※第73話・実践女学校①
うちらは、系列の実践女学校に身を寄せることになった。
そら、そうね。入学してすぐ、停留所を覚えにみんなで宮島まで行ったとき、千秋ちゃんが話しとったね。うちも夏子ちゃんも、覚えとったよ。
道なんぞ、瓦礫だらけでほとんどわからんけぇど、道らしい道を選んで歩いていった。
はじめは、倒れた人を避けとった。ほんでも、倒れた襖や壁なんぞの下敷きになった人を踏んでしまう。
踏んだ襖が血に滲んでも、崩れた屋根がうめいても、倒れた壁から血が噴き出そうとも、生きとったのね、亡くなったんね、そうとしか思わんようになっていった。
うちは、殺されてしまったんじゃ。爆弾に心を殺されてしまったんじゃ。殺されたんに、罪悪感が吹き抜けるのは、何でかね。
接岸し、
「やめぇや! 川に入ったら死ぬぞ!
聞き覚えのある声がした。
船舶司令部の井上じゃ、血と脂と川の水で軍服を真っ黒にしておる。
川から人を引き上げて、天を仰いだ井上と目が合った。
「森島さん、安田さん、生きとったんか! ……吉川さんは? いつも一緒じゃろうが」
チクチク痛んで目ぇを伏せると、井上は察して唇を噛んだ。
「そうか……すまんのう」
「井上さんは、暁部隊は何をしておられるん?」
「第五師団司令部は、新型爆弾で壊滅じゃ。広島の指揮は、わしら船舶司令部が執る。その手始めの救護活動じゃ」
「……新型……爆弾……?」
「原子爆弾じゃ。偉い先生から聞いとったが……こんなモンを作っとったんか」
そんとき「油を売っとる暇ないぞ!」と上官の怒号が飛んで、井上はそそくさと任務に戻った。
「森島さん! わしらはまだ負けとらんぞ!」
井上に大きく手を振られ、後ろに続く女学生に促され、再び実践女学校を目指して歩いた。
ゲンシバクダンって、何なん?
うちには、知らんことばっかりじゃ。
長い道のりを歩ききって、実践女学校の講堂に辿り着いても落ち着かん。夏子ちゃんは床一面に敷き詰められたゴザに寝かされ、怪我が軽いほうにされたうちは女学校の先生から指示を受けた。
「動ける者は看護婦をやってくれ、まだまだ市内から怪我人が来るぞ」
そう告げられたそばから身体中を火傷した人、硝子がいっぱい刺さった人、黒焦げの赤ちゃんを背負った人が押し寄せてきた。
「痛い……痛い……」
「熱い……水をください……」
「私の赤ちゃん! 私の赤ちゃんが!」
お医者さんが駆けつけて、講堂に入るなり檄を飛ばす。
「火傷が優先じゃ! 硝子が刺さっとる患者は、こっちに並ばせい! その赤ん坊は死んでおる、諦めんさい!」
看護婦なんぞやったことないけぇど、考えとる暇なんぞない、動ける限り動かんと。怪我した人を迎えるために立ち上がり、チラリと夏子ちゃんに視線を送った。
ほんのわずかに、笑ったような気がした。
うちは、ええよ。
夏子ちゃんに見送られ、うちは怪我人の元へと走った。開け放たれた入口からは、怪我人を満載にしたトラックが覗く。荷台から引き降ろされた人たちは、吸い寄せられるように講堂へと入る。
「水をください、熱くて敵わん」
「火傷をしとるけぇ、水を飲んだらいかん。君、油を塗ってやりなさい」
言われるがまま剥けた肌に油を塗って、包帯を巻く。
こんな程度でどんだけ効くかわからんけぇど、薬がないけぇ、こんなくらいしか出来んのじゃ。それに、後に続く人も
敷かれたゴザに寝かせたら、またお医者さんの元へと戻る。
腕と膝を折り曲げたまま固まった真っ黒焦げの人が、戸板に乗せられて運ばれてきた。
「これは死んどる、外に出せ!」
あの人は、どこへ行ってしまうんじゃ。そんなことを考えとる間もなく、次の患者が運ばれる。酷い火傷で、ひゅうひゅうと息を吐いておる。
「熱い……熱い……先生、水を……」
「君、この人を寝かせて水をやんなさい」
「先生……でも……」
「いいから、水をあげなさい」
さっきは「水はいかん」言うとったんに、何でそんなことを言うんかね。お医者さんの指示じゃけぇ、ここは従っとくしかないわ。
うちは焼け残った湯呑を拾って水を汲み、その患者さんの口に注いだ。
「ああ……美味しい……ありがとう」
その人は、スゥッと息を引き取った。
血が逆流するように身体が冷えた。
もう助からん、ほんならせめて息のあるうちに願いを叶える、お医者さんはそう判断を下した。
ほんでも、この人を殺したんは、紛れもなく、うちじゃ。
うちから、魂が抜けていった。
「おい、それは死んどるんか。寝かせたい患者がおるけぇ、外に運び出せ」
軍人さんに冷たく言われて、殺した患者の脇を抱えて引きずると、剥き出しの肉が千切れて真っ白な骨が露出した。
「仕方ないのう……。手伝ったるけぇ、ゴザごと運ぶで」
外では、赤や黒の亡骸が雑然と積み上げられておる。そのすぐそばでは、見知った背中が服から名札を剥ぎ取っておった。
「赤井先生……」
「森島さん! 生きていたのか!? ……安田さんは?」
「講堂で横になっております。何をしておられるんですか?」
「まとめて焼かれては、もう誰だかわからないからね。せめて名前だけでも残そうと……」
そうなんか、焼かれてしまうんか。遠く市内に目をやると、赤々とした炎が点々と灯っておる。あっちではもう焼いておるんじゃね。船舶司令部が岸に上げた亡骸も、積み上げられて骨にされておるんかね。
救われん救護じゃねぇ。
そんとき、微かなうめき声がした。
さっき、診察されずに運び出された人じゃ!
軍人さんが火を持ってきて、うちらを
「待ってください、こん人はまだ生きています」
「もう、助からん。いや、助けられんのじゃ」
積み上げられた亡骸に火が放たれると断末魔の叫びが上がり、炎になって煙になって星の彼方へ消えていった。
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