第2話 エリートビジネスマン脱出する

2.エリートビジネスマン脱出する


マルコは、すぐに仲間の騎士たちに呼びかけて撤退を始めた。

城には騎士の他にも騎士の家族や雑用などに従事する者たちがいる。

下働き男、女性、年寄りなどである。

それらの非戦闘員を逃がす必要がある。


既にスカンツィオ男爵率いる決死隊が敵軍に突っ込んでおり、敵を引きつけている。

その間に城を脱出した。

騎士たちが魔族の軍勢を切り払う。

蔵人と安子は非戦闘員に混じって、騎士達の後について行く。


スカンツィオ男爵たちが多くを引きつけているとはいえ魔族の軍勢は城の外にわんさかと群がっており、脱出ルート上にも多数敵兵が存在した。

魔族の姿は一言で表すと鬼のような容姿をしている。

ゴブリン、オーク、オーガ、トロールなどなど。

魔族の先兵というヤツだ。


「うぉおおぉぉッ」

味方の騎士たちが剣を切り結ぶ。


ぎゃああっ!!

ほきゃあああッ!


怒号や悲鳴、咆哮が聞こえてくる。


「うわっ!?」

「コワイコワイコワイ!」

蔵人と安子は生の戦の音にビビっている。

「ふん、案外怖がりだな」

マルコは鼻で笑ったが、その実、彼自身も微妙に震えている。

蔵人と安子はマルコの後ろへピッタリと着いていった。


城の外は国境側に山脈、国の中心側は野原と丘が広がっている。

マルコによれば丘の向こうには川があり、その向こう側に畑が広がっているらしい。

どこまでも広がる土地らしい。

「丘を越えたところにある川を渡るまで耐えろ」

マルコは言った。

まだ指揮を執り始めて数時間といった所だが、既にリーダーらしさが培われてきたらしい。

「ここは任せろ!」

「死ぬなよ!」

仲間の騎士が追ってくる魔族の兵を食い止めに行く。

その間に非戦闘員たちをマルコと残りの騎士が率いてゆく。

皆、命が掛かっているので死に物狂いで走ったが、非戦闘員は女性が多いが年寄りも一部いる。

「もうダメじゃ、ワシは置いてゆけ」

年寄りの1人が走りきれずに止まった。

息が上がって動けないようだった。

「ダメだよ!」

安子が反発した。

「しかし、ワシら年寄りにはムリじゃ…」

年寄りの男、爺さんは諦めの表情で言った。

他の年寄りたちも同じ意見のようだった。

「ワシらが敵を引きつける、その間に行け」

「……」

「……」

マルコと蔵人は無言。

安子は突然、しゃがみ込んだ。

爺さんを背負う気だ。

「お、お前…」

「さあ、私が背負うから!」

安子は頑固だった。

「また、安子の病気が出たか…」

蔵人は眼鏡をくいっと押し上げた。

「1人で全員を背負う気か?」

「う…背負います!」

安子は意固地である。

「やれやれ、だな」

蔵人は言って、しゃがみ込んだ。

他の年寄りを背負う気だ。

「お前ら、なんというバカ者なんじゃ」

年寄りたちは苦笑していた。

「仕方ない、オレらも背負うぞ」

マルコは根負けしたようだった。

体力のある男たちが年寄りを背負って歩き出す。

「敵に追いつかれたら終わりだな…」

蔵人がつぶやく。

「私が何とかします!」

安子は言い張った。


「ぐああっ!」

「ぎゃあ!」

後方で叫び声がした。


魔族の兵を押えていた騎士たちが倒されたようである。

「急げ!」

「うおおおお!」

マルコが言って、男たちは全力で走った。

女たちがその後を着いてくる。


「なんだぁ、アイツら年寄りを背負ってるぜ!」

「ぎゃははは、マジかよ!」

「アホだ、バカだ!」

声が聞こえてくる。

魔族が蔵人たちの姿を見て、笑っているらしい。

(敵の言ってることも分かるのか…)

蔵人は思った。

(マルコたちは反応してない、魔族は別の言語を話してるようだな)

(てことは、やはりオレと安子が何らかの翻訳能力を持ってるってことか)


「ほらほら、早く逃げねーと追いついちまうぞ!?」

魔族の兵たちの声が背後まで迫ってくる。

「クッソ!」

安子が叫んだ。

(マズイ、安子がキレそうだ…)

「まて、安子、ここでキレたら追いつかれるぞ!」

蔵人は言った。

「堪えろ!」

「ぐ…、クッソー、覚えてやがれ!」

安子は喚いて走ることに専念する。

小柄な体躯なのに、爺さんを背負って走る、この体力は驚異的だった。


若松安子は元レディースだ。

当時は荒れていて、ケンカばかりしていた。

蔵人は昔からの知り合いで、安子の更生を手助けしてきた。

言ってみれば幼なじみというヤツである。

小柄だが、異常なくらい身体が強く、筋力・体力がある。

「お前は営業向きだ」

当時、蔵人は安子を評した。

それを信じたのか、安子は蔵人と同じ会社に入った。


「そうだ、覚えてろ!の精神だ」

蔵人が笑い飛ばす。

「お前ら、すげえ変だな…」

マルコは呆れている。


その間も、年寄りを背負って走っている。

やっと川の目の前まで来ていた。

「川を渡れば…!」

マルコは言いながら、バシャバシャと水に入ってゆく。

川は水不足なのか膝ほども水位がない。


「させっかよ!」

魔族の声が聞こえた。


(クソ、ここまでか…)

蔵人は思った。

(やりたくはないが、年寄りたちを捨てて逃げなければ全滅するかも)


「お爺ちゃん、降りて」

安子が背中の年寄りに声をかけ、しゃがみ込む。

「お、お前、どうする気だ…?!」

爺さんは困惑している。

「私が食い止める」

安子は言った。

振り向いて、魔族兵たちを迎え討とうとする。

(アチャー、こうなると言うことを聞かないからな、コイツは)

蔵人は天を仰いだ。


「おっ、コイツ、やる気だぜ?」

「お嬢ちゃん、ちびっこいのに威勢がいいな」

魔族兵たちは顔を見合わせて笑っている。

皆、皮鎧を着込んで剣や槍を手にしている。

武装の度合いが非日常のレベルである。


「るせぇ! テメーら、しゃべってねーで掛かってこいや!」

安子は吠えた。

丸腰である。

不良のケンカは気合いが基本だ。

怖じ気づいたら負けである。

「お、コイツ、オレらの言葉分かんのかよ?」

「面白れぇ」

魔族兵は5名。

多勢に無勢である。

「来いよ! コワイのか?」

安子は煽ってる。

バカである。

「……なんだとこのガキ!」

魔族兵は気色ばんだ。

軽口を叩くのをやめた。

殺意が増してゆく。

睨み合いが続く。

かと思えば、魔族兵の1人が動いた。

剣を上段から斬り降ろす。

安子は前に出た。

肉薄して間合いを外したのだった。


ザクッ

と肩に剣刃が食い込むが、鍔元に近いため思ったほど切れない。

「甘めぇんだよ!」

安子が叫んで、額を相手の顔面に叩き込んだ。

頭突きである。

さらに肉薄している。

「ぐ…ッ」

頭突きを喰らった魔族兵の目がグルンと回って白目を剥いた。

そのまま、崩れ落ちてしまう。

「今のうちだ!」

マルコが叫んだ。

安子に注目していた敵も味方も、そこで我を取り戻した。

わっと動き出す。

味方は川に入り、敵は安子を取り囲む。

「イカン!」

蔵人は背負っていた年寄りを丁寧に降ろすと、安子へ駆け寄ろうとした。

「安子っ!」

蔵人が叫んだ瞬間、


ぷおぉぉ…!


ラッパの音が鳴り響き、川向こうから兵士の一団が現れた。

格好から察するに味方の騎士団のようだ。

「おおっ、援軍だ!」

マルコは喜んだ。

蔵人と安子を除く全員が足早に川を渡る。


「かかれー!」

指揮官らしき者が剣を手に指揮を取る。

「おーっ!」

騎士たちは剣と盾を構えて川を渡ってきた。

その数、50は下らない。


「やべっ!?」

「逃げんぞ!」

魔族兵たちは速攻、逃げ始めた。

「へん、たいしたことねぇんでやんの!」

安子が勝ち誇ったが、

「お前、何やってんだ!?」

蔵人が後ろから怒鳴りつける。

「…えへへ、先輩」

安子は頭を掻いている。

「危ないだろ、死ぬかと思ったぞ!」

「あー、でも、結果オーライってヤツで…」

蔵人と安子は言い合っている。

「あのー、ケンカしてる場合じゃ…」

「そーじゃぞー」

降ろされた年寄りが2人、力なく声を掛けていた。


程なくして、騎士団がやってきて蔵人たちは保護された。

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