第20話:動き出した世界
———side.???
「ふむ・・・、黒の三と五がやられたか。」
黒の三と五は何処に配置したんだったか。
「魔境に配置したのが三。五がどこかのダンジョンでしたね。」
実験体をどこに配置したのか思い出そうとしていると、その答えが部下から返ってきた。
「あぁ、そうだった。思い出した。三が魔境で五が魔境の深部にあった神の試練に送り込んだったな。五はさして期待してなかったが、三を送った魔境に奴を倒せる魔物はいたか?」
「いなかったと・・・あー・・・」
「どうした?」
「あ、いえっ、そういえばあの辺って特級魔術師がいたなぁと思いまして。」
「ふむ・・・?どの辺だ?」
私がそう問うと、部下は地図を取り出して説明を開始した。
「ソル王国とバガン帝国に挟まれてるこの部分ですね。どっちの国の特級かはわからないですけど。」
「あぁ、それなら多分ウォートですね。ここ数年”魔境の掃除”をしていたらしいですから」
今度はまた別の部下が教えてくれる。
「よりによって彼女か。いや、運がいいと言うべきか。どのように倒されたか気になるな。特に黒霧が機能しているかは見ておきたい。死体の回収は可能か?」
「ちょっと待ってくださいね~・・・魔力反応を見るに、ソル王国に死体が運び込まれているようです。」
「そうなると回収は厳しいか。クリムゾンとやりあうにはまだ早い。」
「尾影に情報収集させますか?どこまでわかるかは不明ですが。」
「そうだな。一応やっといてくれ。ただし、我々の足が付くようなことは絶対にするなよ。ようやく巡ってきたチャンスだ。ここを不意にすれば、次はいつになるかわからん。」
「はっ!心得ております!」
そして部下たちは各々の仕事に戻っていった。
「ふぅーー・・・美味しいなこれ。」
「おいポート。戦争はいつだ?待ちきれんぞ。」
俺が紅茶飲んでゆっくりしていると、
「お前は俺の話を聞いてなかったのか?仕掛けるのはあと3年後だと言っただろう。」
「おいおい、吸血鬼の王であり、かつて暴虐の限りを尽くした真祖の言葉とは思えんな。慎重が過ぎるんじゃねぇか?血が足りてないんじゃねぇか?」
「ふんっ、そんなのは過去の栄光にすぎん。それにどれだけ恐れられていようと、最終的に負けたんだよ俺らは。人間共は数多の屍を築きながらも、戦の中で俺らへの対策を講じて実行してきた。対して俺ら魔族はただ力のままに暴れただけだった。その結果があの敗北だ。だから俺はそれを反省し、こうして奴らへの対策を講じているのだ。お前とてそれは変わらないだろう?」
「あぁ、そうだ。そうだったな。お前の言う通り。俺らは負けた。俺だって鍛え続けてるさ。けど、もうすぐあの時のリベンジを果たせるんだ。少しくらいいいじゃねぇか。」
「その少しで全てを台無しにする気かお前。いいからあと3年は待て。俺らは千年待ったんだ。あと3年くらいどうということはないだろ?」
「そうだ。そうだったな。俺らは千年待ったんだ。あと数年くらい問題ないな。じゃぁ、ちょいと憂さ晴らししてくるわ。」
「あぁ、奴らに気づかれるようなことはするなよ。」
「んなもんわかってるよ。じゃぁな。」
そういってジャロウは俺の研究室から出ていった。またいつものようにその辺の魔物を狩りにいったのだろう。あいつは相変わらずだな。
「血が足りてない・・・か。」
確かにここ数年は研究室に籠りっぱなしだったな。私も外に出て憂さ晴らしするべきか。
「あれっ?所長。どちらへ?」
「久しぶりに外へ。どうも気が昂ってるようだ」
「それはここにいる皆そうですよ。悲願が叶う日が近いのですから。休憩と称してその辺の魔物を狩りにいく方はたくさんいます。むしろ今の今まで抑えられていた所長がおかしいですって。どうぞ楽しんで来てください。」
「あぁ。行ってくる。」
さて、随分と久しぶりの外だ。存分に楽しんでくるとしよう。
———side.魔術協会
「会長!賢者ハルトが帰還しました!」
ここは魔術学園に隣接する形で作られた魔術協会本部。その会長であるアルフォンスの執務室である。その見た目は若いを通り越して幼い。背が低く金髪銀眼で顔立ちも幼いため、どう見繕っても10歳前後にしか見えない。
「ようやくか。長かったな。ハルトをここに連れてこい。」
「ハッ!」
今日は賢者ハルトが1ヵ月ほど前に手に入れたという古式魔術の書の写しが届く日。人生の大半を魔術に注いできた人たちが集まるこの場において、現代の魔術の先駆けと言われているそれに興味を持たないものはいない。当然、会長を務めるアルフォンスもその一人である。
「アルフォンスさん、ただいま戻りました。」
「おう、お疲れさん。で、例の物はちゃんとあるんだろうな?」
「当り前じゃないですか。このマジックバックに全部入ってますよ。」
魔術協会の会長、アルフォンスは、賢者ハルトが取り出したマジックバックから適当に本を取り出して読み始める。
「ほう・・・、こりゃマジだな。っておい、これマーリンが書いた本じゃねぇか。現物残ってたのか。」
「えっ?そんな本あります?」
「ほれ、ここに刻印があるだろ?この刻印はマーリンが書いた本を示す刻印さ。うちの創設時に書かれた書物にも同じ刻印が施されているからな。」
「はー、刻印で誰が書いたのとかわかるんですね。」
「まぁ、わかるのはマーリンだけで、他の刻印はわからんけどな。」
そして適当な古式魔術の書を取り出すと、二人して読み始めた。
———ダンッ!
「アルフォンス!抜け駆けか!儂にも見せんか!」
「いいえ、私が先よ!」
「いや俺だろ!」
古式魔術の書を読んでいると他の賢者たちが会長の執務室へと押しかける。一人は白く長い髪と、白く長い髭を生やした老人、一人は森の賢人とも呼ばれる美しいエルフ、一人は生まれながらに魔術を苦手とする種族でありながら、賢者にまで至った鳥の獣人。皆が皆、一癖も二癖もある変人であり、超が付くほど優秀な魔術師である。
「お前ら落ち着け・・・ドアが壊れる。本はたくさんある。あー、とりあえず会議室に移動するぞ。本の扱いを決める。ハルト、他の賢者も呼んでこい。」
「え”っ”!?」
「そうね。この場ではあなたが一番若いものね。」
「えぇー・・・はぁ。わかりましたよ。」
賢者といえば聞こえはいいが、その実態は誰もかれもが一癖や二癖もある変人の集いである。魔術だけができる変人というべきか。実はハルトもその部類なのだが、他の賢者に比べれば随分とマシである。
そして賢者ハルトはこの場にいない他の4人の賢者に声をかけていった。その後すぐに魔術協会本部に全ての賢者が揃うこととなる。それを見た協会員や事務員は随分と珍しい光景を見たと、各々が驚いていた。
「おいおい、八賢者が全員ここに揃うって珍しいな。何があったんだよ?」
「おまっ、知らねぇのか!?」
「何がだ?」
「古式魔術の書、それも完全な書が大量に見つかったって話だぜ。」
「はぁ!?」
古式魔術の書が見つかって、騒がしくなるのは何も賢者や会長だけではない。協会員も一緒である。ここ最近は新たな特級魔術師が3人も生まれたことで、何かと騒がしかったのだが、今日はそれに輪をかけて騒がしくなっていく。
そしてこの騒ぎは魔術協会だけに留まらず、外の魔術師にも伝わっていき、次世代の魔術が生まれるきっかけとなっていくのだが、それはまだ先の話である。
———side.聖教会総本山ウルル
「フラン教皇猊下、ただいま遠征より帰還しました。」
「そうか。此度の遠征も無事で何より。何か問題はあったかの?」
「いえ、特には。ただ、魔族が活動したと思われる痕跡がいくつか見つかっております。」
「そうか・・・、神託通りではあるなら、あと数年で魔族との戦争が起こるという。それがいよいよ現実味を帯びてきてしまったな。」
ここは聖教会の総本山ウルル。聖教会の信者にとってはこれ以上とない聖地であり、この地には多くの信者が暮らしている。その規模はもはや一国と言っていいレベルである。
そんな場所にある教会本部の一室にて、教皇は聖騎士より活動報告を受けていた。
「それと、別件ですがウォート・クリムゾンが”神の試練”を突破した人物を弟子にしたとのことです。」
「ふむ、その噂は私の耳にも届いていたのだが、それは事実なのかね?」
「私も一度見かけただけですが、僅かながらに神気を帯びておりましたので、間違いないかと思われます。」
「どの神かはわかるかね?」
「いえ、私にはわかりかねます。ただ、恐らくは一部地域のみで信仰されている神かと。」
「そうか、邪神の類ではないのだな?」
「えぇ、それは間違いないかと。私も邪神の神器を見たことがありますが、そのとき感じた物とは正反対に近いものでしたので。」
「ならば問題ないな。ふむ・・・」
その報告を受けてフラン教皇は口を閉ざし、髭を触りながらじっくりと考え始める。その間、聖騎士は何も言わずに待機する。
「聖女ミリアに伝えよ。今から半年後、魔術学園に迎いなさい。そしてその場にいるウォート・クリムゾンの弟子に接触、可能ならばこちらの陣営に迎え入れよと。」
「っ!!かしこまりました!」
今までの聖女の活動といえば、その地に暮らす人々を癒しつつ、同時に布教も行っていくというものだった。それがここにきて特定個人と縁を繋げという、今までにない任務に聖騎士は驚く。それも半年間もの猶予があるときた。一瞬何が言われたかわからずボーっとするも、直ぐに我に返り、部屋を出て聖女の元へと向かった。
「10年前の神託以降、世界は変わりつつある。果たしてこれからどうなるのやら。」
聖騎士が去った部屋で、教皇は一人、この十年に起きたことを思い返していた。
10年前に神託が下り、その翌年に聖女と勇者が同時に現れた。彼らの力は特級魔術師や賢者のそれとはまた違った方向で、異質な力を持つ者であった。
また、特級魔術師と賢者も、この10年で合わせて5名誕生した。さらに多くの国の王も代替わりし、大臣や騎士団長といった要職もまた代替わりを行ったという。
これだけの動きがありつつも、この十年、この大陸において小さな内乱を含め、戦争が起きたという話は一度もない。まるで嵐の前の静けさだと教皇は感じていた。
これから起こるとされる大きな戦争、教皇にそれを止められる力はない。しかし祈ることは出来る。熱心な信者である教皇は聖堂に赴き、聖神の像の前で深い祈りを捧げた。人類が次の時代を紡げますようにと。
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