第23話 患者の状態

 仲間達と一緒に国を移動し、冒険者ギルドで依頼主と合流した。それから、とある屋敷まで案内された私は、患者の様子を診ていた。


「その男性が、治療を必要としている患者なのか?」

「はい、そうです。1年も眠ったままで、意識が戻っていませ」

「1年も!? それは、大変だな」


 ゼノさんと依頼主が、後ろで会話している。その声を聞きながら、私はベッドで眠っている男性の様子を確認していた。


 その男性の顔を、私は知っていた。まさか治療を必要としているのが彼だとは思わなかった。そして、再び出会うことになるなんて予想していなかった。


 ベッドの上で眠っている男性は、マクシミリアン王子だった。私に、婚約破棄を告げた人物。その彼が、ずっと眠ったままの状態だという。それを、なんとかして治療してほしいという依頼だった。


「……」


 一目見ただけで分かるぐらい、色々と危険な状態である。この状態で、今までよく生き残っていたものだ。すぐに対処しないと、危なそうだ。


「どうでしょう? 彼の意識を取り戻すことは可能でしょうか?」

「ちょっと、集中して診てみます」

「よろしくお願いします、救済の聖女様」


 心配そうに確認してくる、中年男性の依頼主。私は、彼のことも知っていた。


 その依頼主は、この王国の大臣だった。ほとんど雑用ばかり押し付けられていた、影の薄い大臣。王国に関する重要な仕事は、王様や王子達が全て処理していたから。


 しかし現在は私の知っている頃とは打って変わって、今は大臣や一部の貴族などが重要な仕事に関わるようになっているらしい。旅の道中で、そんな噂を聞いた。


 つまり現在、この王国は大臣と一部の貴族が掌握しているということなのかしら。王族の権力が弱まっているのかも。この国から離れた私には、詳しい内部事情なんて分からないけれど。


 それから、もう一つ。依頼主について。その男性は、伯爵家の当主だと名乗っていた。この患者は、彼の息子だと教えられた。当然、それは嘘。


 私は覚えていた。王子の婚約相手だった頃に、大臣とは何度か顔を合わせたことがあった。


 向こうも、私のことを知っているだろう。だけど大臣は私と対面した時に、初めて出会ったかのような対応をしていた。知らないフリをしてくれているのか、それとも本当に忘れているのか、それは分からない。


 私は、この国の思い出を全て消し去っていた。今の私は冒険者であり、救済の聖女なんて世間では呼ばれている。それ以外の、何者でもない。なので私も、過去のことは話さずに対応した。


 救済の聖女として、患者の状態をチェックする。適切に処置すれば、なんとか回復させることは出来ると思った。


 だけど、一つ気になることがある。


「ちょっと、仲間達と相談していいですか?」

「相談?」


 私は、大臣に確認した。


「患者の回復に、少し時間がかかりそうで。仕事のスケジュールの相談です」

「なるほど。どうぞ」


 患者が寝ている部屋から別の部屋に移動して、私は待機していた仲間と合流した。彼らと話し合う、その前に。


「他の仕事内容については機密情報なので、人払いをお願いできますか?」

「……わかりました。話が終わったら、すぐに呼んで下さい」


 一緒に付いてきた大臣や、他の者達には部屋から出てもらった。今、その部屋に居るのは、仲間だけ。部屋の外にある気配が遠ざかるのを確認した。盗み聞きする者は居ないだろう。しっかりと確認してから、私は口を開いた。


「ちょっと、面倒なことに巻き込まれたのかも」

「面倒なこと? どうしたんだ?」


 ロバンに問いかけられて、私は答えた。


「依頼主は、この国の大臣。それからあの患者、この国の王子よ。しかも、どうやら薬を使って無理やり眠らされ続けていたみたいなの」

「大臣と王子? 薬で眠らされていた? どういうことだ?」


 患者の状態をチェックした時に、体が壊れているのは分かった。おそらく、過労によって彼の体はボロボロになったのだろう。


 私の代わりに妹のルイーゼが婚約者になったようだが、彼女は何をしていたのか。そして今は、どうしているのか。彼の疲労を、魔法で回復させてあげなかったのか。薬で眠っいてる状態のまま、なぜ放置しているのか。分からないことが沢山ある。


 とりあえず今は、その疑問については置いておく。


 疲労によって体を壊したようだが、それから意識を取り戻さないのは薬を盛られているからだった。


「あの依頼主が?」

「わからない。誰が、なんのために彼を眠らせ続けていたのか」

「犯人があの男だとして、君に依頼を出して目覚めさせようとするのは何故だろう?」

「それも分からない。もしかしたら、他に犯人が居るのかもしれないし」


 一国の王子に薬を盛って、一年間も意識を失わせたままにした。目的は何なのか、犯人が誰なのかも分からない。だけど、事実の一部を知ってしまった私たちは面倒なことになってしまった。


「まだ、依頼内容を確認している最中だから断ることも出来るだろう。この依頼は、断るか?」

「……いいえ。さっさと患者を治して、依頼を完了させる。そしてすぐ、この国から出ていきましょう」


 色々と知ってしまった後だから、この依頼を断ってしまったらどうなるのか分からない。


 それに、私も知ってしまった。助けを求めていることを。過去に色々あったとはいえ、あの状態の患者を見捨てることは出来なかった。


 とりあえず今は素直に従って、依頼された通り患者を治療する。依頼の内容は、患者を目覚めさせてほしいということだけ。



 目覚めさせることは、そんなに大変じゃないと思ったから。その後、どうするべきなのか。それが大変だった。


「さっさと依頼を完了させて、急いでローハタの平原に戻る。戻る時は、常に周囲を警戒して。もしも向こうから襲ってきたら、対処するか」

「さっき見た兵士の練度は、それほど高くなかった。アレぐらいであれば、俺達でも対処できるだろう」

「えぇ、そうね。それで、いきましょう」


 今まで鍛えてきた私達は、この国の兵士が脅威には感じていなかった。もし襲われても、返り討ちにすることは出来るだろうという自信があった。


 真実を隠すために刺客を送り込まれ田としても、私たちの実力があれば対処できるだろうと思った。それぐらい、戦闘力には自信がある。


「ごめんなさい、皆を巻き込んでしまって」


 迂闊だった。やっぱり、この国に帰ってくるべきじゃなかった。依頼を引き受けるべきじゃなかった。こんな面倒なことになるなんて思わなかった。


 私は、仲間に謝る。しかし、他の皆は何も気にしていなかった。


「依頼を受けるべきだと薦めたのは、俺だ。謝るべきなのは、俺だろう」

「皆で依頼を受けようと賛成して来た。だから、誰も悪くないさ」

「気にすることはない。皆、仲間なんだから」

「ありがとう、皆」


 治療を終えた後、王子を眠らせていた薬のことには何も触れずにローハタの平原にある冒険者街までさっさと帰ってしまおう。何事もなく、無事に戻りたい。


 仲間達と話し合って、今後の方針を固めた。

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