S級冒険者

「い、今……なんて?」

「聞こえなかったのか? ハイセ、お前にはチームを抜けてもらう」

「さ、サーシャ……わ、悪い冗談はよしてよ、ぼくが、チームを……クビだなんて」

「……冗談に聞こえるのか? 悪いが、本当だ。ハイセ、お前はもう、このチームに相応しくないんだよ」

「そ、そんな……」

「この『エンシェント』は、もうすぐA級チームに昇格する。そうなれば、高位ダンジョンにも挑戦できる……ハイセ、今のお前では足手まといだ」

「…………サーシャ、忘れたの? ぼくと一緒に、最強のチームを作るって……」

「忘れてはいない。だが、お前ではもう無理だ。私は、私のチームで最強を目指す。そこに、お前の席はない」

「…………っ」


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


「───…………っ」


 ハイベルク王国、王都リュゼン。

 スラム街からほど近い場所にある古びた宿屋の一番隅の部屋。

 そこが、S級冒険者に昇格した『黒の化身ダークストーカー』ハイセの住まいだった。

 粗末なベッドから降り、過去に討伐したSSレートの災害級危険種である魔獣『エンシェント・ブラックドラゴン』の表皮を加工して作った鎧にもなるコートを着る。

 一階に降りると、粗末なテーブルに朝食が用意してあった。

 宿のオーナーである初老の男性がジロリとハイセを見るが、ハイセはそれを無視して朝食を食べる。

 パン、スープ、サラダ、ベーコンエッグだけのシンプルな朝食なのだが、今日はカットしたオレンジが付いており、ハイセはほんの一瞬だけオーナーを見た。


「…………フン」


 鼻を小さく鳴らしただけだが、ハイセには伝わった。

 この男性は───ハイセの、S級への昇格を祝っている。

 もうずっと、ハイセはこの宿を使っている。

 誰も泊まらないような、ボロい宿屋。他人との接触を最低限にしたいハイセが選んだ宿で、オーナーも挨拶すらしない。 

 だが、この距離感がハイセには心地よい。

 オレンジを食べ、オーナーのいるカウンターに金貨を数枚置く。


「延長一ヵ月、朝食付きで」

「……はいよ」


 一ヵ月前も、同じやり取り。

 これを、もう二年近くも続けているが、今日は違った。


「……あんた、S級になったんだろ。こんなとこじゃなくて、もっといいとこ泊まればいいんじゃないか?」


 こんな長いセリフを聞いたのは初めてだった。

 ハイセも、無視してもよかったが応えた。


「ここだからいいんだよ。粗末なベッド、軋む廊下、曇った窓ガラス、全体的に古すぎていつ崩れてもおかしくない建物……誰も、こんなところにS級冒険者がいるなんて思わないだろうしな」

「…………そうかい」


 それだけ言い、オーナーは新聞を広げた。

 新聞の見出しには『銀の戦乙女、ついにS級冒険者に昇格。クラン加入希望殺到か』と書かれている。

 新聞に描かれているのは、美しい十六歳の少女。


「…………」


 ハイセは新聞から目を離し、宿を出た。


 ◇◇◇◇◇◇


 ハイセが向かったのは、冒険者ギルドだ。

 早朝のギルドは依頼掲示板の前に冒険者たちが集まるため人が殺到する。その喧騒が大嫌いなハイセは、冒険者たちが依頼を受け終わった後、残った依頼を受ける。

 案の定、掲示板に残ったのは、最低ランクの仕事か、高難易度の仕事だった。

 

「…………ミスリルオーガ討伐か」


 達成難易度S級。

 討伐レートS+

 これは、A級冒険者チームが最低でも十チームいなければクリアは難しい難易度だ。だが、ハイセは依頼書を剥がし、受付へ。


「これを」

「はい。って……お、お一人ですか? あの、これはチーム「はい!! S級冒険者ハイセ様、確認致しました。お気を付けて!!」


 新人の受付を押しのけ、ベテラン受付がハイセの依頼書を受理した。

 ハイセは冒険者ギルドを出る。


「バカ!! あれはS級冒険者ハイセさんよ!? ソロでSSレートのエンシェント・ブラックドラゴンを討伐した、サーシャさんに匹敵する最凶冒険者なんだから!!」

「えええ!? でで、でも、あの人まだ子供……」

「子供だけど強いの!! わかるでしょ? 冒険者が持つ『能力』のこと!!」

「あ……」


 『能力』

 この世界の人間は、十二歳になると突如として『能力』に覚醒する場合がある。

 覚醒する人間の割合は実に四割。

 ほぼ全ての冒険者は『能力』に覚醒している。当然、ハイセも。

 

「覚えておきなさい……ハイセさんは、仲間やチームを嫌ってるの。あの人を仲間に誘った冒険者は全員、血の海に沈んでるから」

「えええええっ!?」

「S級冒険者だけど、クランとかチームを作ることなんて、考えていないんでしょうね……」

「でもでも、たまに入ってくる高難易度の依頼を処理してくれるのはありがたいかもですね」

「まぁね……怖いけど」

「あの人、すっごい怪我してましたね。右目とか見えるんですかね?」

「……それ、絶対に本人に言っちゃダメだからね」


 すると、冒険者ギルドの扉が開いた。

 キャーキャー騒いでいた新人受付嬢とベテラン受付嬢の会話がピタっと止まる。

 入ってきたのは、サーシャたち『エンシェント』の五人だった。


「全く……二日酔いとか、大馬鹿じゃないのか」

「あぁ~……悪かったって。ってかおめーも飲んでたじゃねぇか」

「あはは。ピアソラが解毒の魔法かけるの嫌がったせいで遅くなっちゃったんだよね。サーシャが今夜一緒に洗いっこするからって交換条件で治してもらったけどねぇ」


 タイクーン、レイノルド、ロビン。

 そして、その後ろにはサーシャと、サーシャの腕に抱きつくピアソラ。


「ふっふっふ。洗いっこ楽しみです~♪」

「……あ、ああ」

「それにしてもレイノルドのやつ、サーシャのS級冒険者初の依頼を受けに行くのに、二日酔いとか……もうクビ、クビです!!」

「まぁ待て。私も飲みすぎたしな、レイノルドだけの責任ではない」

「むぅ~……」


 と、サーシャが受付へ。

 新人受付嬢がカチカチに緊張していた。


「すまない。依頼を見せてもらうよ」

「は、はいぃ!! あ、でも……あんまり高難易度の依頼はないかもです」

「あれ? 昨日、難易度S級の依頼なかったっけ?」


 ロビンが聞くと、新人受付令嬢が笑顔で言った。


「ああ、それならさっき、S級のハイセさんが受けました。すごいですよねー、ソロでS+レートの魔獣を狩るとか!!……あれ?」


 ベテラン受付令嬢が青ざめていた。が……すでに遅い。

 サーシャが眼を細め、「そうか」とだけ呟いた。


「では、他に討伐依頼はないか?」

「えーと、ゴブリン退治、オークの群れ退治くらいですね。ダンジョン内の依頼は特にないです」

「では……ゴブリンとオークだな。二つまとめて受けよう」

「でもこれ、E級の難易度ですけど」

「かまわん。依頼があるということは、困っている人がいるということだ。では、これを」


 依頼を受理し、サーシャたちは出て行った。

 すると、ベテラン受付嬢が新人にタックルしてきた。


「あいだぁ!?」

「おばか!! いい? サーシャさんとハイセさんは、犬猿の仲なのよ!! 昔、ギルド内で大喧嘩して、今でも喧嘩してるって話なの!!」

「え、そ、そうなんですか?」

「だから、ハイセさんも、サーシャさんも、互いの話はなし!! いい!?」

「は、はい!!」


 新人受付嬢は、首が千切れんばかりに縦に振った。

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