています」


 ハイセは一礼し、部屋を出た。


 ◇◇◇◇◇


 王都の東門を出て、いざ東方へ向かって進む。

 のんびり徒歩で進み、隣町で馬車に乗るか、『魔導車』という魔道具に乗って進むのもいいと考えていた。依頼の期日はないので、時間をかけてゆっくり進もうと思っている。

 ハイセは、欠伸をしつつ───右手に、『拳銃ハンドガン』を作り出した。


「…………」


 L字型の、黒い金属棒。

 何も知らない人間が見れば、これが武器とは思わないだろう。

 デザートイーグル。古文書に描かれていた《異世界》の武器。

 ハイセの持つ古文書は、《異世界人》という、ここではない別の世界の人間が残した物だとわかっている。このことを知るのはハイセだけだ。

 

「誰だ」


 デザートイーグルを背後に向ける。

 そこには誰もいない。だが、《能力》に覚醒したことで鋭敏な感覚を手に入れたハイセは、視線を感じていた。

 能力に目覚めると、身体が作り替わったり、身体能力が向上するパターンが多い。サーシャの『可視化する闘気』も、『ソードマスター』に目覚めたことで得た力だ。

 返事がない。

 ハイセは、気配のする場所から少し外れた場所に発砲する。

 ドゥン! と、デザートイーグルから薬莢が排出され、弾丸が地面に突き刺さった。


「次は当てる」

「───参ったわ」


 スゥー……と、何もない場所から現れたのは、冒険者ギルドで会った少女だった。

 恐怖もなく、ハイセを見ている。


「……お前か」

「よく気付いたわね」

「尾行の理由は」

「依頼したいの」

「他を当たれ。俺は、討伐依頼以外受けない」

「霊峰ガガジアに入りたいの。それまで、あなたの後ろにいることを許可して欲しい」

「何故そのことを……チッ。俺は一人でいい、同行者は必要ない」

「同行じゃない。私が後ろにいるだけ。霊峰ガガジアに入る時だけ許可を」

「理由は」

「エリクシールの素材」

「『万年光月草』か」

「ええ」


 少女の表情は変わらない。ハイセを前に、緊張も恐れもない。


「道中、私が死んでも放置していいわ。私は、あなたの後ろを歩くだけ。霊峰ガガジアに入る時だけ、そばにいさせて」

「…………」

「金は払うわ。道中、私のことを好きにしてもいい。どう?」

「…………」


 ハイセは銃を下ろすと、銃は煙のように消えた。

 ハイセは、少女を無視して歩きだす。


「プレセア」

「……?」

「名前、プレセア」

「…………」

「あなたはハイセね。ま、独り言だし気にしなくていいわ」


 プレセアと名乗ったエルフの少女は、ハイセからきっちり三十メートル離れて歩きだした。

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