※第70話・ヒロシマ①
うちは死んで、地獄に落ちたんじゃね。
ずっと岩場が広がっとるし、えらい熱いし、雲ばっかりで夜みたぁに真っ暗じゃ、あっちこっちで火ぃ吹いとるわ。
真っ赤な人も真っ黒な人も、髪の毛がチリチリに焦げとって、幽霊みたぁに手ぇ上げてふらふら歩いとる。引きずっとるのは腸かねぇ、手で受け止めとるのは目玉じゃね、指先から垂れとるあれは何ね?
身体が光りよるんは、硝子の破片が刺さっとるんじゃ。地獄じゃあ、傷めつけるのに硝子を使うんか。あんな罰、聞いたことないわ。
あの人は刺青みたぁに模様がついとるわ、燃え残った服と同じ柄じゃけぇ、白いところが残ったんね。ありゃあ、どういう罰なんかね?
鬼さん、酷いことするねぇ。
地獄って、こんなところなんね? 小さい頃、お婆ちゃんから聞いとった地獄とは、えらい違いじゃ。天国のお婆ちゃんに会えたら、聞いとったのよりずっと酷いよ、地獄ってこんなところよって教えてあげんと。
ほんでも地獄におったら、天国のお婆ちゃんには会えんじゃろうねぇ。優しかったし、お料理もお裁縫も上手じゃった。女学校で出来んかった勉強をお婆ちゃんに教わりたかった。うちも天国がよかったわ。
うち、悪いことしたかねぇ。二年も都会で暮らしても知らんことばかりじゃけぇ、知らんうちに悪いことをしとったんじゃね? 閻魔様が、そう決めたんじゃね?
あの人も?
あの人も?
何をしたら、あんな目に遭うんかね?
あんなにたくさんの人が悪いことをして、地獄に落ちなぁいかんのかね?
うちが何をしたんかね?
「痛いッ!!」
夏子ちゃん!?
夏子ちゃんまで地獄に落ちてしまったん!?
夏子ちゃんが、何をしたって言うんかね!?
「夏子ちゃん、どうしたん!?」
肩に触れたら、何でか指を切ってしまったわ。死んでも痛みは残るんじゃね、そうじゃなきゃあ地獄の意味なんかないわねぇ。
夏子ちゃんも腕に硝子が刺さっとった、開けた扉から飛び込んだんかね。あっちの人ほどじゃあないけぇど、
「夏子ちゃん、酷いよ? 腕、治してもらおう」
硝子が刺さっとらん右手を引いて立ち上がろうとしとったら、うちの背中に痛みが走った。
「痛っ!!」
コントローラじゃ、えらい熱くなっとる。火傷をしたんか、皮を剥がされてしまったんじゃろうか。しっかし閻魔様、何も電車まで道連れにせんでも──。
違う、ここは地獄じゃあない。
岩場じゃあない、家なんかが崩れたんじゃ。
歩いとる人はボロボロじゃけぇど、みんな生きとる。痛い熱い言うとるわ。
国民学校の向こうには、小さくなっとるが産業奨励館が見えるわ、ドーム屋根しか残っとらん。その奥は福屋百貨店で……お城が崩れて、燃えておる。
見通せん建物が見えるけぇ、あとはみんな崩れたんじゃ。
ここが……広島?
「何で? 何で、こんなになってしまったん? 爆弾は一発だけじゃあなかったんかね? 当たりどころが悪かった……」
そうじゃ! 弾薬庫か、ガスタンクに当たったんじゃ! ガスタンクは女学校のすぐそばじゃ! みんなも先生も舎監さんも、えらい怪我をしとるはずじゃ!
「夏子ちゃん、女学校に行こう。途中に日赤病院があるわ、硝子を取ってもらおうね」
夏子ちゃんは立ち上がらずに、うちの顔を朦朧とする目で見つめとった。血がたくさん流れとるけぇ、
「……美春ちゃん、うちの顔は大丈夫?」
「……うん、綺麗よ。うちは、どう?」
「美春ちゃん、綺麗やで。電車が守ってくれたんやね」
うちはチビじゃけぇ、コントローラが硝子から守ってくれたんじゃ。お客さんが逃げた国民学校も、影になってくれたんかね。
「お客さん、大丈夫やろか」
「今は自分の心配せんと。夏子ちゃんが逃したんじゃけぇ、きっと大丈夫よ」
ぐったりする夏子ちゃんを支えて立たせ、うちらは担当しとった電車を降りた。
電車は丸焦げになって、線路から外れた道端に停まっとる。うち、脱線させとらんよ? 何で、こんなところに停まっとるんかね?
地面が熱い、空気が熱い、あっという間に喉がカラカラになってしまったわ。
夏子ちゃんに歌を歌ってあげとったんに、これじゃあ続きは歌ってあげられんね。夏子ちゃん、ごめんね。
「水……水……」
「防火用水があるわ」
コンクリートで作られた防火用水の桶に、真っ赤な人たちが首を突っ込んでおった。ちょっと間を開けてもらって水を飲もうとしたけぇど、その人たちは首を沈めて亡くなっとって、赤ちゃんが黒焦げになって浮いとった。
「夏子ちゃん、我慢してね」
うちらは瓦礫に埋まった電車道を、相生橋へと向かっていった。
相生橋がめくれとる、欄干が倒れとる。北向きに倒れとるけぇ、弾薬庫が爆発したんじゃあなさそうじゃ。
そしたら、やっぱりガスタンクじゃ!
女学校が、えらいことになっとる!
相生橋から紙屋町に向かって電車が走っとる、当てずっぽうなところで停まったわ。
あの電車……ありゃあ、千秋ちゃんの電車じゃあないんかね!?
夏子ちゃんを支えながら相生橋を渡って電車に急いだ、言うても走ったりは出来ん。気持ちだけが焦るばっかしじゃ。
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