15
パラパラと本を捲っていく。難しいことが沢山書いてある。まあ用は電子回路を魔法にしただけ、とは理解していたけど。
「わからない」
つまりはそういうことだ。
***
ということでクレアにそれを報告することにした。ちなみに今は放課後。
「で、誰に助けを求めようかって話になったんだ」
「私がわかるわけないじゃない。それって二年の選択授業じゃない?」
「はは、笑って〜はいチーズ」
「え?」
簡易的な魔法陣で、クレアの顔を撮る。長方形に収められた呆けた顔が可愛らしい。
「何したの?」
「写真。ほら、こんな感じにワンカット残る」
紙ではなく、あくまで空中に表示されたクレアの顔。これだけ見たらただの最新技術な気がする。遂に世界の機械化はここまで来たのか、と。
「凄いわね、それはすぐに消して」
「ああ、はい……」
「で、どうするのよ。作れないんでしょ?」
「うん、ロイド様に聞くのも気が引けるからなぁ」
「ええ〜聞いちゃいなよ!」
「恋バナを楽しまないでよ……」
女子ってこういうところあるよねって言ったら、色々怒られるかな?
「って言いたいんだけど、実は心当たりがあって」
「宛?」
「うん、貴族の人」
「なんでそんな人と仲いいの……?」
「魔法が使えない人にも魔法を使えるようになって欲しいっていう願いから、魔具を普及させようとしている人で、家を継ぐことを考えてないんだよね。だから私達平民にも優しいの。偉いよね」
「じゃあ本当に専門家じゃん!」
「そうね」
「なんでそんな人と仲いいの……いつの間に……」
「まあ成り行きで」
「……怪しい」
そんな時間なんて全然なかった筈なのに、どうしてそんなことが出来るのか。いや、そこを疑っても仕方がない。
どうして話しかけられたのだ。そして何故そんな詳しいのだ。
「──口説かれた?」
「なわけ」
「いや、絶対そうでしょ! ねえ!」
「行くなら行くわよ、教えてあげるから」
「場所まで知ってるじゃん!」
やっぱりこの女、口説かれたのではないだろうか。
俺の元に来いよ、そう言われたのではないか。
「はぁ〜ありえないよね人のこと散々からかっといて」
「勝手に話を進めないで」
「クレア、自分のした行いは、返ってくるんだよ」
「…………取りあえず行きましょ」
クレアは呆れた顔をして歩き出した。私もそれに続く。
「私も行ったことは無いんだけど、話だけは聞いたから安心してね」
「ねえ、どういうこと?」
「この学園には、新校舎と旧校舎があるじゃない。その旧校舎の地下を改良して使ってるから」
「でも旧校舎って使われてないんじゃなかった?」
「勝手に使って、自分のものの様にしてるのよ」
「いいのそれ?」
「まあ貴族だから許されてるのよ」
「特権を物凄く利用してるね……」
まあ、いいんだけど、なんならそっちの方がいいかも。
クレアは旧校舎へと向かえる古い扉を開けた。中は木材でできており、蔦が張っていたり、土が混じっていたり、扉一つでここまで世界が変わるのか、と驚く。
「確か一年A組の教室の中だったんだけど」
「大丈夫なの、使うってなったときとか」
「魔法で隠してるみたいよ」
A組の教室はすぐに見つかったのでガラガラと扉を開ける。しかしそこには何もない。ただ荒廃した空き教室だ。
「どこにあるの、これ」
「見てて」
クレアは地面に手を付け、何かを唱え始めた。小声で上手く聞き取れない。魔法であることは分かるんだけど。
すると床の模様だけがスライドして、階段が目に見えてきた。
「なにこれ、かっこいい!」
「子供っぽいわね」
「あはは……」
「じゃあ行くわよ」
「うん……」
ちょっと怖いな、という言葉は飲み込んだ。
階段を下りる。少し空気がひんやりしている。中は白く、近未来的だ。
「実はここ、私の友達がすごい人って事伝えたらなんか教えられた。また話を聞かせてくれって。ここに俺はいるからって。今日初めて来たけど」
「すごい人?」
「うん」
「誰それ? フェリア様カウントしてるの?」
「あんたのことよ。それなりに魔法が使えるし、やろうと思えばなんの魔法でも使えるでしょ?」
「そんなことないけど」
「……使えるのよ」
「…………」
随分と過大評価されているみたいだ。授業で習った範疇のことしか私はしていない。それなのにそこまで言われて大丈夫だろうか。
「いざ会って、何かしろって言われても私できないんだけど……帰っていい?」
「大丈夫よ、そこまで怖い人ではないし」
「そうなんだ……」
「うん」
「…………」
それから無言で階段を降りていく。無駄に重厚感があって緊張する。ずっと変わらない景色、降りられているのかわからない。
にしても……階段長すぎやしないか……?
「クレア、どこまで続くのこの階段……」
「……さぁ?一生続くかもね。この様子だと」
「一旦上がる? 何か怖くなってきたし、ね?」
「……そうね」
何か考えている様子のクレア。私はこの状態が怖くなって少し駆け足で階段を上っていく。クレアはちゃんといるのか確認しながら。
「クレア、体調悪かったりしない? 大丈夫?」
「うんそれは大丈夫なんだけど。ねぇ、アリス。ちょっと進んでくれない? 私を置いて」
「な、何言ってんの……怖いから一人にしないでほしいんだけど」
「……じゃあ私が上っていくから貴方はここで待ってて。ちょっと気になることがあって」
「クレアっ! こ、怖いんだけど!」
「大丈夫、すぐに戻ってくるからそんなに騒がないで」
「さ、騒がないでって……」
なんだか少しうっとおしがられてるような……。
「じゃあ行ってくるね」
「ま、待って……」
私はクレアの袖を掴み、必死でクレアが上るのを阻止する。
「もう、アリスってば大丈夫だから……」
「や、やだ……」
笑顔でそう答えてくれるのは嬉しいのだが、少し心霊ごとは苦手だ。
たとえ上ったとしても私は一緒に上り、絶対に離れないつもりだ。私の必死の抵抗を受け流しながら、クレアは階段を上る。私はついていく。
何段上っただろうか。今頃ならとっくに出口についているはずだ。息苦しく暑い。疲れた。全く変わらない景色にうんざりする。
「帰れないね……ゆ、幽霊の仕業とか?」
「そうね……幽霊ではないのだけど、一旦ここで待っててくれる? これまた多分すぐに会えるわ」
「え、どういうこと……? ってクレア!?」
私の気の緩んだ隙に、クレアは階段を駆け上がる。
どこにそんな体力があったのだろうか。私も追いかけようと足を動かそうとするが、どうにも足が重すぎる。追いつくことはできなかった。
しかし、数分もしないうちにクレアと出会う。
クレアは上っていったはずだが、なぜか私の後ろに現れていた。
「な、なんで……?」
「アリス、幽霊か魔法、どちらが好き?」
「そりゃあ魔法……」
「じゃあ魔法を解いてみて。この階段にかかってるから。ずっと降りてたけど不思議だったのよね。この壁の傷がずっとついてるしまさか同じところをぐるぐるしてるなんて。」
そう言って刃で切りつけられたような線の入った跡をクレアは撫でた。
「凄いね、クレア。でも魔法を解くってどうやって」
「魔法の勘で。アリスならできるわよ」
「そんな断言しなくても。確かに授業の魔法はできてるけど、私にそこまでできるほどの実力はないよ?」
「あるのよ。大丈夫」
クレアの真っ直ぐな瞳で見つめられて、私はつい狼狽えた。
とりあえず魔法陣を構築する。ただこの現象となるものがわからない。
このループ現象から私達を開放してほしい。そんな思いを込めて集中する。でもどうやって
「そうね……アリス、ループの地点は今丁度私が立っている点。目を凝らして見てご覧」
クレアが示唆するように空気をなぞる。魔法陣は、と目を凝らすとゆっくりと見えてくる。
暗かった部屋が、魔法陣の光で明るくなっていた。あれを破壊する魔法を唱えればいいんだ。思うままに魔法陣を構築する。基本的な技術は全くわからないのに勝手に魔法陣が作られていく。そして私は魔法を使った。
瞬間、光が私達の視界を覆い、あまりの眩しさに目を閉じる。長い間暗いところにいたのもあって、急な光に目が対応できなかったのだろう。
恐る恐る目を開けると、さっきまでの階段ではなく、小さな小部屋だった。薄汚れた、木造の小さな部屋。今までのあれは幻覚だったのだろうか。
「あの魔法を解くとは……クレアが言っていたことは本当だったんだな」
部屋の主はさほど驚いていない様子で、淡々と話す。目線は下にあり、何やらガチャガチャ機械をいじっている。貴族とは聞いていたが、こんな態度だし、少し服も汚れているし、平民と言われても納得するだろう。
「俺は、ルイ・アレスト。お前がアリスか」
「そう、アリス・シェイルです。よろしくお願いします」
そこで彼はようやく顔をあげた、ツリ目の生意気そうな貴族。髪はツンツンしているシルバー。ゴーグルを装着して理系、という感じだ。
「俺も同じ一年なんだ。ま、仲良くしようや」
ニヤッと得意気な笑顔でそう言った。
私はその言い草がヤンキーにも思えて少し緊張してつばを飲み込んだ。
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ブクマ、評価などありがとうございます。
亀更新ですがこれからも読んでいただけると嬉しいです。
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