ひとり
「ちょっとあなた、さっきのはどういうつもりですか!?」
さっさと終わるか、帰ってもいい雰囲気にならないかな。
そう思って一人で隠れるようにテラスにいたハイセは、先ほど同行を断った第二王女ミュアネに詰め寄られていた。
第二王女ミュアネ。十六歳。ハイセと同い年。
王女ということもあり、ハイセはやや面倒だったが相手をする。
「どう、とは」
「同行の件です。アタシ……じゃなくて、私が同行することに不満があるのかしら?」
「そういうわけではありません。俺は、一人で行きたいんです」
「矛盾!! それ矛盾です!!」
ビシッと指を突きつけるミュアネ。
めんどくさい……そう思いつつ、ハイセは言う。
「先ほども言いましたが、霊峰ガガジアは危険な場所です。仲間やチームのいない俺には、あなたを守りつつ進む自信がない」
「ご安心を。私の『能力』なら守ってもらう必要ございませんので。というか、もうあなたと一緒に行くことはありえませんので。私、サーシャのチームと共に行くので」
「そうですか」
「ええ」
「…………」
「…………」
「あの、まだ何か?」
「じゃなくて!! あなた、本当にそれだけが理由で断ったの!? いい? S級冒険者が陛下からの依頼を受けて、王族と共に依頼をこなすのは昔からのしきたりで」
「それなら、俺じゃない、もう一人のS級冒険者がいるでしょう」
「それはそうだけど……」
ムスッとするミュアネ。
子供っぽいな。そう思い、ハイセは頭を下げた。
「その代わり。『万年光月草』は必ず採取してきます」
「…………ええ」
「では、失礼します」
ハイセは、この流れで会場を出ようか悩んだが、意外な人物に声をかけられた。
結局テラスから出られない。退路を塞がれたような形になってしまった。
「ハイ───……待て、『
「……何か、『
サーシャと、その仲間たち。
今は、クレスも加わり、ミュアネがひょこっとクレスの腕を取っていた。
サーシャは言う。
「ミュアネ殿下は、我がチームでお預かりする」
「そうですか」
「その……」
サーシャは言い淀む。何を言うのか、ハイセは待つ。
だが、声を出したのはピアソラだった。
「まだソロでやっているんですか? あなた、そんなんじゃいつか死にますわよ?」
「そういうお前こそ、まだいたんだな」
「……はぁ?」
「弱者を切り捨て、強きを補充していくのがお前たちのやり方だろ。ピアソラ……お前みたいな弱者が、まだチームにいたなんてな」
「───あァ?」
ピアソラの顔が歪み、額に青筋が浮かぶ。
ミュアネが「ひっ」と声を出してしまうほど、怒りに歪んだ表情だった。
すると、タイクーンが眼鏡をくいっと上げる。
「相変わらず、きみは浅はかだね。物事の上辺しか見ていない。今となっては、きみをチームから追放したのは正解だったと思えるよ」
「それはどうも。おかげで俺も学べたよ。タイクーン、本だけじゃ得られない知識ってのをな」
「…………」
「お前とは趣味が合ったからな。懐かしいよ、好きな本のジャンルで語り合うのが」
「…………ふん」
そして、ロビン。
「ねえハイセ!! また一緒にやろうよ!!」
「おま、馬鹿!!」
レイノルドに止められるが、ロビンは止まらない。
「昔みたいに、一緒にやろうよ!! ハイセ、すっごい《能力》を身に付けたんでしょ? サーシャとハイセ、二人一緒なら、『禁忌六迷宮』だってクリアできるよ!!」
「無理だ」
「ハイセ……」
「俺は、死にたくないからな」
「っ」
サーシャが息を呑んだ。
そして、ハイセは右の眼帯にそっと触れる。
「例えば、ポーションの原材料の群生地を教えてもらって、意気揚々と出向いたら───危険地帯じゃないはずの場所に、たまたまドラゴンがいたとか、な」
「…………」
サーシャの顔が青くなり、震える。
「ずいぶんと前からドラゴンが住み着いていた場所だったそうだな。ギルドは秘匿していたようだけど……チームの汚点をこっそり消すために、親切な誰かが教えてくれた場所へ向かった『無能』が、まさか土壇場で『能力』に覚醒して、ドラゴンを八つ裂きにして戻ってくるとは「もういい、やめろ」
レイノルドが、サーシャを庇うように前に出た。
サーシャの肩を抱き、守るように。
「レイノルド。相変わらず立派な『
「もう黙れ。何度も言うが、お前を追放したのは、お前が弱かったからだ。なんの能力も持たないお前じゃ、オレたちに着いてこれないから追放したんだよ。その優しさを理解できないお前なんて、もうこのチームは必要としていない」
「あっそ」
そもそも───ハイセだってお断りだ。
罪悪感で震えて涙を流そうと、恨まれようと、懇願されようと。
もう、決めたのだ。
「俺は、もう仲間なんて信じないし、必要ない。たとえ死ぬことになっても、俺はその時まで生きる」
「……ハイセ」
サーシャは、ハイセを見た。
子供のころから一緒だった幼馴染。笑う顔が印象的だったが、もうその名残はない。
だが───ハイセは、笑った。
「サーシャ」
「っ!!」
「S級冒険者昇格、おめでとう。ぼくも。サーシャと同じS級冒険者になったよ」
「……ぁ」
「これからも、《夢》に向かって頑張ろう。ぼくも、頑張るからさ」
「……ハイ、セ」
そして、笑顔が消えた。
「お前は、お前の《最強》を目指せ。もう───俺の場所、ないもんな」
「……ッッ」
ハイセは笑い、背を向けた。
テラスから出ない。背を向け、サーシャたちを拒絶した。
もう、話すことはない……その背中は、語っていた。
◇◇◇◇◇
「…………はぁ」
サーシャたちがいなくなった後、ハイセは一人、テラスで空を見上げていた。
「…………」
思った以上に、興奮してしまった。
そして、過去を思い出してしまう。
自分が───サーシャたちの『セイクリッド』から、追放された日。
そして、決定的な『事件』が起きた日を。
「…………喉、乾いたな」
「ほら」
「───!」
いつの間にか、背後にガイストがいた。
手にはグラスを持ち、ハイセに差し出してくる。
それを受取り、一口飲んだ。
「懐かしいな」
「え?」
「あの日も……こんな夜だった」
「…………」
「お前が能力に覚醒し、その眼を失った日……」
「…………」
星は、眩く輝いていた。
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