第3話 エリートビジネスマン、王女閣下に謁見する

3.エリートビジネスマン、王女閣下に謁見する


「私はジョヴァンナ・エレオノラ・ロマニョーリという」

指揮官は名乗った。

女性だ。

鎧を着込んでおり、長い髪をポニーテイルにしている。

背が高く、プロポーションが美しい。

顔つきも美形でパーフェクト超人といった感じがする。


「これは王女殿下でしたか。お会いできて光栄です、殿下」

マルコは即座に跪いた。

「こら、お前らも!」

「あ、はい」

「あ、はい」

蔵人と安子もマルコを真似て跪く。


あの後、騎士団に護衛されて移動し、最寄りの城へ入っていた。

「青い乙女城」だ。

「白い貴婦人城」とはペアで語られることが多い城である。

城には、王都よりロマーニア正規軍からなる討伐軍がやってきていた。

スカンツィオ男爵の放った伝令が届いてすぐに討伐軍を組織したのだった。

魔族軍と戦闘を挑むつもりらしい。

当然、目的は「白い貴婦人城」の奪還及び魔族軍を押し返すことである。

そして王女自ら斥候隊を率いている時に蔵人たちを発見したらしい。


「よい、面を上げよ」

ジョヴァンナは簡潔に言って、3人を立たせた。

城に着いて早々、マルコ、蔵人、安子が呼び出されていた。

他の「白い貴婦人城」の者は別室で休んでいる。

「城主のスカンツィオ男爵はどうなったのだ?」

ジョヴァンナはやはり簡潔に聞いた。

「はい、敵の数は多く、とても持ちこたえられず涙を呑んで非戦闘員を脱出させた次第です」

マルコは報告した。

「そのため、スカンツィオ男爵が決死隊を募って殿を務めました」

「白い貴婦人城」の騎士はマルコの他、数名が生き残ったのみで、他は皆、戦死である。


「そうか…」

ジョヴァンナは目を閉じた。

「男爵は真の騎士であったな」

「はい…」

マルコは涙ぐんでいる。

この辺の機微は蔵人には分からないものがある。

ジョヴァンナの他にも軍本来の指揮官が何人か同席しているが、主導権を握っているのは王女らしかった。

マルコはジョヴァンナたちの質問に答えてゆく。

情報を得るための謁見という訳だ。


「ところで、この者らは?」

しばらくしてから、ジョヴァンナは蔵人と安子を見た。

「見た事のない装束だな」

どうやら気になっていたようである。


「それに平たい顔だな」

「顔に何を付けているのだ?」

軍のお偉いさんらも感想を述べている。

「これは眼鏡と言いまして、視力を矯正する道具です」

蔵人は律儀に質問に答えている。


「殿下、この娘は我らを助けるために魔族兵に挑み、怪我をしております。何卒、治療を…」

マルコは王女に対して要望した。

「分かった、おなごの身でたいした胆力だな」

ふふ…とジョヴァンアは笑った。

自分がそうなので、自嘲気味の笑いでもある。

「あ、ありがとうございます」

安子はペコリとお辞儀する。

「そうかしこまるな、隣の部屋を借りるぞ。ベルタ!」

ジョヴァンナは侍女を呼んだ。

安子の手当をするために別室へ行くようだった。


安子と侍女が出て行くのを見送り、

「スカンツィオ男爵の話では、男爵家に伝わる秘術により召喚した者と」

マルコは聞いた事をそのまま伝えた。

「ふむ、それは面妖な事もあるものだな…」

ジョヴァンナは面食らったようだ。

「クロード、自己紹介を」

マルコに促され、

「はい、私たちは違う世界より召喚された者です」

蔵人はしゃべり始めた。

即興で相手の反応を見ながら話すしかない。

「我ら自身は商人と言いますか、経済活動とリスク管理を専門としております」

「商人だと?」

ジョヴァンナは肩すかしを食らったような顔をした。

「勇者……とかではないのか?」

「残念ながら、我らは商人です」

蔵人は繰り返した。

「……」

ジョヴァンナは無言になった。

どう扱ったものかと思っていそうである。

「殿下、この者らは商人とはいえ、クロードは状況判断に優れており、兵法などの知識も豊富、ヤスコは胆力もあり戦いにも慣れております」

マルコが見かねて助け船を出した。

「ふむ、面白いな」

ジョヴァンナは目をパチクリとさせている。

「とりあえずはマルコ、そなたに預けようぞ」

ジョヴァンナは興味を失ったように見える。


(風変わりな商人という認識なのだろう)

(戦況に影響するほどではないということか)

蔵人は思った。

(それならそれで構わないが…)


「情報提供感謝する、下がって良いぞ」

ジョヴァンナは言って、軍のお偉いさんに向き直る。

竹を割ったような性格をしているらしい。

キビキビとした印象を受ける。

「ははっ」

マルコは一礼して、チラと蔵人を見る。

「失礼します」

蔵人も一礼し、2人は退出した。



「ふぅ」

マルコは息をついた。

「大役だったな」

蔵人は笑いながら言う。

「やめてくれ、これでも一杯一杯なんだ」

マルコは力なく笑った。

「まあ、少し休もう」

2人は連れだって城の広場まで出た。

マルコの仲間の騎士たちも広場に居た。

討伐軍の邪魔にならないよう広場の隅っこにいる。

マルコは仲間達に王女との会話の内容を報告し、これからどうするかなどを話し合っている。

蔵人は安子を待つ。


(これからどうするか…)

(異世界だしなぁ)

知り合いがいないので、マルコについて行くしかない。

(どこか王国の街で商売でもするか?)

(いや、魔族軍が攻めてきているらしいし、平穏無事に済むか分からないしな…)

適当な規模の街でマルコと別れて拠点を作るのが吉かとも思ったが、そう上手くいくだろうか。

それにマルコは騎士だ。

魔族の軍勢が攻めてきている現状、戦わないという選択肢はないだろう。

スカンツィオ男爵の弔い合戦を……と言うに決まっている。

とにかく状況は流動的だ。

まだ何も決められない。

情報収集を怠らないようにしよう。


「マルコ、君はこれからどうするんだ?」

蔵人は聞いてみた。

「まだ決まってないが、討伐軍に参加させてもらうつもりだ」

マルコは言った。

その表情から意思は固い様子だ。

「……そうか。クロード、あんたらの面倒を見られなくなっちまうな…」

マルコはそこで気付いたようだった。

色々あり過ぎて、そこまで気が回らなかったようだ。

「構わないさ、マルコ」

蔵人は肩をすくめる。

「オレたちはオレたちで何とかする。君はスカンツィオ男爵の弔い合戦に集中しろ」

「すまん」

マルコは言った。


安子が広場へやってきた。

ベルタという侍女に付き添われている。

「ありがとうございます」

「いえ、お仕事ですから」

安子がお礼を言うと、ベルタはにっこり笑った。

ベルタも鎧を着込んでいる。

侍女とはいえ、まるで姫騎士のようなジョヴァンナの側に仕えているのだから、戦闘訓練を積んでいるのだろう。

「では、ご機嫌よう」

「はい、ありがとうございました」

ベルタが帰って行くのを見送ってから、安子は蔵人の方へやってきた。

「先輩、お待たせしました」

安子は少し決まり悪そうにしている。

「怪我の具合はどうだ?」

蔵人は聞いた。

心配している。

「かすり傷ですよ、皆、大げさだなあ」

「アホ、傷は浅くても感染症になることもあるんだぞ?」

蔵人は安子の頭に拳をコツンと当てた。

「はい、はい」

安子は肩をすくめた。

「なんで、オレが呆れられてる風になっとんだ?」

蔵人はジト目である。


「そうですか、マルコさんたちは討伐に参加するんですね」

安子はあっけらかんとしている。

何も考えてない。

色々と考えてしまう蔵人にしてみれば、羨ましい限りだ。

「これから先は、2人だけで何とかしないといけないかもしれん」

「ま、先輩が何とかしてくれますよね?」

「軽く言ってくれるな」

蔵人はやれやれと言う感じで天を仰ぐ。

「異世界にコネなんかないんだ、この世界の習慣もよく知らんのだぞ」

「覚えればいいんじゃないですか?」

「……そうだな」

蔵人は少しの間の後、うなずいた。


有名な話に、「靴の販売をしに未開の地へ赴いたセールスマン」が2通りの反応するという話がある。


一つは、「絶望した! 誰も靴を履いてない! どうやって売るんだ!?」

一つは、「やった! 誰も靴を履いてない! どんどん売れるぞ!」


というものである。

悲観的になるより、楽観的に考える方が良いという例だ。


「ふん、お前もたまには良い事いうじゃないか」

蔵人は素直じゃない。

「たまにはって何ですか、たまにはって」

安子はぷんすかと怒っている。

「でも、さみしくなりますね…」

「そうだな…」

安子と蔵人はポツリと言った。



翌日。

蔵人と安子はすることがなく、適当に広場に座っていた。

マルコは上に呼び出されていない。

2人とも休むための部屋はあてがわれているが、それぞれ男女別の大部屋で落ち着かないのだった。

寝具や日用品は城に常備されていて、都度それを借りる形式だ。

「意外と清潔ですね、ここ」

安子が言うと、

「そうだな。中世ヨーロッパに似た世界なのにトイレも歯ブラシもあるのな」

蔵人はうなずいた。

歯ブラシと言っても、木の枝の先端を加工し、柔らかい房状にしたものだ。

(……確か房楊枝といったか、日本の江戸時代でも同じような物が使われていたはずだ)

蔵人は頭の中で思った。

「それって、本当の中世ヨーロッパじゃあ、ないんですか?」

安子は驚いている。

「そうだ」

蔵人はまたうなずいた。

「その辺の茂みで用を足す、部屋に桶があってそれにするって話だ」

「うえっ」

安子は嫌そうな顔をした。


「お、いたいた」

と、声がした。

「よう、嬢ちゃん」

見ると、そこにいたのは「白い貴婦人城」から一緒に逃げてきた爺さんだった。

他の年寄りたち、女性たちもいる。

「あ、お爺ちゃん」

安子は笑顔になる。

「どうしたんですか、皆さんで」

安子が聞くと、

「いやな、皆、お前さんにお礼が言いたくてな」

爺さんは言った。

少し気恥ずかしそうである。

「ありがとうな、お前さんが背負ってくれたから生き残れた。

 これで故郷に帰って孫の顔が見れるわい。

 他の連中も似たり寄ったりじゃ」

「いえ、気にしないでください」

安子はちょっと照れている。

「皆、それが言いたくてな」

爺さんは、そう言って微笑んだ。


「良かったな、皆、お前に感謝してたぞ」

蔵人が言うと、

「はあ、そんなつもりじゃなかったんですけど、良かったです」

安子は澄まし顔である。



しばらくして、マルコが戻ってきた。

「2人とも一緒に来てくれ」

蔵人と安子も呼ばれた。

呼んだのは、ロマーニア王女たるジョヴァンナとその部下たちである。


「マルコ、そなたとそなたの仲間は討伐軍に参加したいとのことだったな」

ジョヴァンナは挨拶もそこそこに言った。

彼女は雑談がそれほど好きではないらしい。

蔵人は見ていてそう感じた。

(これは、話を簡潔にまとめた方がいいようだな)

「はい」

マルコはかしこまっている。

「では、我が隊に入るがよい」

ジョヴァンナの隣にいるヒゲの男が言った。

エドアルドというらしい。

髪の毛がなく、つるっパゲである。

鎧を着込んではいるが正規軍の装備より装飾が凝っている。

どうやら王女付きの武官のようだ。

「はい、ありがたき幸せ」

マルコは定型文を述べ、頭を垂れる。

「うむ」

ヒゲの男はうなずいて、

「ところで、殿下、こちらの2人はどうなされます?」

ジョヴァンナに聞く。

「それなのだが、しばらくは私に付いてもらおうかと思う」

ジョヴァンナは言った。

思い切った事をする性格らしい。

「しかし、このような怪しげな者を…」

エドアルドは難色を示したが、

「今は非常時だ。

 非常時には常識にこだわっているばかりでは物事は解決できぬこともある。

 魔族どもには我々の常識は通用せぬ。

 マルコの言うことには、この男は状況判断に優れ、兵法などの知識も豊富だというではないか」

ジョヴァンナが淀みなく言った。

王族らしく、演説は普通にできる口らしい。

その堂々とした振る舞いに蔵人も感化されそうになる。

「……」

エドアルドは黙った。

「それに、白い貴婦人城で働いておった者たちの嘆願もあってな。

 お主ら2人の面倒を見てやってくれと。

 良民の頼みとあらば聞かぬ訳にはいくまい」

ジョヴァンナは笑いながら言う。

「なるほど、殿下のお心遣いには感服いたします」

別の派手な帽子を被った男が言った。

鎧を着てはいるが、その服装は神官を思わせる。

こちらも正規軍の者ではなく、王女付きの部下のようだ。

ドメニコというらしい。

目が細く、ほっそりした優男といった風貌だ。

「うむ、是非、我らに力を貸して欲しい」

ジョヴァンナは改めて蔵人と安子に向き直る。

「分かりました、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

蔵人と安子は一礼。

とりあえず身の振り方には困らなくなったようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者と魔王が結託し小国を蹂躙するのを異世界召喚されたエリートビジネスマンがリスク管理で救う件 @OGANAO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ