戻らない時間

 星が瞬く夜。

 ハイセとガイストは並んで空を見上げ、ガイストは言った。


「サーシャたちは、知らなかったんだ。オハーラ王国から帰ったばかりで、あの沼に《ブラックエンシェント・ドラゴン》が水浴び場にしていることを、知らなかったんだよ」

「そうですか」

「……許せないのか?」

「ええ。あの後、謝罪もないし、俺に関わろうとする気がないみたいでした。俺が恐かったのかもしれませんね」

「かもな。合わせる顔がないのと、忙しかったのもあるだろうな」

「俺はもう、強くなりました。仲間なんて必要ないくらい、強く」

「……それは、孤独だぞ」

「心地いいですよ」


 ハイセは笑う。

 現に、ブラックエンシェント・ドラゴンを討伐した後のハイセは、驚異的な強さだった。

 ダンジョンをいくつも攻略し、『武器ウェポン』という得体の知れない武器を振るって、あらゆる危険な魔獣を討伐してきた。

 『イセカイ』というところの武器らしいが、ガイストには理解できない。ただ、鉄の塊や爆発する何かが高速で発射されているのはわかった。


「まあ、もう関わることもないでしょう。あっちはクラン創設で忙しくなるだろうし」

「お前は?」

「俺は、依頼をこなしつつ自分を鍛えます。あの古文書……まだ、全部は解読できてないんで」

「そうか……」

「俺、今日は帰ります。じゃ……」


 ハイセは一礼し、テラスを出た。


 ◇◇◇◇◇◇


 パーティ会場は、まだまだ賑わいを見せていた……が、ハイセはもう戻らず、そのまま城を出た。

 首元を緩め、空を見上げながら歩き、右目をさする。

 

「……確かに、あの日の夜にそっくりだな」


 ブラックエンシェント・ドラゴンを討伐し、ハイセはドラゴンを引きずって王都に帰還……したらしい。正直、よく覚えてはいなかった。

 そして、自分をハメたサーシャを責め、気付けば十日経過していた。どうも気絶していたらしく、サーシャたちはすでに王都にいなかった。

 謝罪もなく、弁明もない。

 その後……ハイセは、恐るべき早さで強くなった。『異世界』の武器、『銃』や『爆薬』などを使い、あらゆる魔獣を倒した。

 災害級危険種を二体倒したあたりでA級に昇格。その頃にはハイセを貶める噂は消え、ハイセを褒め称えたり、仲間になりたいという申し出が増えた。

 だが、ハイセは全て一蹴した。

 仲間なんて、信じられるわけがなかったのである。

 サーシャたちとも、何度か顔を合わせた。が……謝罪はなく、挨拶くらいしかしなかった。


「…………」


 これからも、きっとそうだろう。

 サーシャは、仲間を増やし、『四大クラン』に匹敵するクランを立ち上げる。

 そして、仲間と共に、この世界に存在する『攻略不可能』のダンジョン、『禁忌六迷宮』に挑むだろう。

 噂では、レイノルドといい感じらしい。十年もすれば冒険者を引退し、結婚して子供を作るかもしれない……ハイセには、関係のない話だが。


「…………ん?」


 王城の正門へ続く道の途中に、誰かがいた。

 それは、月あかりでキラキラと輝く、綺麗な髪をした少女だった。


「ハイセ……」

「…………」


 サーシャ。

 幼馴染にして、共にS級冒険者となった、今はもう無関係の人間だ。


「何か」


 ハイセは警戒する。

 周囲の気配を探り、タイクーンの魔法、ロビンの狙撃に備える。

 サーシャの周りにレイノルドが隠れているかもしれない。ハイセの『能力』を知る者はガイストだけだが、噂にはなっているだろう。

 擲弾発射器グレネードランチャーの一撃を、レイノルドが防げるか計算。他の武器を使うことを考慮し、策を練っていると。


「ここには、私しかいない」

「その言葉を信じろと?」

「……信じられないだろうな」

「ああ」


 当然、警戒は解かない。

 すると、サーシャは両手を広げた。


「私は、話がしたいだけだ。どうか……信じて欲しい」

「信じられるか。俺を殺そうとしたくせに。俺みたいなのがチームにいたことを周りから言われるのが嫌で、あの沼に俺を向かわせたんだろう? ブラックエンシェント・ドラゴンに、俺を殺させようとしてな」

「違う。私は……私たちは、本当に知らなかったんだ」

「…………で、用件は」

「謝罪、したい」

「…………く、ははは、ははははっ、今さらかよ? まさか、俺が周りにチクるとでも思ってんのか? S級冒険者サーシャは、かつて同じチームにいたS級冒険者ハイセを殺そうと、ブラックエンシェント・ドラゴンの水浴び場に向かわせたとか? 怖いよなぁ? 昔の俺ならともかく、今のS級冒険者である俺が言えば、周りは信用するだろうよ。そうなればお前の評判は多少落ちるかもな」

「かまわない。お前には、それを言う資格がある……」

「…………ふざけんじゃねぇ」

「え……」

「言う資格が、ある……だと? 今さらになって、言う資格があるだと!? ふざけんじゃねぇ!! どうして今更謝罪する気になった!? どうして、俺が襲われた日に言わなかった!? 俺が気絶してたからか!? 枕もとで涙ながらに謝罪でもしたのか!? してないよなぁ? ガイストさんは言ってたぞ、俺が襲われて気を失った次の日には、お前は東の国に任務で旅だった、って!! 最初から謝罪なんかする気ないだろうが!!」

「……っ」

「形ばかりの謝罪なんていらない。お前の言葉なんか、俺には届かない」

「ハイセ……」


 ハイセは、そのままサーシャの脇を通り抜けようとした。が……サーシャが袖を掴む。


「すまなかった……ずっと、怖かったんだ」

「…………」

「お前を追放することが、お前のためになると思った。私とお前の夢を私が叶えれば、お前はきっと理解してくれると思ったんだ……」

「意味がない」

「え……?」

「俺とお前の夢なのに、お前だけで叶えて何になる? それは……お前の夢なんだよ。俺を言い訳に使うんじゃねぇ」

「…………」

「俺の夢は、俺一人で最強になる。お前みたいに、弱者を切り捨てたりしない……切り捨てるくらいなら、最初からいない方がいい」

「……っ」


 サーシャの眼から、涙がこぼれた。

 ハイセは止まらなかった。


「どんな理由があろうと、サーシャ……お前は、俺を捨てたんだ。俺との夢を捨てたんだ。忘れるな……お前が最強のチームを目指すのは、お前の遺志だ。そこに俺はいない。俺の席は……ないんだよ」

「……ぅっ」

「S級冒険者、昇格おめでとう。じゃあな」

「ぁ……」


 ハイセの袖から、手が離れた。

 だが、サーシャは再び袖を掴む。離せばもうつかめない。そんな気がしたから。


「なんだよ。はっ……まさか、夜の相手でもしてくれんのか? S級冒険者『銀の戦乙女ブリュンヒルデ』様がよ」

「……お前が、望むなら」

「……これ以上、失望させんな。今のお前……本当に、カッコ悪いぞ」


 サーシャの手を振りほどき、ハイセは闇に消えた。


 ◇◇◇◇◇◇


 宿に戻ったハイセは、礼服を脱いでベッドに転がった。

 ギシギシと嫌な音が響くが、客は相変わらず自分だけなので問題ない。


「……カッコ悪い、か。はは、俺もじゃん……俺も、ただのガキだ」


 もう、戻れない。

 ただの幼馴染ではない。互いに、S級冒険者なのだ。

 ハイセは眼帯を外し、そっと皮膚に触れる。


「……万年光月草、明日行くか」


 霊峰ガガジアは、王都から東にある森の国が入口だ。

 東の国までの行き方を頭の中で確認し、ハイセは眠りについた。

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