第21話 救済の聖女

「はい。これで大丈夫です。痛かったり、動かなかったりしませんか?」

「ありがとう。痛みは引いたよ。腕も、ちゃんと動く」


 治療した患者の男性が、腕をぐるぐると回して調子を確認する。私の回復魔法が、しっかりと効果を発揮しているようだ。


「魔法で回復したので、まだ無理をしないでください。少なくとも3日は戦闘行為を控えて下さいね」

「3日も?」


 私の言葉を聞いて、患者の男性が驚いていた。やはり、この辺りの認識は大きくズレているようだ。だからこそ、しっかり説明しておかないと。怪我が悪化してしまうおそれがある。


「完治したわけではないんです。あくまで回復魔法で応急処置をしただけですから。後は、貴方自身の治癒能力で回復するのを待たなければいけません。完全に、貴方の腕が治るまで、しばらく時間が必要なんです。本当なら、腕を動かすのも禁止したいところなんですけど」

「なるほど、そうなのか」

「もちろん、冒険者を相手に強制はしませんが。自己責任ですので」

「わかった。しばらく、ダンジョン攻略は休むよ」

「それが良いと思います」


 話し合いが終わって、男性の患者は笑顔で帰っていった。


「これで怪我人の治療は全員、完了しましたね?」

「はい。全員、終わりました」


 私は後ろを振り返り、診療所の代表である男性に確認する。彼は、全ての怪我人の対応が無事に完了したことを教えてくれた。


「なら、少し休憩しましょうか」

「そうですね! 他の皆も、今のうちに休憩してくれ!」

「「「はいッ!」」」


 今の時刻は、夕方になる少し前。いつもの傾向から予測すると、しばらく診療所には怪我を負って運び込まれてくる冒険者は、少なくなるはず。


 手が空いた今のうちに休憩しておくのが良いだろう、という判断で他の魔法使い達に休むよう指示する。


 いつの間にか、私が中心になって診療所が稼働していた。


「ごめんなさい。貴方の仕事を奪ってしまったわ」

「いえ! 全然、大丈夫です。むしろ感謝しています」

「感謝?」


 私が診療所に助っ人しに来る以前は、彼が診療所を取り仕切っていた。そして今は、私の助手のようなことをしてくれている。他のスタッフにも、私が指示を出している。彼の立場を奪ってしまったと謝ったら、気にしていない様子だった。


「マリアンヌさんが来る前、診療所は大勢の怪我人でベッドが埋まっていて、治療が追いつかないような状況でした」

「そうだったわね」


 少し前を思い出す。私が助けを求められて診療所に来た時、大勢の怪我人が居た。まず、その人達を急いで治療した。


「ですが今では、怪我人が運ばれてきた瞬間に治療をすることが出来て、休む時間も取れるぐらい余裕が生まれました。だから、貴女には感謝しています」

「それなら、よかった」


 とにかく、人手が足りなかった。診療所で働いていた人達の腕が悪いわけではない。ちゃんと治療をしても、次から次へと増えていく怪我人たち。特に、冒険者が多くてダンジョンもある街だから、無茶して怪我する人が多い。


 そういう状況が続いて、診療所のスタッフは疲れ切っていた。疲労で、治療をする時間や間違った判断が増えて、さらに治療を待っている怪我人が増えていくという悪循環。


 そんな時に、私が助けに来たというワケだ。


 とりあえず私は、治療を待っていた怪我人たちを一気に魔法で回復させていった。そして、疲労していたスタッフを休憩させる。さらに、私の回復魔法に関する技術を診療所で働く魔法使いに伝授した。


 そうすると、診療所のスタッフ達に余裕が生まれた。今はもう、人数不足の問題も解決した。優秀な魔法使いが何人も居るので。


 ダンジョンに挑戦して失敗した冒険者が命からがら地上に戻ってこれたとしても、怪我の治療が間に合わずに亡くなってしまった、という事が今までに何度も起きていたようだ。


 冒険者とは、それぐらい危険な仕事である。それが普通だった。それを覚悟して、皆がダンジョンに挑戦している。そして、お宝を地上へ持ち帰って大金を得ている。


 失敗したら怪我をする。回復魔法では治療することが出来ないような、大きな怪我をすることも。


 回復魔法にも限界がある。どうやっても助けるのが不可能な場合も、絶対にある。


 だけど今では、地上に戻ってきて診療所に辿り着けたら命は助かる、という認識が冒険者の間で広まっていた。診療所に運び込まれた怪我人は、私が全力で助けてきたから。そして、腕を磨いて成長した魔法使いたちも治療に当たる。そして、診療所で亡くなってしまう冒険者は激減した。


 そして、いつからか私は救済の聖女と呼ばれるようになっていた。誰が言い出したのか知らないけれど、その名で誰のことか分かるぐらい世間で浸透しているらしい。とても恥ずかしい。そんな大げさな名で呼ばれるようになってしまうなんて。

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