過去②
「い、今……なんて?」
「聞こえなかったのか? ハイセ、お前にはチームを抜けてもらう」
「さ、サーシャ……わ、悪い冗談はよしてよ、ぼくが、チームを……クビだなんて」
「……冗談に聞こえるのか? 悪いが、本当だ。ハイセ、お前はもう、このチームに相応しくないんだよ」
「そ、そんな……」
「この『セイクリッド』は、もうすぐA級チームに昇格する。そうなれば、高位ダンジョンにも挑戦できる……ハイセ、今のお前では足手まといだ」
「…………サーシャ、忘れたの? ぼくと一緒に、最強のチームを作るって……」
「忘れてはいない。だが、お前ではもう無理だ。私は、私のチームで最強を目指す。そこに、お前の席はない」
「…………っ」
クインナーガを討伐し、ギルドに報告した後。
『セイクリッド』が借りている宿の酒場にて緊急会議が開かれ、ハイセの追放が宣言された。
サーシャは、金貨のたっぷり入った袋をテーブルに置く。
「これを持って、故郷へ帰るんだ」
「…………」
「ハイセ。お前は……冒険者には、なれないよ」
「ッッッ!!」
初めて───ハイセは、サーシャを憎んだ。
共に過ごし、約束を交わし、冒険者として修行し、『能力』を授かった……だが、『ソードマスター』を得たサーシャと違い、ハイセの能力は冒険者たちにも、ガイストにも、ギルドの『能力辞典』にも載っていないスキルだった。
何の役にも立たない能力と認定され、ハイセは荷物持ちしかできない状況が続いている。
「ま、追放ね。当然でしょ」
「ピアソラ……」
ピアソラは、ハイセを嫌っていた。
サーシャを愛していたピアソラにとって、ハイセの存在は目障りだったのである。
「…………すまない、ハイセ」
「タイクーン……」
「ボクは、キミの能力が本当の意味で開花する日が来ると思う。でも……その前に、キミは死ぬかもしれない。わかってくれ、きみは、今の『セイクリッド』に相応しくない」
「…………っ」
タイクーンは、一度だけハイセの追放に反対した。
が……実力が伴っていないのは事実。だから、最終的には追放に賛成した。
「…………すまねぇ、ハイセ」
「レイノルド……」
「故郷に帰って休みな。オレたちの名が、お前の故郷にとどろくよう頑張るからよ」
「なんだよ、それ……そこに、ぼくの居場所は、ないの?」
「ああ。ない」
「っ……」
レイノルドは、きっぱり言った。
ハイセは俯き、言ってしまう。
「……ぼくがいなくなれば、レイノルドは嬉しいよね」
「あ?」
「レイノルド……ぼくのこと、本当は嫌いだもんね」
「な、何ぃ?」
「だって、レイノルドは───きっと」
サーシャを見ると、ロビンが叫んだ。
「やっぱり、あたしは反対!! ハイセだって頑張ってるし、追放なんて……」
「ロビン……」
「ね、ハイセの能力だって『マスター級』なんだよ? 名前しかわからないけど、きっと」
「だから!! その能力がわかる前に、ハイセが死んじまうかもしれねぇんだぞ!? それに……これから先の戦いは、ダンジョンは、もっと厳しくなる。ハイセには無理なんだよ!!」
「れ、レイノルド……」
レイノルドは、あえて悪人になろうとした……ハイセが『余計なこと』を言う前に。
「ああそうだ。ハイセ、オレはお前が嫌いだね。いつも金魚のフンみてぇにくっついてくるお前のことが大嫌いだね!! 故郷に戻って畑でも耕してろ!!」
「レイノルド……!!」
タイクーンが諫めるが、すぐにハイセを見た。
「ハイセ。これはもう決定事項だ。きみは、この『セイクリッド』に必要ない」
「っ」
「ばいばぁ~いっ」
ピアソラが笑顔で手を振った。
そして、サーシャが言う。
「これが最後だ、ハイセ」
「さ、サーシャ……」
「お前は、この『セイクリッド』に必要ない……お前を、追放する」
「…………」
ハイセは俯き、踵を返す。
「ハイセ、餞別を」
「いらない」
「だが」
「いらないって言ってんだろ!!」
タイクーンが差し出した袋を叩き落す。
その眼には、涙があふれていた。
「いいさ、辞めてやる。でも……ぼくは諦めない。サーシャみたいに、弱者を切り捨てて高みに登ろうとする冒険者になんか絶対にならない!! ぼくは……絶対に、諦めないからな!!」
「ぁ……」
サーシャが手を伸ばそうとしたが、ハイセはそのまま部屋を出て、宿を出て行った。
残されたサーシャは、伸ばしかけた手を下ろす。
「弱者を切り捨て、高みに登ろうとする、か……」
「気にすんな……あいつは、いろんなモンが混ざり合って、グチャグチャになってるだけだ。一晩もあれば頭も冷えて、故郷に帰るだろうさ」
「…………ああ」
数日後、ハイセはたった一人で冒険者を始めた。
『セイクリッド』はチーム等級がAに昇格し、より高難易度のダンジョンに挑戦したり、依頼を受けるようになり、S級冒険者が率いる『四大クラン』が注目するようになった。
そんなある日のことだった。
サーシャたちは、依頼でハイベルク王国から西方にある砂漠の国オハーラへ向かい、その帰りに、ハイベルグ王国からほど近い場所にある沼地に、回復薬の材料である『シロツメの花』の群生地がある場所を教えてもらった。
帰りの馬車で、サーシャは言う。
「シロツメの花か……回復薬の材料」
「おい、そんなの聞いてどうするんだよ」
「…………ハイセに、教えてやろうと思ってな」
「おま、まだ気にしてたのかよ」
レイノルドが呆れていた。
現在ハイセはD級冒険者。薬草採取をしながら生計を立て、低難易度のダンジョンに挑戦しながら腕を磨いているらしい。
相変わらず、能力の詳細はわからないとか。
ピアソラが、つまらなそうに言う。
「頑張ってるけど、ねぇ? サーシャも、あんなやつのこと忘れちゃえばいいじゃん」
「…………そう、だな」
「…………はぁ」
「ロビン、キミもまだ気にしているのか?」
「別にぃ」
ロビンとハイセは仲が良かった。
追放から二ヵ月以上経過しているが、未だにロビンは引きずっていた。
「教えるくらいならいいだろう? 手を貸すわけじゃないし……」
「やれやれ、好きにすればいい」
「だな。まぁ……少しでも、あいつの助けになるなら、な」
「くっだらなぁい」
「……ハイセ、喜ぶかなぁ?」
これが、ハイセの運命を変え、チーム『セイクリッド』との仲を決定的に引き裂くことになる。
◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルドに行くと、熱烈な歓迎を浴びたチーム『セイクリッド』たち。
「おお!! チーム『セイクリッド』だ!!」
「オハーラ王国の依頼だってよ!!」「他国から依頼とかすげえ」
「普通、S級が依頼されるよな」「やっぱすげえ!!」
歓迎を受け、ギルドマスターのガイストに報告。
用事が終わり、ギルドを出ようとすると……背負っていたカゴいっぱいに薬草を詰めた、ハイセと鉢合わせした。
「あ……」
「ハイセ……」
幼馴染同士の、約二ヵ月ぶりの再会だ。
片方は、A級冒険者にしてチーム『セイクリッド』のリーダー、王都で最も期待されている十四歳の少女。もう一人は、薄汚れた格好に、大きな籠いっぱいに薬草をつめ、古ぼけた剣を腰に差す十四歳の少年。
幼馴染同士といっても、誰も信じないだろう。
ハイセは俯き、軽く頭を下げて通り過ぎようとした。
「ハイセ、聞け」
「…………」
「ここから西、オハーラ王国へ行く途中に、小さな沼地がある。そこに、回復薬の材料である『シロツメの花』の群生地があった……まだ、誰も知らない場所だ」
「え……」
「それだけだ。じゃ……」
それだけ言い、サーシャたちは去った。
レイノルドが軽く肩を叩き、ピアソラがあっかんべーと舌を出し、ロビンが「またね」と声をかけ、タイクーンが眼鏡を上げて苦笑する。
追放から二ヵ月……さすがのハイセも、頭が冷えていた。
追放直後は、頭に血が上って冷静ではなかった。
だが……本当に、サーシャたちは本当に、ハイセの身を案じての言葉だったとしたら?
そして今、諦めずに頑張るハイセを評価し、今の情報をくれたのではないのか?
「…………サーシャ」
もしかしたら───サーシャは、今でも。
◇◇◇◇◇◇
数日後。
サーシャたち『セイクリッド』は、ギルドマスターに呼ばれた。
今回はサーシャではない。レイノルドとピアソラのA級昇格が決まったのだ。
ガイストは、嬉しそうに言う。
「本当に、お前たちは誇らしいよ」
「ありがとうございます、ギルドマスター」
「ふ……お前は本当に謙虚だな、サーシャ。ところで、ハイセは……」
「ハイセは、今日も薬草採取でしょう。空いた時間でダンジョンに挑戦して鍛えているようですし」
「そうか……その、実は最近、ハイセについてよくない噂があってな」
「……よくない噂?」
サーシャが眉をひそめる。ガイストは続けた。
「再び、お前たちのチームに返り咲くつもりじゃないか、とな。ハイセが冒険者をやめずに食らいついていることを茶化す連中も多くいる。噂が噂を広げ、あいつの評判を落とすような噂が広まっている。そこに……お前たちが、ハイセを貶めたような内容の噂もな」
「なっ……」
ハイセが戻ることを、サーシャたちが良しとしない。そんな噂が広がっているとか。
「馬鹿馬鹿しい」
サーシャは斬って捨てた。
「私たちが、ハイセを馬鹿にしたり、貶めたりするとでも?」
「そういう噂だ。お前たちが有名になればなるほど、元チームメンバーのあいつはやっかみを受ける。お前たちの活躍が嬉しくない連中も、一定数はいるからな」
「……っ」
「それに、お前たちがそんなことをする連中じゃないと、私は知っているよ」
ガイストは笑う。
サーシャは嬉しそうに微笑んだ。ガイストはサーシャにとって、頼れる父親のような存在でもある。
ピアソラは退屈そうに欠伸し、レイノルドとタイクーンは黙り込む。ロビンはウンウン頷いていた。
「ハイセとは、最近どうなんだ?」
「……会話はありませんが、薬草採取にいい場所を見つけたので、伝えておきました」
「そうか。お前なりに、心配しているんだな」
「はい。幼馴染なので……」
サーシャは笑った。
「薬草採取にいい場所か。ところで、そこはどこだ?」
「オハーラ王国に行く途中にあった、小さな沼地です。帰る途中、薬草が群生しているのが見えて」
「…………何?」
と、ガイストの顔色が変わった。
「確かなのか?」
「え? え、ええ……馬車から覗いただけですけど、あれは間違いなく『シロツメの花』でした」
「……ハイセは、薬草採取に行ったのか?」
「は、はい……」
「───ッ」
ガイストは立ち上がった。
表情がこわばり、顔を押さえる。
「そうか、お前たちはオハーラ王国に……クソ、このままじゃまずい」
「あ、あの……ギルドマスター? 何が「た、大変だぁ!! ギルドマスター、ギルドマスター!!」
と、ギルドマスターの部屋に、冒険者が飛び込んで来た。
「し、した!! 下に来てくれ、とんでもねぇことになった!!」
「くっ……わかった、すぐ行く。サーシャ、お前たちも来い」
「え、あ……はい」
全員で下に降りると───むせ返るような血の匂いがした。
冒険者ギルド一階は、受付カウンターと冒険者たちの休憩スペースが設けてあるので広い。入口も、混雑しないように大きく設計されている。
だが、今は───入口が大量の血で汚れ、何かを引きずったような跡が残っている。
そして、冒険者ギルドの中央に、『それ』があった。
「こ、これは……」
漆黒の表皮、爆発したように千切れ飛んだクビと、転がっている頭。
それは───災害級危険種、SS+レートの魔獣、『ブラックエンシェント・ドラゴン』の死骸だった。
そして、ブラックエンシェント・ドラゴンの死骸にもたれかかるのは。
「は……ハイセ!?」
サーシャが叫ぶ。
そこにいたのは、ボロボロのハイセだった。
思わずかけよるサーシャだが、殺意を込めた目でハイセに睨まれる……よく見ると、顔が引き裂かれたようで、右目が完全につぶれていた。
「サーシャ……そんなに、ぼくが……
「え……」
重症だった。
身体中、ドラゴンの爪で引き裂かれたようだ。
大量出血しているが、目だけがギラギラしている。
「残念だったな、俺は生きてるぞ……見ろ!! 俺が、このドラゴンを倒した!! 俺がそんなに邪魔か!? 俺は……お前が少しでも認めてくれたのかと、嬉しかったのに……お前のことを、もう一度信じようと思ったのに!!」
「な、なに……?」
「俺は生きてる。そして、もうわかった……お前らはクソだ。お前らだけじゃない。もう、俺は誰も信じない!! 俺は、俺の力だけで、最強になってやる!! サーシャ……お前は、おまえ、は……」
ハイセは、気を失った。
サーシャは、ただ震えるだけだった。
理由はわからない。でも……ハイセがこれほど殺意を向ける理由が、間違いなくサーシャにはあった。
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