ギルドマスター

 冒険者ギルド。

 ギルドマスターの部屋に呼ばれたハイセは、ソファに座って出された紅茶を飲んでいた。

 茶菓子はなく、紅茶だけ。だが、ハイセはそれで充分だ。長居するつもりはない。

 ハイセを呼んだギルドマスターは、「ふぅ」とため息を吐いた。


「ミスリルオーガを討伐したようだな」

「ええ、まあ」

「……討伐レートS+を、ソロで狩るか。全く、馬鹿というか」

「ガイストさん……そう言わないで下さいよ」


 ギルドマスター、ガイスト。

 S級冒険者、『武の極コンバット』の二つ名を持つ、徒手格闘技最強の一人と呼ばれる冒険者。

 本来、S級冒険者はクランを作るのが通例だ。

 だが、ガイストのようにクランを後継者に任せ、自分は冒険者ギルドのギルドマスターとなるS級冒険者も少なくない。というか、世界各国にある冒険者ギルドのギルドマスターは、全員がS級冒険者だ。

 ちなみに……ガイストは、ハイセの師でもある。

 すると、ギルドマスター室のドアがノックされ、ベテラン受付嬢が入ってきた。

 手には羊皮紙があり、ハイセに一礼して対面に座る。


「お待たせしました、ミスリルオーガの査定が終わりましたので、金額の内訳を」

「ああ」

「まず、心臓にある『核』ですが、著しく損傷していたため、本来なら金貨七百枚のところ二百枚に。内臓も同様に激しい損傷、血液はほぼ九割が損失。使える部分は両腕、両足、頭蓋骨部分のミスリル骨のみ。こちらが金貨四百枚となり、合計金貨六百枚となります」

「それでいい」


 金貨六百枚。

 金貨一枚で、平民なら三十日は何もせず暮らせる。

 だが、ガイストはため息を吐いた。


「ハイセ……もう少し、丁寧に倒せないのか?」

「俺の『能力』では厳しいって、ガイストさんは知ってるでしょ。ガイストさんの格闘術だったら、核を傷つけずに心臓だけ破壊できるだろうけど」

「全く、お前は口が減らんな」


 ガイストは苦笑。

 ベテラン受付嬢は箱型の『魔道具』をハイセの前へ置く。

 ハイセは冒険者の証である『冒険者カード』をかざすと、カードが一瞬だけ淡く輝いた。

 お金は全て『銀行』に預けられ、冒険者の証である『冒険者カード』を通して入金できる。不正使用できないよう、カードからお金を引き出せるのは本人だけという機能もある。


「入金完了しました。確認しますか?」

「いい。じゃ、今日は帰るよ」


 立ち上がるハイセ。だが、ガイストが止めた。

 

「待てハイセ。話しておくことがあった」

「えー……? 俺、腹減ったんだけど」

「すぐ終わる」


 ベテラン受付嬢が退室する。

 ガイストはソファに移動し、懐から一通の手紙を取り出した。


「……これは?」

「S級冒険者の認定式への招待状だ」

「……は? 認定式はやったじゃないか」

「それはギルドでの話だ。ギルドでは簡易的な、S級冒険者の認定とカードの更新だけ。この招待状は王家からだ」

「王家、って……ハイベルグ王国の、王家?」

「他にどこがある?」

「いや、何で王家が……S級冒険者の認定式を?」


 ガイストは招待状をハイセの前に置いた。


「かつて、ハイベルグ王国の初代国王は、冒険者という職業を制定し、自身は初のS級冒険者だったんだ。そこで、S級冒険者認定をされた者は、初代国王の祝福を受けるという形で、王家が認定式を行うことになっている」

「し、知らなかった……じゃあ、ガイストさんも?」

「ああ。私も、四十年ほど前に受けた」


 ガイストは五十八歳。つまり、十八の時に受けたと言うことだ。


「認定式を受けた後、王家がS級冒険者に依頼をする。その依頼を受けることで、本当にS級冒険者として認められたと言うことになる」

「王家が依頼?」

「ああ。S級冒険者に対する初の依頼、というところだな」

「でも俺、ミスリルオーガの討伐……」

「まあ気にするな。それと、ちゃんと礼服を着て行けよ」

「…………」

「馴染みの服屋を紹介してやる」

「さすがガイストさん、気が利くね」

「全く……」


 と、ガイストは付け加えた。


「ああ、同時期に昇格したサーシャも、認定式に出るぞ」


 そして───ハイセの表情が冷たくなる。

 ガイストは、重い溜息を吐いた。


「……まだ、許せんのか?」

「ええ、許すことはないですね」

「……何度も言っただろう? サーシャがお前を追放したのは、お前に死んで欲しくないという優しさからだと」

「優しければ、足手まといは必要ないとか、チームに相応しくないとか、言ってもいいんですかね?」

「本心なわけないだろう……」

「そうだとしても、俺を追放したことに変わりありません。それに───それだけじゃない。あいつは俺を……」

「…………」

「まあ……俺は、強くなるために弱い者を切り捨てるアイツのやり方、嫌いじゃないですよ。あいつはそうやって、これからも『最強のチーム』を目指すんでしょうね。そして、『禁忌六迷宮』に挑むんでしょう……」

「…………ハイセ」

「ガイストさん。俺は変わらないですよ。S級冒険者になっても、仲間なんて必要ない。俺はこれからも一人で最強を目指す……仲間なんて、信じられないからな」


 ハイセは立ち上がり、招待状を手に部屋を出た。

 ハイセが出た後、ガイストは大きなため息を吐いた。


「……全く、ガキだな」


 そう、子供だ。

 だが……サーシャがハイセを裏切り、とある『事件』が起き、二人の仲は決定的に砕け散った。

 同じ村出身の幼馴染。二人一緒に王都へ来て、十二歳で冒険者登録をして『能力』に覚醒。ガイストが戦い方を教え、十三歳で冒険者として本格的にデビューした。

 この日のことは、ガイストは鮮明に思い出せる。


「…………」


 ガイストは、もう何度目かわからないため息を吐いた。

 すると、ドアがノックされる。


「失礼します。ガイストさん、私に用事があると───」


 入ってきたのは、サーシャだった。

 銀に輝くロングヘア。翼をあしらった髪飾り、SSレートの災害級危険種、『シルバーレイ・ドラゴン』を討伐した素材で作った軽銀鎧を装備し、腰にはドラゴンの牙で鍛えた『銀龍聖剣シルバーレイ』が差してある。

 十六歳にしては大人びた雰囲気、そしてスタイルを持つ美少女だ。ガイストにとっては孫娘のような子が、S級冒険者に昇格したと聞いた時は、年甲斐もなく涙腺が緩んだことはナイショである。


「ああ。実は、S級冒険者の認定式のことで───」


 ガイストは、ハイセにした話と全く同じことを、サーシャに伝えた。


 ◇◇◇◇◇


「認定式ぃ?」

「ああ。S級冒険者の認定式が、王城で開催される。もちろん、チームメイトであるお前たちも招待されているぞ」

「ほんと!? ね、ね、パーティーある? おいしい料理とか!!」

「ロビン、意地汚いぞ」


 興奮するロビンに、タイクーンが眼鏡をくいッと上げながら言う。

 ロビンはムスッとするが、タイクーンは無視。


「ねぇねぇサーシャ、サーシャはドレス着るの?」

「ああ。正装らしいからな。まぁ、似合うとは思っていないが」

「馬鹿なこと言わないで!! サーシャがドレス似合わないとか、レイノルドが素っ裸で町を練り歩くことよりおかしなことよ!!」

「おいピアソラ……どういう例えだっつーの」


 レイノルドが抗議するが、ピアソラは完全無視。

 サーシャの腕に抱きつきながら、顔を近づけて言う。


「サーシャ、これからドレス買いに行きましょ!!」

「こ、これからか? だがもう夕方になるぞ」

「私の行きつけなら大丈夫!! ついでに私と、ロビンの分も!! 男どもはいらないわね」

「おい」「おい」

「さ、行きましょ!!」

「あ、ああ」


 ピアソラに引っ張られ、サーシャたちは洋装店へ向かうのだった。

 だが、サーシャの頭には……一つのことがあった。


『ああ、ハイセも一緒だ。その……喧嘩するなよ』


 ガイストが、どこか申し訳なさそうに言った言葉が、サーシャの頭にはあった。

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