過去③

 ───ハイセが、『シロツメの花』の採取に出る数日前。


 ハイセは、スラム街近くのボロ宿の部屋で、カバンに入っていた『古文書』を開いていた。

 何が書かれているかはわからない。だが、なんとなく気になったのだ。

 誰かの持ち物なのだろうが、ハイセは手放せなかった。


「うーん……なんだろう、この字。それに……この、図形」


 妙な図形だった。

 細長く、筒のような、変なバネのようなモノが書かれている。

 そして、理解できない文字。

『意味不明』という点で、ハイセの『能力』とどこか共通しているような気がした。

 

「まぁ、いいか。少しずつ、解読してみよう。もしかしたら……ぼくの『能力』が目覚めるきっかけになるかもしれないし」


 ハイセは本を閉じ、カバンに入れた。

 そして、部屋に置いてある大きな籠を背負い、苦労して買った銅の剣を腰に差す。

 一階に降りると、オーナーの老人がジロっと見た。


「じゃ、行ってきます」

「…………」


 完全無視。だが、ハイセはこの老人が嫌いではなかった。

 冒険者ギルドに入ると、ハイセは注目された。


「あいつ、元『セイクリッド』の」「追放されたやつだ」

「今は薬草採取専門だとよ」「あいつ、捨てられたらしいぜ」

「まだ冒険者やってんのかよ」


 ヒソヒソ言われるのも、もう慣れた。

 薬草採取の依頼を受け、近場の森へ向かう。

 午前は薬草採取。午後は、王都郊外にある、初心者向けの『ダンジョン』で鍛えるのが、ハイセの日常だった。

 薬草採取が終わり、午後になりダンジョンへ。

 本来は、チームでダンジョンに入るのが普通だ。が……『セイクリッド』を追放されたと噂になっているハイセと組む冒険者は、誰もいなかった。

 ハイセは、いつも通りソロでダンジョン内へ。

 一階層に出現する最弱魔獣の『ゴブリン』を、かろうじて討伐できる実力のハイセ。

 ゴブリンの棍棒で叩かれたりするのにも、もう慣れた。


「いてて……」


 今日も、棍棒で何発か叩かれた。が……今日一日で、ゴブリンを二十体倒せた。

 最高記録に、ハイセは一人笑う。


「強くなってる」


 昨日の自分より、確実に。

 堅実な一歩こそ、最高な最強へ続く第一歩だと、ハイセは思っていた。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 ハイセはいつも通り、薬草採取を終えてギルドへ報告しに行くと。


「あ───」


 ギルドから出てきたサーシャたちと、鉢合わせしてしまった。

 話すことはない。正直……追放前に言ったことを、謝りたかった。

 でも、もうサーシャたちは、ハイセが気安く話しかけていい存在じゃない。

 なので、一礼してその場を去ろうとした。


「ハイセ、聞け」

「…………」

「ここから西、オハーラ王国へ行く途中に、小さな沼地がある。そこに、回復薬の材料である『シロツメの花』の群生地があった……まだ、誰も知らない場所だ」

「え……」

「それだけだ。じゃ……」


 サーシャが、どこか恥ずかしそうに言った。

 いつものクールな表情だったが、昔から一緒に過ごしたハイセにはわかった。

 サーシャは、いつものサーシャだった。


「…………」


 ハイセは少し嬉しくなり、やや速足でギルド内へ入って行く。


 ◇◇◇◇◇◇


 数日後。

 ハイセは、薬草採取に出掛けようといつもの森へ行こうとして、サーシャの言葉を思い出した。


「オハーラ王国に行く途中の、小さな沼地かぁ」


 シロツメの花の、群生地。

 シロツメの花は回復薬の素材の中で、もっとも高価なものだ。

 たくさん摘んで売れば、いいお金になる。

 新しい銅の剣……いや、鉄の剣を買うチャンスかもしれない。

 少し遠いが、ハイセは行くことにした。たまには一日中、薬草採取も悪くない。

 

「よし、行こう」


 昼食のパンを買い、ハイセは出かけた。

 オハーラ王国に行く街道はやや複雑だが、地図があるので迷うことはない。

 半日ほど歩き、ようやく見えた。

 小さな森に囲まれた、小さな沼地だ。ハイセは、迷うことなく進む。


「おお……!! 確かに、これは」


 シロツメの花が、咲き乱れていた。

 ハイセは、根を傷付けないように花を採取する。根を残しておけば、シロツメの花はまた生えてくる。

 

「へへ……ありがとうな、サーシャ」


 今はもう、住む世界は違うけど……お礼くらいは言ってもいいかもしれない。

 最近は、ハイセに関する嫌な噂も増えてきたが、そんなこと気にならないくらい順調だった。

 だから───完全に、予想外だった。


「……あれ? 夜?」


 急に、暗くなった。

 空を見上げると───真っ黒な『何か』が、ハイセの前。沼地に落ちて来た。


「えっ……」

『グォルルルルルルル……ッ!!』


 それは、全長三十メートルはありそうな、『ドラゴン』だった。二足歩行で、長い腕、長い首、短い脚の、鈍足そうな人型のドラゴンだ。

 この沼地は……ドラゴンの、水浴び場だったのだ。

 当然、ハイセはそんなこと知らない。


「ぁ、ぁ……」

『グルガァァァァ!!』

「っぎ」


 ネコが毛虫にじゃれつくように、漆黒のドラゴンの手が、ハイセに触れようとした。

 たまたま、泥で滑ってハイセは転んだ───が、ほんのわずかに、爪が触れた。

 爪が、ハイセの右目を引き裂いた。


「っぎ、ヤァァァァァァァァ───ッッッ!?」


 大量に出血した。

 そして、倒れたハイセに向かって、ドラゴンが尻尾でハイセを弾き飛ばしたのだ。


「グぶぇっ!?」


 高速で弾き飛ばされ、木に激突する。

 信じられない量の血が口から吐き出され、視界が真っ赤に染まった。

 何が起きたのか、死にかけたことで逆に意識がはっきりしていた。

 わかったのは、ここがドラゴンの水浴び場ということ。


「……で」


 なんで?

 どうして、サーシャはこんなところを紹介した?

 ドラゴンの水浴び場と、知っていたのか?

 

『グルルルル……ッ!!』

「…………」


 死ぬ。

 何もできないまま、冒険者としてではなく、ただの餌として。

 手も、足も動かない。頭だけが妙にはっきりしていた。

 思い出すのは、『セイクリッド』とのこと。

 そして、妙なこと。


『ハイセのやつさ、セイクリッドの汚点みたいなモンだろ? サーシャたちも疎んでるんじゃねぇか?』


 誰かが、そんなことを言っていた。

 まさか、知っていたのか。


「……だ」


 嫌だ。

 死にたくない。

 ハイセは、血の涙を流した。

 ドラゴンが迫って来る。大きな口からはヨダレが垂れていた。

 食われる。だが、どうすればいい?

 戦う。剣はいつの間にか折れていた。何ができる?

 ───能力。


「…………」


 ハイセは、初めて能力を得た日のことを思い出した。


 ◇◇◇◇◇◇


「サーシャさんが授かりし能力は……『ソードマスター』です!!」


 能力。

 世界人口の四割が持つ、特異な力。

 十二歳の日に『覚醒』する者と、しない者に分かれ、ハイセとサーシャは授かった。

 能力は、十二歳になると『受け取れる』のだ。自分に能力があるとはわかるが、どんな能力なのかは冒険者ギルドにある『能力確認の書』という魔道具でないと、わからない。

 能力を持つ者が、『能力確認の書』を開くと、その能力が何なのかわかる。

 サーシャは、喜んだ。


「ソード、マスター……っ!! やったあ!! ハイセ、私……マスター系の能力だよっ!!」

「うん!! おめでとう、サーシャ!!」


 マスター系の能力は貴重だ。

 S級冒険者の多くも、マスター系能力を所持している。

 そして、ハイセの番。


「ハイセさんの能力は───……」


 ハイセも、マスター系能力。

 だが……その詳細は、冒険者ギルドの誰も、S級冒険者でもわからなかった。

 能力を得たのに、使い方がわからない。

 ハイセは、一般人と変わらない身体能力で、冒険者となった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ドラゴンに引き裂かれたハイセ。

 意識ははっきりしていたのだが、無性に眠くなってきた。

 瞼が重い。

 寝たら、もう起きれない。


「…………??」


 ふと、視界に入ったのは───……血で濡れた、ハイセの古文書。

 ペラペラとページがめくれ、血で濡れた文字が見えた。

 そして気付く。

 そこに書いてある文字が、なぜか読めた。


「………………ゃ」


 残った力を全て注ぎ込み、震える手で右手を上げる。

 すると───ハイセの右手に莫大な『力』が集まり、形となり、この世に現れる。

 それは、妙な形の『筒』だった。


『ゴガァァァァァァァッ!!』


 大きな口を開けたドラゴン。

 ハイセは残った力を全て注ぎ込み───……引金を引いた・・・・・・


 ◇◇◇◇◇◇


 ハイセの能力が、『能力確認の書』に表示された。


『あの、これ……なんていう意味ですか?』

『え、ええと……ま、マスター系の能力なのは、間違いないんですけど』

『でも、聞いたことないです。サーシャ、知ってる?』

『わ、わからないけど……』

『あの、ギルドマスターを呼んできました!!』

『どれどれ……ふうむ?』


 ガイストは、首を傾げながら言った。


『うえぽん、マスター……? ふむ、うえぽん、とは?』

『ギルドマスターにもわからないのですか?』

『ううむ……よし、知り合いのS級にも確認してみよう』


 ハイセの能力は、『うえぽんマスター』

 ソードでも、ランスでも、アローでもない。

 『うえぽん』の意味を、誰も理解できなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ハイセの手にある『筒』から発射されたのは、爆弾だった。

 とてつもない速度で発射された『爆弾』が、ドラゴンの口の中に侵入し、喉の辺りで大爆発を起こす。すると、ドラゴンの首が千切れ飛び、ハイセの前に転がった。

 能力を真に理解したハイセには、力がみなぎっていた。

 立ち上がり、古文書を手に取り……自身の手にある『筒』を見る。


「これが、の能力……『武器ウェポンマスター』」


 古文書には、こう書かれていた。

 能力を理解したせいなのか、ハイセにも読むことができるようになっていた。


「異世界の、武器」


 M79擲弾発射器グレネードランチャー

 ハイセの力で生み出された、《異世界》の武器。

 ハイセが作ったせいなのか、本来の威力よりも高性能だった。

 そして、役目を終えたのか、ガラスのように砕け散り、チリも残らなかった。


「…………生きている」


 ハイセは、生きている。

 同時に───……ふつふつと、怒りが込み上げてきた。


「く、ははは……あはははは、あはははははっ!!」


 笑いが止まらなかった。

 ハイセは、生きているのだ。


「残念だったな」


 勘違いかもしれない。でも……今は、思わずにはいられない。

 ハイセは、騙されたのだ。

 サーシャのくれた情報で、死にかけたのだ。

 

「許さない」


 もう、信じない。

 仲間なんて、必要ない。

 この日、ハイセは死んだ。

 右目を失い、闇の化身となり誕生した。

 後に、驚異的な速度で実績を積み重ねていく、『闇の化身ダークストーカー』の誕生だった。

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