過去①

 ───数年前。


 ◇◇◇◇◇


「はぁ、はぁ、はぁ───……」

「おいおいハイセ、大丈夫か?」


 レイノルドに肩を叩かれ、ハイセは苦笑いで答えた。

 仲間たち全員の、三泊ぶんの荷物だ。それを一人で背負うハイセは、汗びっしょりで、足もガクガク震えていたが、決して止まらない。

 だが、チームリーダーのサーシャは、ハイセを見てため息を吐いた。


「ここで休憩する。出発は三十分後だ」

「さ、サーシャ!! ぼくはまだ大丈夫」

「そうは見えない。まだまだ先は長いんだ、休んでおけ」

「でも」

「お前が倒れたら、誰がその荷物を持つ? 私か? レイノルドか? タイクーンか? ロビンか? ピアソラか? 戦闘員である私たちが荷物を持ち、疲労するわけにはいかないんだ」

「……」

「ぷくく。荷物持ちしかできないんだから、言うことくらい聞きなさいよ」


 ピアソラが馬鹿にしたように笑う。そのピアソラを押しのけ、ロビンが来た。


「ね、あたしも荷物持つよ。サーシャ、いいよね」

「駄目だ。狙撃手であるお前の腕に余計な負担はかけられない。今回の討伐は、私たちの昇格がかかった重要な依頼だ」

「でもぉ」

「駄目だ」

「……ありがとうロビン。ぼくは大丈夫だから」

「ハイセ……」

「……早く休め」


 そう言い、サーシャはどっかり座った。

 サーシャ。十四歳。冒険者として活動を始めて約二年。能力を覚醒させてから、S級冒険者にしてギルドマスターのガイストの師事を受け大きく成長。

 個人ではすでにA級冒険者。チーム『セイクリッド』はB級チームとして、王都で注目されていた。


「ま、ゆっくり休もうぜ。ほらハイセ、荷物下ろせって」

「あ、ありがとう……」


 レイノルド。

 A級冒険者にして優秀なガードナー。『エンシェント』の副リーダーであり、ハイセの兄貴分だ。

 そして、魔法使いのタイクーンと、狙撃手のロビン、回復術師のピアソ、荷物持ちのハイセを入れた六人が、チーム『エンシェント』である。

 ハイセは、申し訳なさそうに言う。


「……ごめん、レイノルド。ぼくの『能力』がどんなものかわかれば、みんなの役に立てるのに」

「気にすんなって。それに、詳細はわからねーけど、お前の『能力』もレアなのは間違いねぇんだ。いつかわかるときがくるさ」

「……うん」

「レイノルドは優しいわねぇ。ま、それまでハイセが生きていられれば、だけど」

「おいピアソラ、言っていいことと悪いことがあるぞ」


 レイノルドがピアソラを睨む。ピアソラは舌を出し「ごめーん」と謝った。


「……」

「気にすんな。それより、しっかり休んどけ」

「……うん」


 レイノルドはハイセから離れ、サーシャの元へ。


「……サーシャ」

「レイノルド。ハイセの様子は?」

「だいぶ疲れてんな。まぁ、意地はあるから何とかなると思うが」

「…………」

「……やっぱ、決めたのか?」

「ああ」


 サーシャは、荷物にもたれかかり熟睡するハイセを見た。


「あいつは、もう私たちについて来れない。チームから抜けてもらうしかない」

「……いいのか? お前の、幼馴染だぞ」

「いいんだ。たとえ恨まれようと、ハイセが死ぬところなんて見たくない」


 サーシャは、顔を赤らめてそっぽ向く。

 想っているのがすぐにわかった。レイノルドは、胸の痛みを無視して言う。


「タイクーンたちは?」

「……ピアソラは賛成、タイクーンは賛成していたが内心納得していない。ロビンは……反対だ」

「……あいつ、ハイセに懐いてるからな」

「…………」

「本当に、いいんだな?」

「ああ。この依頼が終わったら、ハイセを追放する」


 ◇◇◇◇◇


 翌日。

 サーシャたちがやってきたのは、討伐レートAの魔獣、『クインナーガ』の巣。

 クインナーガは、女王を筆頭に、オスが大漁に群がりコロニーを形成する。オスの強さはDレート程度だが、女王はAレートの強さを持つ。

 今回、巣の殲滅がサーシャたちの依頼だった。

 巣の近くで、レイノルドたちは打ち合わせをする。


「作戦は単純。私が突っ込んでオスとメスを殺す。タイクーンとロビンは援護、レイノルドは後衛の守りで、余裕があれば参戦。ピアソラは回復役として待機」

「ぼ、ぼくは……」

「待機だ。何もできないだろう?」

「っ」

「では、作戦開始……タイクーン」

「了解」


 タイクーンは杖を取り出し、サーシャに向ける。


「『速度上昇ウルク』、『攻撃力上昇メガルガ』」


 支援魔法。

 タイクーンの能力は『賢者』であり、支援魔法と攻撃魔法を得意とする魔法使いだ。

 

「では、行ってくる」


 ドン!! と、地面を蹴って走り出すサーシャは、ほんの数秒で『巣』に到着。

 門番として立っていた二足歩行の蜥蜴のような『ナーガ』を容易く両断。巣の中心に躍り出た。


『ギッ!?』『ギィィ!?』『ギャウゥ!!』


 ナーガたちが一斉に騒ぎ出し、奥の台座に寝転んでいた女王もムクリと起き上がる。


「悪いが───お前たちは、ここで滅びる」


 サーシャが剣を構えると、淡い銀色の『闘気』が身体を包み込む。

 能力『ソードマスター』……刀剣において最強の能力。剣を持つと、圧倒的な身体能力と剣技を手に入れることが可能で、サーシャは『闘気』を身に纏う技を手に入れていた。

 タイクーンの支援魔法、ロビンの援護でナーガたちは次々と斬り伏せられていく。

 潜んでいたナーガたちがタイクーンたちの元へ向かってくるが、両手に異なるサイズの盾を装備したレイノルドが突進で吹き飛ばした。


「『シールドブレイク』!!」


 レイノルドの能力は『シールドマスター』

 盾職最高の能力であり、将来はS級冒険者に期待されている。

 マスター系能力の使い手が二人いる。これが、『セイクリッド』が期待されている理由だ。


「……ぼくも」


 ハイセの能力。

 能力は間違いなく覚醒している……が、『詳細不明』な能力だ。

 なので、使い方がわからない。何もできず、守られているだけ。

 それが歯がゆく───悔しい。


「ちょっと、前に出過ぎですわよ!!」

「っ!!」


 レイノルドの近くまで来てしまったハイセ。

 すると、横から槍を構えたナーガが突っ込んできた。


「っ!!」

「しまっ……ハイセ!!」


 次の瞬間、ナーガの首が斬り飛ばされた。

 サーシャが斬った。そして、叫ぶ。


「下がっていろ、この役立たずが!!」

「……っ」


 鬼のような形相で怒鳴られ、ハイセは震えながら下がった。


 ◇◇◇◇◇


 クインナーガを討伐し、素材の回収が始まった。

 血、内蔵、心臓部にある魔獣の『核』……回収できるものは、素材だけではない。


「おいこれ、人間だぜ……」

「……食料、だな」


 人骨が、大量にあった。

 クインナーガのいた台座の裏に、攫った人間の人骨や荷物が大漁にあったのだ。

 

「持てるだけ持ち、ギルドに届けよう……」

「え、素材は?」

「クインナーガの核だけで十分だ。それで討伐の証明になる。ピアソラ……頼む」

「はい」


 人骨の前で、ピアソラが祈りを捧げる。

 修道女でもあるピアソラの祈りは、死した者への慰めになる。

 人間の荷物を整理し始めると、ハイセが妙な本を見つけた。


「なんだ、これ……?」


 それは、古文書だろうか。

 手書きの、妙な図形が描かれた本だった。

 これも遺物だろうか。そう悩んでいると。


「ちょっと!! サボらないで荷物入れなさいよ!!」

「あ、ああ。ゴメン」


 ピアソラに言われ、ハイセは本を自分のカバンに入れた。

 後に、この本が……ハイセの人生を、大きく変えることになる。

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